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【謎1】英国国教会に派閥は存在するのか?

先日、少し怖い話を聞きました。
創作界隈派閥があるそうです。
なんだか別の星の出来事、という感じがします。

さて、英国国教会に、派閥が存在することを皆さんはご存じでしょうか。

英国国教会は中道の教会です。
カトリック & プロテスタントの要素を含む教会
といわれます。

ただし聖職者は【カトリック寄り / プロテスタント寄り】で分かれており、両者どちらも【イングランド国教会三十九箇条】の下に【英国国教会】というグループでまとめられています。


High Low Broad とは?


知られているのは主に2つの派閥です。

High church  ハイ・チャーチ派
Low church ロー・チャーチ派

このどちら派でもない位置に、

Broad Church ブロードチャーチ派

が存在します。

さて、それぞれが「重んじるもの」の違いはなんでしょうか。

■ハイ・チャーチ派とは?
 君主制・聖職制・サクラメントなどを重んじる集団です。カトリックの要素が多めです。伝統や儀礼を尊びます。

■ロー・チャーチ派とは?
 君主制・聖職制・サクラメントを重視しない集団です。個人の回心を尊びます。「非国教会派のプロテスタントに近い」と言われています

■ブロード・チャーチ派とは?
 ハイチャーチ、ローチャーチどちらにも属さない集団で「広教会」ともいいます。自由主義神学で、キリスト教社会主義運動が特徴的。

私の自著【リンドバーグの救済】は、異世界のヴェルノーン王国が舞台です。作中に登場するヴェルノーン国教会は、英国国教会(聖公会)をモデルとしています。

物語に登場する司祭アルフレッドは【ハイ・チャーチ派】という位置づけで書いています。

ただし現在は「高教会」「低教会」という表記や、両者を対立的に扱うこと敬遠する傾向があるため、作中ではこれらの派閥を描写していません。これについては後に詳しく解説しますね。

リンドバーグの救済では【君主制・聖職制】が作品の重要なキーワードになっています。

舞台は異世界のヴェルノーン王国国教会英国国教会をモデルにしています)

英国国教会(聖公会)をモデルに描く場合は、教会首長である王様の存在が重要になってきます。

国教会成り立ちそのものが「君主制」と結びついているからです。

これはローマ教皇絶対主義に背を向けた歴史です。


国教会の聖職者は国王に絶対服従なのか?


国教会の聖職者たちが「国王をはじめ、施政者たちに絶対に服従か」というと、そうではありません。

英国国教会には【批判的連帯 critical solidarity】という原則があります。

これは、施政者(王様や政治家)の誤った行動に「否」を唱える姿勢のことです。英国の実例を挙げると。

■フォークランド紛争時、カンタベリー大主教がサッチャー首長に抗議

■イラク戦争英国参戦に際し、カンタベリー大主教がブレア首相に抗議

■ヨーク大主教が、イラク戦争中止を訴えてハンスト。

『聖公会が大切にしてきたもの』 西原廉太著より

戦争問題に関しては、必ず批判をするようです。

その他の【批判的連帯】として有名なものはこちら。皆さんも一度は目にしたことがあると思います。

■エドワード8世とウォリス夫人の結婚に反対。エドワード8世は退位

■チャールズ現国王とカミラ王妃の再婚に反対


離婚経験者の再婚に関しては、宗教上様々な問題がつきまといます。

現チャールズ国王とカミラ王妃の再婚は、激しい反対の末、結局どうなったのかというと。

■英国国教会は、再婚に関するルールを一部改定

■ただし、チャールズ現国王とカミラ王妃は、民事婚

国教会前首長たるエリザベス女王は、宗教上の立場から結婚式に欠席

このように、教会のルールを一部改定したものの、再婚を宗教儀礼として行うことを拒否しています。

またエリザベス女王が再婚に欠席したという点も重要です。

英国の王様は代々、国教会の首長となるのが習わしだからです。

現チャールズ国王とカミラ王妃の「民事婚」「宗教的儀礼ではないから」という理由で「教会首長の立場」を意識したエリザベス女王は、参列しませんでした。


英国国教会は君主制ありき


英国国教会(聖公会)は常に「君主制」という枠組みの中に存在
しています。英国は「立憲君主制」です。さらに詳しくいえば「議会制民主主義」です。絶対君主制とは異なることを念頭に置きましょう。

さて。英国議会には【聖職貴族】が存在することをご存じでしょうか。主教たちのうち選ばれたものだけが貴族院議員として国政に参加しています。
リンドバーグの救済で用いた挿絵をこちらでも再掲します。

舞台は異世界のヴェルノーン王国国教会英国国教会をモデルにしています)


