うちのこ面接SS-15「1,428,571メセタのツケ」
この小説はファンタシースターオンライン2 ニュージェネシスの二次創作です。(C)SEGA『PHANTASY STAR ONLINE 2』公式サイトhttps://pso2.jp/
(承前)
(あらすじ:日々をどうにか生きてきた赤貧キャスト「桜之宮なこ」は、熱中症で倒れてしまう。そこに通りがかった男の娘と少女のペアに介抱され……。)
オーバーヒート後の処置を受け、数日ぶりにまともな食事を取り、十日ぶりのシャワー(機械の体でもメンテは必要だ)を浴びて。
そして何より、数週間ぶりの温かい寝床が、桜之宮なこをこの上なくリラックスさせていた。
「捨てる神あれば拾う神ありなんだなあ……」処置のおまけでツヤツヤになった髪をセットしながら、彼女はつぶやく。
昨日の夜はとても良く眠れた。
室内の家具はそれほど高級とは言えないかもしれないが、機能的である。
少なくとも、雨や雷に警戒しながら眠るよりは、だいぶ良い。
「私はこれからどうなるんだろう……」
手足のキャリブレーション。キャスト化してから半年は毎日やれ――そう言われていた気がするのに、三ヶ月目からはろくにできていなかった。左腕の根本から指先まで、流れるように補正する。
「……あれ?」
違和感に気づく。
「反応が良すぎる」
普段はもっときしむように動くはずだが、まるでヒューマンの若い肉体のように、なめらかに動く。
「久しぶりにリラックスしたから、なら良いんだけど」
疑問を感じながらも、次いで右腕を調整。そして右足、最後に左足。意のままに動く肉体に首を傾げ、独特の動作音を立てながら、順に行う。
「……よし! 準備オッケー!」
調整が終わり、勢いよく立ち上がる。
「今日はチームの面接だ!」
そう、彼女はこれからあの「らん」のチームに、参加しようとしているのだった。
徒歩、テレポート、そして徒歩。
「面接会場はラボ049番……ここかな?」
セントラルシティ地下4階。
面接担当者の「カワイイスパイス」が、ここで待つという。
ノック、ノック、チャイム。
「いらしてください」
よく通る女性の声とともに、ドアが自ずと開く。
壁は白く複雑な水面パターンを描いており、椅子と机は青い水でできているかのように波打っている。
面接者は、二人居た。
片方は赤と黒を織り交ぜたドレスを着た、ショッキングピンク髪の女性。もう片方は、スカートを膝のあたりで切り詰めたモノクロの巫女服を着た……ダークブラウンヘアーの男の娘だ。
面接者は机を挟んだ奥で立ち上がり、「ようこそ」「こ、こんにちは!」と、挨拶し着席を促す。
女性の方がカワイイスパイス。「スパイス」と呼んでほしいと言われたので、そうする。私も「なこ」と呼ばれることになった。男の娘の方は「黑入鹿いおど」という名前らしい。
お子さんですか? と聞くと、スパイスさんは答えづらそうにしていたが、いおどくんは「ししょーです!」と元気に返す。
「まあ、そういうことです。可愛い弟子ですよ」いおどに資料を用意させながら、最終的に彼女はそう答えた。
「さて」仕切り直す。
「急な処置で申し訳ありませんでした。なにぶん、アークスとして活動される場合、民生品だと不都合がありまして」
……はい?
「あー……。担当者曰く『同意は取ったぞ。電子ニューロンを直接読み取ってな』とのことでして。申し上げづらいのですが、実のところ、オーバーヒート後の処置中に、弊チーム負担でそちらのパーツを全部アークス制式のものに更新させていただきました」
待って……待って!?
「今までそちらが使用していたパーツですが、クリティカルな脆弱性がありまして……。今回そちらのデータを読めたのも、この脆弱性によるものです。」
データ読まれたの……? あんな記憶もこんな記憶も……?
