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アメリカ発祥、自由と民主主義を実践する学校「サドベリー・バレー・スクール」の魅力

カリキュラムはない。時間割も、テストもない。
いつ、どこで、何を学ぶかは、子どもたち自身が決める。
そして、子どもたち自身で実践する。    

当時教員を辞めたばかりの私にとっては、そんなスクールが存在していることに大きな衝撃を受けました。

サドベリー・バレー・スクールは、アメリカの東部マサチューセッツ州で、1968年に設立されたオルタナティブスクール。それから半世紀がたった今、サドベリーの理念を受け継いだスクールが世界中に設立されています。

サドベリー・バレー・スクール HP より

日本にもすでに10校以上のサドベリー・スクールがあり、関係者からの情報発信がなされています。その一方で、発祥地であるアメリカのサドベリー・バレー・スクールについては日本語での情報は少なく、検索してもあまり多くのことはわかりませんでした。

サドベリー・バレー・スクールを知ってから数年が経った今、なんとご自身のお子さんたちがアメリカのサドベリー・バレー・スクールに通っていたという日本人の方に出会ったのです。

現在は日本にお住まいの野田和男さん。お仕事の都合でアメリカに住んでいたときに、ご自身のお子さんたちが6歳と8歳のときから6年間、サドベリー・バレー・スクールに通っていました。保護者の立場から感じるスクールの魅力、子育てに対する価値観を伺いました。

何をしてもいいし、何もしなくてもいい

最初に野田さんがサドベリー・バレー・スクールの存在を知ったのは、NHKのある番組でした。その番組を見たときの衝撃は、今も忘れないと言います。

「『自分が行きたい!』と思いましたね。もちろん僕はもう通えないので(笑)、子ども達に通ってもらいたいなと思いました。けれど、そのときに住んでいた場所の近くにはサドベリー・スクールがありませんでした」

結局、別のスクールに通うことに。子どもたちは当時通っていたスクールでの生活にも満足していた中、あるきっかけがあり、サドベリー・バレー・スクールへの入学が決まりました。

「友人の子どもがサドベリー・バレー・スクールに通っていたので、子どもたち2人を連れて1週間の体験見学に行くことにしました。子どもたちが慣れるのに少し時間がかかることを想定して、スクールのスタッフが最初の3日間の午前中は親も滞在する許可をくれました。ですが、1時間もたたないうちに子どもたちから『もう帰っていいよ!5時に迎えに来て!』と言われてしまったんです(笑)それくらい居心地が良かったのでしょうね。子どもたちは、サドベリー・バレー・スクールに転校すると早々に決めたようでした」

当時通っていたスクールには大好きな友達がいたにも関わらず、体験入学をして1時間で「転校したい」とまで思ってしまうようなサドベリー・バレー・スクール。子どもたちにとっては、何が「ここに来たい!」と思えるほど魅力的だったのでしょうか。「その理由を子どもたちに聞いたかどうかははっきりと覚えていない」と野田さんは言いつつ、サドベリー・バレー・スクールの特徴をこう振り返ります。

豊かな自然に囲まれた、広い敷地内にある大きな邸宅が校舎でした。花崗岩(かこうがん)で造られていて、築年数は100年以上。邸宅の周りには芝生や茂み、大きな岩が横たわる林、池や小川もありました。冬は凍った池でアイススケートもできるんです。

そんな最高の環境の中で、子どもたちはそれぞれが自由に過ごしていました。談話室にある大きなテーブルでおしゃべりやトランプをする子や、コンピュータルームでゲームに熱中する子、アートルームで絵を描く子。

キッチンではランチの準備をする子がいたり、クワイエットルームでは1人で静かに本を読む子もいる。屋外では池で釣りをしたり、バスケットボールやアメフトをする子。大きな公園でバンドの練習をする子もいれば、かけっこをする子もいる。隣接する州立公園に散策に出かける子もいるんです。

学校全体が活気に溢れていて、子どもたちはそれぞれが好きなことを好きなようにやり、のびのびと過ごしていました。やりたいことをやるためにまとまったお金が必要な場合は、自分たちでサンドウィッチやピザなどを作り、それをランチタイムに販売して資金調達をすることもありました」