教区担当」「教会区担当」「管区担当」の項目があります。資料本によってこの表記が異なるので、読む時には注意が必要です。

私が作中で使用しているのは【管区・教区・教会区】の表記です。

 ■管区……日本で喩えるなら、国。
 ■教区……日本で喩えるなら、州・府・道。
 ■教会区……日本で喩えるなら、県、市町村。

この体制を【パリッシュ制度】と言います。日本の感覚だと、教会区担当の司祭は「結婚や葬式に携わる公務員」といったところでしょうか。ただし教区によっては司祭が不在もしくは兼任している事例も多いのです。

英国には「大執事管区」もあります。現在は「大執事」の地位に「司祭」が就いているようです。歴史的背景を突き詰めると長くなるので割愛します。

「英国国教会はイングランド国王の支配体制の一翼を担っていた」としばしば批判にさらされることがあります。

先程の【ハイ・チャーチ派】【ロー・チャーチ派】を、このパリッシュ制度を理解した上で再度考察してみましょう。

■High church ハイ・チャーチ
 君主制・聖職制・サクラメントなどに重きを置く集団です。これらの歴史と伝統を「高く大切にする」立場です。

■Low church ロー・チャーチ
君主制・聖職制・サクラメントに重きを置かない集団です。教会制度よりも、伝道・個人的回心を大切にするので、よりプロテスタント的です。

パリッシュ制度の中から「ハイ or ロー」という考えが現れたのが分かりますね。ただし、ウィリアムス神学館叢書シリーズ第1巻の言葉によれば。

礼拝のみを重視しても、個人的信仰のみを大切にしても、共同体の一致ではない。「中庸・多様性」を掲げる国教会(聖公会)の方針にそぐわない

このような理由から、「ハイチャーチ」と「ローチャーチ」を対立的に書くことは、現在では敬遠されています。

また英国には【国教会(聖公会)】に属さない【プロテスタント諸派】や【英国カトリック教会】が存在します。これらを「非国教会派」としばしば表記するのですが、注意が必要です。

分かりやすいように、アルフレッドの顔を入れています。

【国教会派】と【非国教会派】の対立というのは、一昔前には確かに存在していました。ですが現在は歩み寄り、お互いの存在を認めている為「非国教会派」という文言の多用は避けた方が良いでしょう。

実はリンドバーグの救済では、とあるエピソードで「非国教会派」という言葉を用いています。フォローとして「様々な信条で枝分かれしている」とアルフレッドには発言させています。気になった方は、以下のエピソードをお読みください。

■ノベルバ

■ノベルアッププラス

キリスト教用語だけでなく、仏教用語、神道用語、イスラム用語、どの宗教の言葉も、作品に用いる際には特に注意しましょう。

余談ですが、物議を醸している映画「オッペンハイマー」が、ヒンドゥー教の聖典をベッドシーンで引用したことで、現在炎上しております。

やはり「多様性を認める」とは言っても「お互いの宗派と信条を尊重する姿勢」「最低限のマナー」は胸に留め、今後も注意していかなければなりませんね。


■参考書籍 一覧

 御縁のあった良書に深く感謝かんしゃ申し上げます。

『今さら聞けない!? キリスト教:礼拝・祈祷書編:ウィリアムス神学館叢書Ⅰ』
 吉田 雅人著/教文館/二〇一九年八月

『今さら聞けない!? キリスト教:聖公会の歴史と教理編:ウィリアムス神学館叢書Ⅴ』
 岩城聰著/教文館/二〇二二年五月

『ふしぎなイギリス』
 笠原敏彦著/講談社/二〇一五年五月

『waseda libri mundi23 イギリスの政治』
 川勝平太・三好陽編著/早稲田大学出版部/一九九九年十二月

『立憲君主制の現在:日本人は「象徴天皇」を維持できるか』
 君塚直隆著/新潮社/二〇一八年二月

『聖公会が大切にしてきたもの』
 西原廉太著/教文館/二〇一六年十二月

『聖公会物語――英国国教会から世界へ――』
 マーク・チャップマン著・岩城聰監訳/かんよう出版/二〇一三年十月

『現代世界の陛下たち――デモクラシーと王室・皇室――』
 水島治郎・君塚直隆著/ミネルヴァ書房/二〇一八年九月


参考サイト

英女王が「チャールズ皇太子夫妻の結婚式」を欠席した理由


この記事で使用した画像メーカー様・フリー素材サイト様

■【五百式青年メーカー】iwose様
https://picrew.me/image_maker/689163

■【五百式全身メーカー】iwose様
https://picrew.me/image_maker/1744829

■背景素材:イラストAC様より
https://www.ac-illust.com

作中の挿絵は「五百式青年メーカー」「五百式全身メーカー」(iwose様)で作成したイラストに、背景等を加筆しております。〔五百式メーカー様〕〔ACグループフリー素材〕利用規約確認済〔商用、加工(加筆)OKの旨〕

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