憧れの一閃 七剣士物語 ~私たち高校1年生~ 其の十一
※其の十からの続きです。気軽にお付き合い下さい。
個人戦も残りは女主将の高橋先輩だけとなった。残りの3人の先輩方はベスト16で敗れた。ベスト8まで勝ち進むのにもう何年も乗り越えられていない壁。
(高橋先輩。頑張って……)
一縷の望みと言うには失礼すぎるが、ベスト16以上まで勝ち進んでくる他の猛者どもを見ていると、高橋先輩でも絶対勝ち切れるとは言い切れない。応援する私たち後輩も高橋先輩の一挙手一投足から目を離せない。
(始まるぞ)
片唾を呑み込み主審の合図を待つ。
「始め!!」
立ち上がり、遅れを取らずに高橋先輩が気合を入れる。
「キィィェーー!!」
相手の竹刀がスッと上へと上がる。
「「「あっ!!!」」」」
上段の構えだ。身長が高い選手やチームの方針で1人か2人はいることが多い。火の構えとも呼ばれる。
「あ~、上段構えか~。高橋先輩イケるか~」
渡部先輩が心配そうな声を出す。総武学園剣道部には上段構えの選手がいない。なので、練習の際は先生方や誰かが構えをとって練習する以外にない。
「ウチの弱点をつかれたか」
青木先輩もそれを承知の上で苦い声を出す。
「なに言ってんすか! まだ始まったばかりじゃないっすか! 応援しましょう!」
八神が応援する私たちにも発破をかける。上段構えの相手には、中段構え相手と同じ攻め方をしてはいけない。高橋先輩も竹刀の剣先を相手の左小手に合わせて間合いを取る。動きも真っすぐ攻めてはいけない。半時計回りに動き、距離をつめていく。
「光。あの東第一の選手。構えにもスキがない。そうとう鍛錬してるよ」
久しぶりに見た上段構えの緊張感に、思わず私も光に声をかける。
「う、うん……」
強豪高校で上段構えの選手。ただ、ここから先へ勝ち進むには上段構えだろうが、中段構えだろうが勝って超えていかなければならない。
「「「ファイトでーーす!!!」」」
見ている私たちの応援も熱くなる。
「メーーーン!!!」
相手の強烈な片手面が高橋先輩を襲う。かろうじて先輩は竹刀で防ぎ、すぐさま反撃へと移りたいが、相手もブレずにすぐさま構えを上段に戻す。
「じょ、上段構えって、一撃は強烈だけど打った後に隙ができるよね。でも、この選手……」
光が話している間にも相手は攻め続ける。体幹がしっかりしているのか、体全体で打ち込んでくるので打ち終わった後も隙が出来にくい。高橋先輩も攻め手を欠き防戦一方になる。
「……この選手、強いよ。……威圧感が半端ない。これじゃ、高橋先輩、追い詰められる」
日野も感じ取ったか、いつ1本取られてもおかしくない。
(東第一高校。ここの選手も強い……)
四天王の先輩が立て続けに敗れて、およそ約20分。その間にも目まぐるしく都内の名門校、強豪校の力をまざまざと見せつけられる。
ピィィィーーー!!
4分の試合時間が過ぎ決着つかず。
「延長! 始め!!」
主審の合図で延長戦が始まる。東第一高校の選手は余力があるのに対して、攻め手を欠いている高橋先輩は既に肩で息をし始めた。本来なら元気よく応援をしなければならない私たちも、徐々に会場の雰囲気に押される。
「おい!!! 拍手はどうした!! なぜ声出しをしない!! 先輩が戦ってるんだぞ!!」
藤咲が振り向き、2年生の先輩たちも含めて一喝する。
(そうだ。場の雰囲気に流されちゃダメだ。離れていても拍手や応援は大事なんだ)
試合をしている本人が一番状況を理解しているのだろう。徐々に追い詰められていく高橋先輩が、一か八か強引に攻め手を切り開く。
「高橋先輩、強引だ!」
今里先輩が叫ぶが、今の状況じゃこれしかない。間合いを取りつつ、動き回り活路を見出す。しかし、高橋先輩の体力はこれ以上持たない。
「「「!!!」」」
応援している全員が思ったであろう、高橋先輩の足が一瞬止まり、体と竹刀だけで防御の姿勢を取る。手元を上げてしまった隙を相手が見逃すはずもなく。
「コーーーテーーー!!!」
バチンと雷でも落ちたような強烈な一撃が音を立てる。足が棒になってしまっている高橋先輩は抵抗できず、その場で立ち止まる。審判の3人が迷いなく赤の東第一高校の選手の旗を上げる。延長の末、高橋先輩も敗れた。
(……強い)
高校の剣道は中学生までとはまるで違う。体格はもちろんだが、技の1本1本に重みと、体がぶつかり合うときは容赦ない攻め合い。1本を取るという執念。自分の高校に誇りを持ち、伝統を重んじて試合に臨む姿勢。名門校や強豪校の凄さを見せつけられた。敗れた高橋先輩だが、みんなで拍手を送る。
「……中学の時のお前は、こんなもんじゃなかったぞ」
試合を終えて帰り支度をしていた私の横で、藤咲が聞こえるかどうかの微妙な声で私に言う。それには答えない。
「……本来のお前は、今すぐにでも高校チャンピオンになれるほどの力がある」
買いかぶりすぎだ。私にそこまでの力はない。
「早く私の知っている雪代響子に戻れ。じゃないと、私は……」
それ以上の言葉は聞きたくなかったので、私はその場から離れた。
続く
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