うちのこ熱中症SS-14「青々とした桜の下、路頭に迷う」
この小説はファンタシースターオンライン2 ニュージェネシスの二次創作です。
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マグナス山、谷間。見えるは陽炎、聞こえるは蝉の声。
(み……水……。水はありませんの……?)
白を基調とし、緑のアクセントカラーを取り入れたパーツを身にまとうキャスト(注:機械のボディを持つ種族だ)、桜之宮なこは、まるで倒れそうになりながらフラフラと彷徨っている。
体中のあらゆる排気口から高熱の空気が漏れ、美しい桜色の髪は排熱によって痛々しく歪む。
……ここエアリオリージョンは自然豊かな土地だ。平原、瀑布、湿原。数々の恵みが市民に恩恵を与えている。
はずなのだが。
ここ暫く強烈な猛暑に襲われており、いくら生身でないといえど、何も考えず外へ繰り出すのは得策と言えないだろう。
そもそも、多少なりとも自衛ができるアークスであれば、こういう日には北にあるハルフィリア湖に入り浸ってリラックスするか、あるいは南のバルフロウ大瀑布でドールズ掃討のついでに遊んで帰るか、といったところである。
桜之宮なこは、実のところアークスだ。
しかし、その頭には「三流の」がついてまわる。
千年前は、それでも多少はやれていた。この世界に来るまでに集めていた情報をもとに最適な装備とクラス(注:戦闘スタイル)を割り出し、果敢にアークスの敵を倒してきた。
今になって、それらが使えなくなった。情報はほとんど役に立たず、装備は辛うじて動作する程度。クラスに至っては、そもそも長い時を経て廃止されていたのだ。
戦いができなければ、収入もない。彼女は生活費を捻出するため私物を売った。次に、古くなった武器と防具を。それでも足りなかったため、最終的に生身の肉体を実験材料として明け渡し、機械の肉体に乗り換えた。
そして、無難と思われた戦闘のない探索任務を受けたはいいが……このざまだ。機械のボディで無茶ができると勘違いし、エネミーですらない熱中症に滅ぼされようとしている。
陽炎に惑わされ、蝉の鳴き声が嘲るように苛む。
(もう、私は終わりなのかしら)
世界がモノクロになり、ただの石ころにつまずく。
(さよなら、元の世界。さよなら、私の――)
彼女は倒れつつ、オーバーヒートを知らせるあまりに遅すぎた警告を聞きながら、意識を手放した。
◆◆
時は少し遡り。
セントラルシティを猛ダッシュで飛び出していったのは、男の娘と少女のペア。名前をそれぞれ「らん」「小凪葉まゆ」と呼ぶ。
「アルファリアクター拾うぞー!」
「いえーい!」
並走し、ハイタッチ。
「エネミー居たら倒してノートを貰うぞー!」
「貰うぞ―!」
彼らはなんとも軽快なスピードでフィールドを駆け回り、目につく敵に銃弾と刃、そしてテクニックを叩き込んでいく。
本来、アークスとはこのくらい動けるはずなのだ。
南東に走りながら、彼らの座標は十分もしないうちにマグナス山の谷間にまで達していた。
……そう、桜之宮なこがオーバーヒートを起こし、生死の境を彷徨っているポイントである。
気づいたのはらんだ。
「っ! まゆ、女の人が倒れてる!」
すぐさま小凪葉も気づく。
「ほんとだ! 助けるぞー!」
「そう言うと思った! まゆ、哨戒お願い!」
ドウ! 強烈な風を巻き起こしながら、らんは更にスピードを上げる。
「りょーかい! ……あれ? でもエネミーにやられたにしてはセンサーに反応ないな……」
「到着したよー!」
「はっや! アタシもすぐ行くねー!」
彼女は呼びかけながら一瞬かがみ、力を解き放つように翔んだ。
◆◆
「「あっつ!!!!」」
これは、二人が倒れている女性を叩きながら呼びかけようとしたときの第一声である。
「これ要は熱中症じゃない!」
「熱中症?」
「らんは体力ありすぎるからわかんないと思うけど、普通のヒトって体温上がりすぎたら調子悪くなって死ぬの!」
説明しながら、どうにかボディを青々とした桜の木の下へ運び、バータで冷やしつつ応急処置を施していく。
「卵ってあるじゃん。バーディが産むようなやつ」
「あるね」
「加熱したら当然ゆで卵になるんだけど、それが体温調整上手く行かないと体の中でも同じことが起こるんだって」
「うえっ。普通にまずいじゃん。見たところキャストさんだけど、機械でもそういうことってあるの?」
うーん、と小凪葉は悩み。
「わかんないけど、オーバーヒートはするんじゃないかな」
「どっちにしろ危ないね……。救援呼んだけど良かった?」
「グッジョブ! 一応名前とチームも見といて。そっちにも報告入れよう」
「わかったー」
らんは端末で女性のデータを調べる、が。
「……んん?」
情報を見て、訝しむ。
「どったの?」
応急処置を片付けた小凪葉が、らんの背中から覗き込むように端末を見る。
名前、桜之宮なこ。種族、ヒューマンよりキャストに変更。ガンナーレベル5。所属チームなし。血縁者なし。部署未割り当て。
「んんん……?」
彼女も眉根を寄せ始めた。
「連絡すべき人が居ないってのは分かったけど、種族変更ってほとんど見ないよね」
「うん。普通は変更しようとしても拒否される。この間の九十九ど……」
言いかけた言葉は、そこで止まる。
「く……う……」
自動生成のうめき声、起動シーケンス開始。女性……桜之宮のほうを見ると、無事に体温が下がってきたのか、自動再起動プログラムが動作し始めたことを示す音声が流れていた。
「まゆ、起き始めた!」
「うわっとと! えっと、水……あー、そもそもキャストに水要るんだっけ……? ユアンスウさんはコーヒー飲んでたから要るか……!」
わたわたと慌てだす小凪葉を抑え、らんは自分のポーチから水筒を取り出す。
「起きたら渡せばいいんだよね?」
「あっ……。うん、ありがと」
「整理しようね」
「うん」
CPU温度、正常値。ファン駆動、可能。機械音声が状態を告げていく。
そして、目が覚める。
◆◆
「……私は……」
「おはよう、大変だったね。オーバーヒートを起こしてたっぽいから助けた。まずはこれを飲んで。ゆっくりと」
「ありがとう……ございます」
弱々しく、受け取る。
途中むせながら、糖と電解質を含む水分を飲み干していく。
もしかしたら、ここ3日で初めての糖分かもしれない。
情けなさに涙が出そうになるが……このパーツは安物だ。涙を流す機能は、搭載されていなかった。
それでも、表情は歪む。
水分で満たされる代わりに、これまでの苦境が、懊悩が、嗚咽となって溢れてくる。
「……落ち着いたら、街に戻ろっか」
女の子が、優しく口にする。
「……はい」
そういえば。
「お名前を伺っても、構いませんか?」
「ぼくはらん。こっちは小凪葉まゆ。桜之宮さんの名前は、ごめんだけど見ちゃった。続きは、治療してからシティのもっと涼しいところで話そっか」
〈続く〉
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