ダボ市長娘へのセクハラ事件で思ったこと

 美濃加茂市の副議長が、姉妹都市であるオーストラリアのダボ市長の娘にセクハラ行為をしていたことについて。
 
 事の発端は、姉妹都市であるオーストラリアのダボ市長の歓迎会を美濃加茂市で行っていた時のことである。当時、カラオケで歌っていた美濃加茂市の副議長がダボ市長の娘の股間にマイクを近づける様子がセクハラであると問題になっているのだ。
 
 相手が少しでも不快感を感じたのならその時点でほぼ間違いなくセクハラである。話題が広がれば、美濃加茂市、日本の品位を貶める結果になりかねない。
 
 現時点では、セクハラを行った副議長は、「場を盛り上げるつもりでよりろけた。相手に不快な思いを与えていれば申し訳ない。」と陳謝したとのことである。

 個人的な感想を言えば、この事件からは、日本社会一般に言えるだろう、コンプライアンス意識の曖昧さが見て取れると考える。ここ最近の日本では、ハラスメント防止に向け、各企業・団体でより重点的にコンプライアンス教育を行っているはずだ。当該地域の美濃加茂市もまたそのはずである。

 コンプライアンス意識が高くなっているのは事実だと思う。ただ、個人的な肌感覚として、人々のコンプライアンス意識が低下する場面がある。それはオフの場、特にお酒の席である。
 
 アルコールが入れば、ちょっとだけコンプライアンス違反ぎりぎりのことをしてみようと思う。アルコールが自制心を低下させること、仕事中の緊張感から解放されている状態を考えればその発想に至るのは容易に想像できる。

 ただ、してみようと思うことと、実際にやっていいのかというのは全く別の話である。

 副議長のユーモアが一般的な感覚とずれているのは言うまでもない。

 ただ、お酒が入った時に、それまで守られていたルールがなあなあになり、周りも空気感に流されてる現象はよくあることだと思う。

「酔っていたから。」アルコールは言い訳にならない。なぜならアルコールは嗜好品であって、ルール違反の言い訳の道具ではないからだ。
 
 いくらコンプライアンス教育を徹底しても、特定の場面で、ルール意識がなあなあになるという現象が無くならなければ、根本的なハラスメント解決にはならない。

 今回の事件はたまたまそれが表面化したのだろう。これが契機となり、コンプライアンス意識が世良い方向に向けて考え直されることを願う。



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