スケジュールの中で決まっていることといえば、毎日午後にある司法委員会と毎週水曜日の午後にあるスクールミーティングのみ。ただ、これさえも参加するかどうかは子どもたちの自由。話し合いを元に多数決を取ることもあるので、自分や友達が関わっている案件が議論されるときには参加する子が多いようです。


“Concentration is a by-product of curiosity(集中力は好奇心の副産物だ)”

野田さんは、創設者であるダニエル・グリーンバーグ氏のこの言葉が、自身の人生に大きな影響を与えたと言います。

「テクノロジーがこれだけ発達した今、集中力を高く維持することは、昔よりもっと難しくなっていると思います。人間が本来持っている能力の一つである集中力を、誰にも邪魔されずに育み、発展させる環境を創り出しているのがサドベリー・バレー・スクールなんです」

何をしてもいいし、何もしなくてもいい。
何を始めてもいいし、何をやめてもいい。

サドベリー・バレー・スクールでは、一人ひとりがいつ何をどのように学ぶかを決める権利が保障されていて、心理的安全性が担保された環境なのです。

1つのことに没頭する中で、多くのことを学んでいる

カリキュラムもテストもないスクールだと聞いて、「何も学ばずに大人になるのでは?」という意見を耳にしたことがあります。実際に子どもたちは、スクールでどのように過ごしていたのでしょうか。

野田さんは、サドベリー・バレー・スクールについて紹介されている本『Free at Last(世界で一番素敵な学校)』に取り上げられている、ある男の子のエピソードを話してくれました。

「彼は釣りが大好きで毎日釣りばかりしていました。その様子を見て心配になったお父さんは、設立者であるダニエル・グリーンバーグ氏(以下、ダニー)の元を訪ねます。

『うちの子は、毎日朝から晩まで釣りばかりしている。どうしたらいいだろうか?』

そう言うお父さんに、ダニーはこう答えるんです。

『それのどこが問題なの?彼は誰よりも池や魚のことに詳しいよ。季節ごとにどんな魚がいるのか、どの魚がどんな餌を食べるのか、時間帯によって水温がどう変化するのか、誰よりも知っているよ。そこまで魚について知っている人は、私たちスタッフを含めて誰もいない。そして彼は、みんなからも愛されていて人気者だよ』

15歳になった彼は、ピタリと釣りをやめました。理由は、『もう十分やったから』。釣りには興味がなくなったんだそうです。次に興味を持ったのは、コンピュータゲームでした。それから釣りと同じように、毎日朝から晩までコンピューターに没頭。自分でゲームを作ったこともあり、その経験が買われて、卒業後はIT企業のシステムエンジニアとして採用されました」

早く効率的に多くの知識や技能を身につけることが求められる現代においては、釣りに没頭している時間は一見無駄なようにも見えます。けれど、決してそんなことはありません。少年は、池や魚、季節のことだけではなく、「学び方」を学んでいたのです。釣りに夢中になる中で、「どうしたら上手く釣れるのか?」を考え、試行錯誤を繰り返しました。

サドベリー・バレー・スクールの設立者であるダニーは、「学び方を学んでいれば、学ぶ内容が変わったとしても応用ができる」ということを知っていました。自分の好奇心が動機となって徹底的に何かを学んだ経験は、その後の人生で必ず役に立つのです。

野田さん自身のお子さんもずっとゲームをやっている時期があったそうですが、あるときピタッとやめたそうです。理由は同じで、「もう十分やったから」だと。子どもには、納得するまでやり切る時間が必要なのかもしれません。そしてきっと、野田さんのお子さんも釣り好きの少年と同じように、ゲームに夢中になる中で、学び方を学んだのだと思います。

「学びたい」そう思ったら、人はいつからでも学べる

野田さんご自身は、1つのことに没頭するお子さんを見て、将来を心配に思うことはなかったのでしょうか。

「勉強はあまり無理にしない方がいいという考えは持っていましたが、親として心配になることは何度かありました。その度に、スクールのスタッフに相談に行きましたね。

実際はどうなったかと言うと、卒業後の子どもたちは、今もそれぞれが自分の熱中できる道を選択して学び続けています。専門性の高い内容なので大変さはあるようですが、新しいことを学ぶことや、できなかったことができるようになることは面白いとよく言っています