「私は存じ上げませんが、完全にオープンだったらしいです。無線経由でも。三世代前までならパッチも当たっていたのですが、流石に五世代前のものはサポートも切れておりますし、雇うならそういう支援もすべきだという声が多数でして」
「わたしとまやーれちゃんで相談したんだけど、かわいそうだなって」
子供にすら同情されてる――!
「そういうことですし、ミドルグレードですけど最新のものに更新いたしました」
顔をひきつらせながら、謝意を伝える。
もう既に、逃げ場がない。
「で、でも良いんですか? 私はその……ただのへっぽこぴーアークスなんですよ? なんで私のためにそんな……」
必死で逃げ場を作ろうとするが。
「いおど、写真を」
男の娘が資料から、青髪の男の写真を取り出す。
「クロフォードさんとブルーダーさん……?」
唐突な二名だ。
「彼らについての率直な感想を伺いたく」
「……あの、これ盗聴とかされてないですよね?」
念の為、あたりを見回す。
「だいじょうぶ、まやーれちゃんが今も対応してるって」いおどくんが割り込む。
「そっか」胸をなでおろし、迷いを消す。
なら、本音を言ってもいいか。
「胡散臭すぎるでしょう彼ら! セントラルタワーの砲台を初めて使うような言い方してますけど、絶対一度撃ってますよ! 修理ならともかく製造は無理がありますよ……!」
「同感です」
「ですよね!」
不意に声が大きくなる。
「……まあ、そういうことです。前提として、千年前からハルファに移った我々は、どう立ち回るか決めるために情報を集めたいという点がありますが――」
スパイスさんが続ける。
「この二人に関しては、地位による情報の硬さもありますし、それ以上に先程挙げたような気になる点が多いんですよね」
「ああ、なるほど。それで私が最適だということですか」
ニューロンから情報を抜かれているのであれば、隠し通す必要もない。
私はこの世界に来るまで、直接戦闘よりも情報戦を得意としていたのである。
情報を根こそぎ掘り尽くし、必要であればばらまく。流出はせき止める。不調でさえなければ、そしてこの世界のルールが分かってさえいれば、同じようにやれるはずだ。
「お膳立てはしますよ。我々はなこさんに既知の情報と自衛の手段を教え、なこさんは新たな情報を集めてくる。また、暴れてみませんか?」
スパイスさんは可愛らしくウィンクし、微笑む。
「もちろんです! お任せください!」
心の底から、宣言する。
「よし! いおど、最後の資料を」
「うん!」
◆◆
数枚の紙を見て、青ざめる。
「あの……これ……」
それらの紙には、全てメセタが記入されていた。
請求書だ。
脳内CPUが無情にも「総額は1,428,571メセタです^^」と告げる。
「まあ、あれです。我々は、我々が行った処置については何も請求しませんが、もともとあった借金については流石に肩代わりできませんでしたね……」
「うええ……」
「色々やる前に、まずはなこさんの生計を黒字にすることから頑張らなくちゃいけませんね……」
「泣けてきた……というかちゃんと涙が出てくる……。嬉しいのと悲しいのとどっちも来る……心が二つある……」
「おねえちゃん、がんばろ!」
いおどは、両手で私の右手を包み込む。
「いおどくんはやさしいんだね……」
こうして、桜之宮なこの借金生活は、いよいよ始まった。
〈完〉
追補:
桜之宮なこ(梛子)。35歳。キャスト化とともに肉体の年齢に精神が引っ張られ、自然とより若い振る舞いをするようになった(あるいは“なってしまった”)。
ガンナー/ファイターからファイター/ガンナーにクラスチェンジし、現在メインクラスのレベルは13。
このエピソードの後、数ヶ月かけて借金を完済したらしい。
九十九堂冷泉分胤にはかつて任務中味方と同士討ちするよう仕向けたことがあり、電子ニューロンを読んで彼女の正体を知った彼は、顔を真っ青にしながら歯をガタガタ震えさせていたとのこと。和解済み。
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