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英国ナショナル・シアター『十二夜』シェイクスピアの喜劇を大胆に脚色

シェイクスピアの喜劇だが、脇役の一人、マルヴォーリオが最後に見せる悲劇性が強調されて演出されることもある『十二夜』。イギリスのナショナル・シアターによる2017年の公演では、そのマルヴォーリオが「マルヴォーリア」という女性として主役になった。

約2時間40分。公演映像が期間限定でオンライン無料配信されたので、動画で視聴。

戯曲はあくまでもオリジナルにほぼ忠実で、ただ、マルヴォーリオがmanやheなどと表現されている箇所は、womanやsheなどの言葉に変えられている。

「マルヴォーリア」のほかにも、道化のフェステや喜劇的な役回りのフェイビアンも女性の俳優が演じている。

この劇はもともと「性」の転換が扱われている。(本来の)主人公(の一人)であるヴァイオラは、最初と最後以外は男装して登場し、その姿で男性を愛し、女性に愛されてしまう。シェイクスピアの当時は、女性は役者になれず、女性役は少年が演じていたので、事はさらに厄介な様相を呈する。

また、同性愛的な要素を取り入れた演出になることが多い。ヴァイオラがセザーリオという男性として、男性の公爵オーシーノ―に仕え、オーシーノ―に恋をするのだが、2人の間では、オーシーノ―が恋する女性オリヴィアの話を通して、意味深な会話が交わされるし、ヴァイオラが女性と分かった途端、オーシーノ―は彼女に求婚する。つまり、オーシーノ―は彼女がセザーリオの姿だったときから、彼女に引かれていたのではないか、と見ることができる。今回の舞台では、オーシーノ―のそうした恋心が強調されていた(セザーリオとのキスシーンまである!)。さらに、ヴァイオラの双子の兄セバスチャンは、海上の遭難から助けてくれた男性アントーニオに激しく慕われる。この公演でも、それは(友情ではなく)恋愛としての愛として描かれていた。

ただ、セザーリオは女性のヴァイオラに戻ってオーシーノ―と結ばれ、セバスチャンは、彼をセザーリオだと勘違いして結婚式を挙げたオリヴィアと結ばれるので、アントーニオの恋はかなわない。つまり、結末としては異性愛のみ成就する。(たとえシェイクスピアの時代には、その女性役も男性俳優が演じていたとしても)

しかし、この舞台では、オーシーノ―がヴァイオラに「女の姿を見せてくれ」といったせりふをオリジナルの戯曲通りに言うのに、ヴァイオラは男の姿のまま花嫁のヴェールをかぶった姿が薄暗い中に浮かぶだけ。また、その直前のシーンでは、オーシーノ―はセバスチャンをヴァイオラと間違えて、彼にキスしてしまう。単に喜劇性を増すためのシーンというよりは、オーシーノ―の同性愛的な部分を強調した演出だったのではないか。

オリヴィアは、ラストで自分がセバスチャンをセザーリオ(ヴァイオラ)と間違えて結婚したことを知って、戸惑っているように見えた。その演出がちょっとリアルだった。劇では、大喜びで、「なーんだ、そういうことだったのね!ヴァイオラ、あなたは私の妹になるのね!」といったせりふがあるので、映画や舞台でもなんの問題もなさそうにしていることが多いのだが、普通なら、ごく控えめに言って、動揺するであろう・・・。

「マルヴォーリア」役のTamsin Greigの演技がとにかく素晴らしく、客席を笑いの渦に巻き込み、後半でひどい仕打ちを受ける場面では一転、もらい泣きしそうなほど悲しく哀れな姿を見せる。観客との掛け合いも見事。ラストシーンは彼女にスポットライトが当たって、暗転。

ほかの俳優もすべて優れているのがさすがのナショナル・シアターで、みんな素晴らしい。

ヴァイオラとセバスチャンを演じた俳優はアフリカ系。セザーリオの姿をしたヴァイオラが、船の遭難事故で亡くなったと思っていた兄セバスチャンを目撃したときに、「私は(男装するために)兄をまねた」というせりふがあるが、その中の 'colour' のところで、自分の肌を指し示して言っているように見えた。「肌の色」を示唆したのだろうか。

I my brother know
Yet living in my glass; even such and so
In favour was my brother, and he went
Still in this fashion, colour, ornament,
For him I imitate.
(III. 4. 330-34)

