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黄金をめぐる冒険⑮|小説に挑む#15

黄金を巡る冒険①↓(読んでいない人はこちらから)

僕はまた独りになった。

まるで平凡な悲劇の書き出しだ。「」(かっこ)から始まる小説くらい平凡だ。では平凡でない書き出しとは何だろうか?

夏目漱石の書き出しのような人生を送りたかった。だが、人生は小説より奇なりである。果てして本当に人生は小説よりも複雑なのだろうか?

チャールズ・ダーウィンは自然淘汰説を唱えた。人口は一向に増えていく。なぜ自然は、自然に一番害を成す人類を淘汰しなかったのだろうか?

***

辺りは、見渡す限りの草原が広がっている。一本の砂道が草原の真ん中に伸びていて、その先には大きな鳥居のようなものが見えた。僕は途方に暮れ、何も考えずにその大きな鳥居の方向へと進んでいた。

近づいてみると、よりその巨大さが際立った。おそらく高さは三十メートルほどあるだろう。明治神宮の鳥居の二倍はあると思う。その圧倒的な鼠色の門構えによる迫力で全く気づかなかったが、鳥居の片隅に小さな東屋あずまやのような休憩所があった。

三角屋根には褐色の瓦が付いており、中央には異様なくらい細い支柱があり、それでほんとに屋根が支えられるのか不思議に思った。その細木の周りにはとても固そうなベンチが円状に並べられいて、ベンチの手前に一つの灰皿がぽつんと置いてある。その風景はある昼下がりの公園のようであり、この場所には相応しくなかった。

直感的にここが”地獄の道”の入り口だということを理解した。なぜかは分からない。これが第六感というものなのだろうか。

東屋に近づくと、陰から人がぬっと出てきた。それは本当に「ぬっ」とともに出てきた。そんな非現実が現実と思えるほど奇妙さを持つ老人だった。その老人はこちらを一瞥し(そう見えただけかもしれない)、ベンチに腰を下ろした。僕はとっさに、この老人はここの門番的な役割を担う人なのだと直感的に理解した。なぜかは分からない。

門番は全く別の場所を見ながら、僕に話しかけてきた。
「小僧、独りかね?」
小僧? 僕をどのように見たら小僧と思えるのだろうか?
「すみません、僕は今年で30になります。小僧と呼ばれるには抵抗があるのですが….」
「なに、小職から見れば人間なんて全て小僧に等しい。だからお前も小僧だろう?」
奇妙な老人は鳥居を見ているようだった。

「そう、ですか…… なぜ鳥居を見ているのですか?」
「これは鳥居ではない。ただの門だ。ここは道の入り口だということを知っているであろう? そうであろう、知っているからそこにいるのだろう。 知らずに来るやつもたまにいるが、そういうやつは小職を見た瞬間に帰るな。違うかね?」
僕は黙って頷いた。

鼠色の顎鬚を胸くらいまで伸ばし、くすんだ鼠色のハンチング帽と鼠色のジャンパーを着ていて、胸のポケットにはマルボロが顔を出している。胸元の白と赤のマルボロ以外、門番の色は門と全く同じだった。
どこの訛りなのか、語尾が上がるのが癖らしい。おかげで質問なのかどうかが判断付かない。そして第一人称が小職なんてちゃんちゃら変だ。

「小僧、通行料は持っているかね? ポケットの中身を全て置いていく、それが通行料になるが、いいかね?」
通行料? ポケットの中身を全て置いていく?
そういえば僕の背負っていた荷物はどこに消えたのだろう? 僕はため息をついてポケットの中身を探った。

ポケットの中には財布とスマートフォン、それとライターがあるだけだった。別にこれらを手放すことに未練や躊躇はないが、お金を全て取られたらこの先困るかもしれない。何かを買う必要があるかもしれないし、運転免許証や保険証は必要になるかもしれない。そう思って門番に話してみると、門番は首を左右に五回振った。

「ここから先は何も要らん、文字通り何も、だ。小僧の持っているものは、全て無意味だろう。ポケットに入っていることすら無駄と思うことになる。それでも持っていくかね?」
無意味、無駄、僕のポケットに在る物のことを指して言っているのだろうか。まるで僕自身がこれまでに身に着けたもの全てを否定するような、そんな冷酷さを帯びている言葉のように聴こえた。この世に無駄なものなどない、と言おうと思ったが陳腐だからやめた。

僕は結局それらを全て門番に渡した。門番は財布からお金を抜き取り、他は東屋の隅に投げ捨てた。乱雑に扱われたあとの僕の持ち物は、確かに無意味なものに見えた。

門番は煙草を一本くわえて火を付け、それを大きく吸い込み、煙をしっかりと肺に入れて鼻から吐き出した。この動作を一口ごとに時間をかけて丁寧に繰り返した。鼻から出た煙は時間をかけて門番の顔を覆い、覆い終わると空へゆらゆらと上昇する、それはとてもうまそうな煙草の吸い方だった。
門番のそんな所作を見ていると久しぶりに煙草が吸いたくなったが、門番から貰うのも癪だと思い我慢した。

僕は門番が一本吸い終わるのをただ眺めていた。まるでクリントイーストウッドの映画のワンシーンの様で、無性に映画が観たくなった。
門番はベンチに置いてある灰皿で煙草の火を擦り消し、門の奥に広がる先の見えない道を眺めながら、独り言のように呟いた。
「ここが地獄の道の入り口だ。本当に行くのかね?」

それはおそらくこの道を通って行った人たちに掛けられた言葉であり、そしてこれから通る者たちに向けられた言葉なのだろう。門番は僕に問いかけてはいるが、僕だけに問いかけてはいない。過去と未来が現在に存在するのだ。僕にはそれが直感的に理解できた。

門番は僕の方を見ていなかったが、僕は何となく答えたほうがいい気がして、行きますと答えた。門番は僕の方を一切見なかった。

第十五部(完)

二〇二四年六月
Mr.羊
#連載小説
#長編小説
#創作大賞に向けて

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