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NODA・MAP『フェイクスピア』フィクションとノンフィクション、死者と生者が混じり合う

野田秀樹氏の作・演出による新作、NODA・MAP『フェイクスピア』が東京芸術劇場で初演された。高橋一生、橋爪功、白石加代子、野田秀樹など出演。

演劇を生で見るのは久しぶりで、しかも熟練俳優が多数出ている舞台。あの広い空間で遠くの席にまで生身の人間がリアルタイムで発する言葉が明瞭に響いてくることだけでも感動するのに、脚本も演技も演出もすさまじかった。最後は涙が流れた。

※以下ネタバレ注意。

タイトルの『フェイクスピア』は「フェイク(fake)」+「シェイクスピア(Shakespeare)」。イギリスの偉大な劇作家・詩人が偽者!?というのを基調に、日本で実際に起こった事件、「悲劇」を題材とした作品だ。

これは書くのも、演じるのも、舞台になんらかの形で関わる人すべてに、覚悟が要る演劇だと思う。祈りをささげてから取り組むような作品なのではないか。

最初は、恐山のイタコと、シャイクスピアの四大悲劇、『リア王』『オセロ』『マクベス』『ハムレット』という取り合わせ。不穏な空気も漂いつつ、イタコの白石加代子の前で、客として訪れた高橋一生と橋爪功がシェイクスピア劇の有名なシーンをパロディーのように演じて、笑いを誘う。

パロディーといっても、高橋も橋爪も瞬時に役に完璧に「入って」、すぐまた「出て」くるところに感嘆しきり。橋爪が四大悲劇の迫力ある主人公になり、高橋がその「ヒロイン」になって(文字どおりイタコのように乗り移られて)、一瞬、声も姿も女性にしか見えない。高橋が女性のまま倒れる様子も生唾もの(!)。

しかし実はこの場面にも、その前の冒頭の短い場面にも、後半へとつながる伏線が張られていたのだ。

ほかのイタコやカラス、「神様の使い」たちも登場し、高橋演じるmono(もの)が大事に抱える「箱」を巡って騒動が巻き起こる。野田秀樹演じるシェイクスピア(!)とその息子と名乗るフェイクスピア(!)まで出てきて、ラップまで披露!?これは夢か現実か・・・?

星の王子様も登場し、「大切なものは目に見えない」と言う。しかしかつては目の見えない者がなったというイタコたちは「私たちははなから何も見えない。だからそんな物言いは失礼」と宣言する。

舞台上にカーテンレールのような透明の棒が渡してあり、そこを通って、垂れ幕のような布が行き交い、人々が入れ替わる。

monoは徐々に自分と箱のことを思い出す。自分は「父親」であり、そして「死者」であること。箱は「ボイスレコーダー」で、自分の声が入っていること。そして、3歳のときに父を亡くし、死因を詳しく聞かされなかった、橋爪演じる楽(たの)は、自分の息子であること。楽は老人でありながら、子どもにかえってmonoを「パパ」と呼ぶ。

シェイクスピアの「フィクションの言葉」と、36年前の1985年8月に日本で起こった大事故の後に回収されたブラックボックスに録音されていた「ノンフィクションの声・言葉」。

この劇は、日航ジャンボ機墜落事故を、そして、その航空機の機長と、事故時の残された声を、題材としている。最後は事故時の様子が、実際の言葉を借りて「再現」され、演じられる。

これはおそらくかなり勇気が要ることだ。野田氏が天才であっても。ただ以前には第二次世界大戦を取り上げた戯曲もあったらしいが。とにかく野田氏の作品を生で見たのは初めてなので、度肝を抜かれた。映像でも、『半神』(原作は萩尾望都の短編漫画)しかたぶん見たことがない。
  
木々が聞かれない音を立てて倒れ、聞かれない言葉が発せられる。

真実と嘘、フィクションとノンフィクション。

SNSであっという間に拡散する、フェイクニュースや、人を傷つける言葉。

声と言葉があれば、人は存在する。たとえ死んでいても。

死者からの、「生きろ」というメッセージ。

死者がいるから、生きられるのかな、と思った。みんながみんなそうではないかもしれないが。生きたかったのに生きられなかった人がいる。ならば、生きている限り生きなければならないのではないか、と考えることがある。

本作を見た後に、劇の公式サイトや東京芸術劇場のサイトに掲載されている野田秀樹氏の言葉を読むと、合点がいく。だが、少なくとも何度か見ないと、受け止めきれない作品だと思う。

世界中で目に見えない脅威によって命が突然失われている中で上演された演劇から、生命力がほとばしる。死者のまなざしと声とともに。

これを作っていいのか、これを見ていいのか、という葛藤もまったくないとは言えない。しかし、フィクションでしかできないことだし、フィクションがすべきことだとも思う。

言い古された、「フィクションの形だからこそ伝えられることがある」という言葉。私はこの劇を見て初めて、これまで長さに躊躇してちゃんと読めていなかった、ウィキペディアの「日本航空123便墜落事故」のページにすべて目を通した。当然、それで何かがわかったことにはならないのだが、知ろうという気持ちになった。(だが詳しく調べるとかなりつらいだろう)

もちろんこの作品はドキュメンタリーではない。しかしドキュメンタリーもまた、「一つの捉え方」。それならばこの「虚構」も、事実とは違う意味での「真実」を含んでいるのかもしれない。

パンフレットは買っていないのだが、買うべきだっただろうか・・・。

作品情報

NODA・MAP第24回公演
『フェイクスピア』

2021年5月24日(月)~7月11日(日)
東京芸術劇場・プレイハウス

作・演出:野田秀樹

出演:
高橋一生
川平慈英 伊原剛志 前田敦子 村岡希美
白石加代子 野田秀樹 橋爪功

石川詩織 岩崎MARK雄大 浦彩恵子 上村聡 川原田樹
白倉裕二 末冨真由 谷村実紀 手打隆盛 花島令 間瀬奈都美
松本誠 的場祐太 水口早香 茂手木桜子 吉田朋弘

スタッフ:
美術|堀尾幸男 照明|服部基 衣裳|ひびのこづえ
音楽・効果|原摩利彦 音響|藤本純子 振付|井手茂太
ヘアメイク|赤松絵利 舞台監督|瀬﨑将孝 プロデューサー|鈴木弘之


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