私たち親を含めて、周囲の大人は『勉強しなさい』とは一切言ったことがありませんが、自らゴールを設定してクリアしていくことに喜びを感じているようです。一般的な教育を受けてきた私たちとは、勉強に対して持っているイメージが違うようですね(笑)

サドベリー・バレー・スクールでは、人は『何を、いつ、どのように学びたいか』を知って生まれてくると考えられています。だから、それが現れるのを待つというスタンスなんです。ありのままの気持ちを表現できる安全な環境の中であれば、子どもたちは自然とやりたいことを見つけます。それをやり尽くすプロセスの中で、膨大な学びをとてつもない速さで吸収していくんです。

その学びは、必ずしも私たち親や社会が彼らに『学んでほしい』と望んでいることではないかもしれません。ただ、彼らにとって大切なのは、大人たちの望みより、彼らが自分がやりたいことを見つけ、我を忘れるほどにそれに没頭することなのです。

うちの子どもたちの場合は、毎日の活動があまりに面白すぎて、朝持たせたランチを食べることすら、すっかり忘れてしまうことがしょっちゅうでした(笑)家に帰る車の中で、お腹が空いていることを思い出すんです(笑)ランチを食べながら、その日したことを目を輝かせながら話す彼らの姿を毎日見れることは、私たち親にとっては、何ものにも代えがたい最高に幸せな時間の一つでした。

そのような時間や環境を創り出してくれたサドベリー・バレー・スクールとそのスタッフの方々には、いくら感謝しても感謝しきれることはありません。

そしてこれは僕の考えですが、学びたいと思ったら人は何歳からだって学べると思っています。30歳や40歳になってから興味を持ったことがあれば、そこから学び始めればいい。大学だっていつからでも行けるんです。自分自身に対しても、その可能性を信じたいですね」

インタビューの後半、野田さんはご自身のお子さんのことをたくさん話してくれました。一番印象的だったのは、「うちの子どもはこんな素敵なところがあってね!」とお子さんの魅力をいきいきと語る姿。野田さんのお話しからは、自分の子どものことを話しているのに、まるで大好きで尊敬している友達のことを話しているような、そんな印象を受けました。

親子の関係を上下ではなく横のつながりとして築いている家族が、サドベリー・スクールには集まっているのかもしれません。

生きることこそが、最高の学び

「サドベリースクールは、将来に備えるための“School”ではない。毎日が“Life”そのものなんだ」

野田さんがハワイのマウイ島で出会ったあるサドベリー・スクールのスタッフは、そう話してくれたと言います。

「学校は将来のために行く場所だ」
自然とそう思ってしまう私たちは、学びの本質をもう一度考え直す必要があるのではないでしょうか。私たちが生きる日々には、決まったカリキュラムがなければ、その準備もない。毎日の経験こそが学びになっているはずなのです。

学校の外の世界が大きく変わった今、これまでの教育の当たり前を見直して良いときがきたのかもしれません。それをいち早く行ったのが、きっとサドベリー・バレー・スクールなのだと思います。


さらに詳しく知りたい方には、サドベリー・バレー・スクールについてのさまざまなエピソードが書かれた本がおすすめです。

映像でサドベリー・バレー・スクールを感じたい方は、こちらもぜひ。

Focus and Intensity

Transforming Schools into Democratic Communities

※音声は英語です。日本語での字幕は、「設定」→「字幕」→「自動翻訳」→「日本語」で表示できます。

ETV特集「自由の中の全人教育 〜サドベリーバレー校の実践〜 」

※こちらは(恐らく)1990年代に放送された日本の番組です。

Macomber Center(マコンバーセンター)
サドベリー・バレー・スクールから独立した親子グループが2012年に開校したコミュニティ


最後までお読みいただきありがとうございます(*´-`) また覗きに来てください。