オリヴィアの屋敷に居候(?)する困った叔父サー・トビーと引かれ合っている、オリヴィアの侍女マライアがミニスカートだったり、道化フェステはショートパンツだったり、ヴァイオラがセザーリオとしてオリヴィアにオーシーノ―の愛を伝えるときはギターを抱えて歌おうとしたり、オリヴィアやサー・トービー、サー・トービーの金づるのサー・アンドルーが水着を着たりと、現代的なテイストがある。

車(クラシックな感じの?)も出てくるし、ヴァイオラが初登場する場面で、海の遭難から助けてくれた船長との会話は、機器が置いてある病室で行われる。

オリヴィアがセザーリオとしてのヴァイオラに初めて会うときは、ヴェールをかぶり、マライアにもヴェールをかぶらせて、最初、誰が女主人か分からないように意地悪をするのだが、せりふでは 'veil' なのに、着けたのはサングラス(!)だったのも面白かった。

セバスチャンがアントーニオとの待ち合わせ場所である「エレファント」に赴くこと自体は戯曲にあるが、そこがバーのようになっていて、そこでオリヴィアと出会う、というのは、この公演ならではの演出(だと思う)。しかも、エレファントでは、歌手役が『ハムレット』の有名な独白 'To be or not to be ...' のせりふを歌にして歌っている。なぜいきなり?!と思ったが、セバスチャンが突然オリヴィアに結婚しようと迫られ、「夢か?夢なら覚めないでくれ」と言うせりふと呼応していた。ハムレットの独白では、「眠ると夢を見る」というくだりがあるので。その場面も笑えた。

「マルヴォーリア」が偽の手紙を読み上げるところで、'If this fall into thy hand(s), revolve' (II 5 139) と言って、くるりと回って見せるところは、そういう演出があるらしい。執筆当時の英語の意味としては、 revolve は「よく考える」という意味だが、その後には「回転する」という意味が出てきたためだ。

同じ手紙のシーンで、「マルヴォーリア」が、「これは確かにオリヴィア様の筆跡だ」と言うところで、'By my life, this is my lady’s hand these be her very C’s, her U’s and her T’s and thus makes she her great P’s.' (II. 5) というせりふがある。この P's は、「Pの文字」という意味だが、発音が P と同じ単語の pee と掛けて、ジョークっぽく演技していたと思う。ほかの文字についても、ちょっと下品な言葉と掛けていたのかも?

そういう、私は気付かなかった言葉遊びなどがたくさん仕込まれていたのだろう。そういうものが全部分かったら、劇をさらに楽しめるのだが。

音楽も、ブラスバンドなどの生演奏が素晴らしく、また歌もよかった。道化フェステはもともと歌う役で、最後に歌われる物悲しい歌は、メロディーも現代まで残っているようで、映画や舞台で、同じ節で歌われる。私はこの歌が好きで、いつも涙ぐんでしまう。

サー・アンドルー役が披露するダンスも、滑稽ながら上手で、観客もわいていた。

舞台は円形に近く、内側と外側とで二重の円に分かれていて、内側の円が、もしくは両方の円が(?)、回転するるようになっている。その円形が、ホールケーキを切り分けるような具合で、階段で仕切られている。舞台の円が回転すると、階段でいくつかに区切られた部分が順繰りに前面に出てきて、場面転換ができる仕組みだ。階段では、演奏家が楽器を演奏したり、登場人物が昇り降りしたりする。決して複雑でも豪華でもない舞台セットなのだが、広くはない舞台を最大限活用する、工夫された仕組みだ。

作品情報

Watch Twelfth Night, Shakespeare's whirlwind comedy of mistaken identity and unrequited love, featuring Tamsin Greig as Malvolia.

Twelfth Night is streaming for free from 7pm UK time on Thursday 23 April. Available on demand until 7pm UK time on Thursday 30 April. It is subtitled and the running time is 2 hours 42 minutes with a very short interval.

There is also an Audio Described Twelfth Night on YouTube, available here: https://youtu.be/Oq2ein7db8Q

Simon Godwin (Hansard, Anthony & Cleopatra) directs this joyous production with Tamsin Greig (Friday Night Dinner, Black Books) as Malvolia and an ensemble cast that includes Daniel Rigby (Flowers, Jericho), Tamara Lawrence (Undercover), Doon Mackichan (Smack the Pony) and Daniel Ezra (The Missing, Undercover).

公演のクレジットはこちら

▼「マルヴォーリア」役のTamsin Greigのインタビュー(英語)

▼2020年5月1日午前3時(日本時間)までの限定公開


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