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教員として、セクシュアルマイノリティの生徒に対してできること

“多様性を認め合える学校にしたい”そんな思いを持っている先生はきっとたくさんいると思います。

私は、教員時代に「セクシュアルマイノリティである生徒が、もしかしたらこのクラスにもいるかもしれない」と感じつつ、具体的に何をしたらいいのか、どんな配慮が必要なのか、わかりませんでした。それによって苦しんだ生徒も、もしかしたらいたかもしれません。

先日、みんなのオンライン職員室の講座『多様性を受けとめる学校づくりのために』にて、セクシュアルマイノリティ当事者の方のお話を聞く機会があったので、こちらで紹介したいと思います。

講師は武田緑さん。ゲストは室井舞花さん。

舞花さんは、セクシュアルマイノリティ当事者としてお話をしてくださいました。

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中高生時代は、自身が女の子を好きになることを誰にも相談できなかった。「男の子らしい」「女の子らしい」という言葉にも抵抗があった。

中学2年生のとき、クラスメイトの女の子に好意を持ったが自分が男性として好きなのか、女性として好きなのかがわからなかった。周りには自分と同じようなロールモデルはいないし、情報もなかった。

そして、自分が女の子を好きになることを明らかにしてしまうと、学校の中に居場所がなくなってしまうのではないかと感じた。恐怖だった。

テレビや映画の中では、セクシュアルマイノリティは孤独な人生を送る、と描かれていることが多かった。「これはバレてはいけない。自分は間違った人間だ。」と思った。

学校の保健体育の授業では、思春期の心と体について学んだ。教科書には「思春期になると、異性に関心をもつ」と書かれていた。「私はこの教科書の中にいない」と思った。

だから、中高時代、誰かに相談することはなかった。触らないもの、にした。

認められるようになったのは、高校を卒業してから。偶然、女性として女性を好きになる人に出会ったことがきっかけだった。

20代半ばになって、恋愛に対する抵抗感がなくなった。

その時のパートナーは、「悪いことをしていないのに、なぜ隠れなければいけないのか」と言った。「偽らずに生きていってもいいんだ」と思った。

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舞花さんが子ども時代に感じていた困りごとは?

・授業の中というよりも、学校社会の中の友人関係。男の子は女の子、女の子は男の子を好きになるのが当たり前という前提で進む会話がキツかった。
・テレビの中でのホモやレズに対する差別的な扱われ方。ホモ、レズという言葉もキツかった。学校の中でも、そういう言葉が飛び交っていた。
・男女で分けられる場面。学校では、宿泊行事や着替えのときは辛かった。

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では、教員の立場でできることは?

講師の緑さんより、対応策としていくつか例の紹介がありました。

・着替えのときの更衣室は、「男性個室」「女性個室」「それ以外の個室」を用意する。
・宿泊行事では、女性の友達の同意のもと、(生物学的に男性であっても)同じ部屋にする。または、個室を用意する。
・お風呂は、理由を問わず、個室シャワー使えるようにする。

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学校に通っていたときに、こうだったらもっと楽だった。と思うことは?

「これ」と「これ」だけじゃない人がいる、ということを自分自身が知れていたらよかった。

学校には通いたかった。
学校を失うことが怖かった。  

自分と同じような存在が見当たらなかったとしても、そういう人がいるということを誰かに言ってもらえてたら、すごく楽だった。

誰か一人でもそれがわかるという人がいることは、それ(セクシュアルマイノリティ)に対してネガティブなメッセージを言っている人がいたとしても、「でも、あの人がいる。」「わかってくれている。」という風に思えたかもしれない。


お話を聞いて特に印象的だったのは、最後の「誰か一人でも、わかってくれる人がいること」の部分。

個室が用意されていたり、制度が整っていることももちろん大切なことでしょう。

でも、人が苦しさや辛さを一番感じるのは、「自分の存在を認めてもらえないこと」や「分かってくれる人がいないこと」、そして「自分で自分の存在を認められないこと」ではないかと感じました。

「一教員としてできることは限られている」「学校を変えることは難しい」と思いがちですが、ちょっとした一言で救われる生徒はいるかもしれません。

最後に、講座の中で紹介されていた『LOVE is COLORFUL 』という室井舞花さんの活動を共有します。

私たちは、LGBT当事者たちの生きる日常を切り取り、その存在が「どこか遠く」ではなく、「すぐ近く」にいることを映し出します。

いま街ですれ違ったあの人は、多様な性を生きる当事者かもしれない。
(HPより)




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