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【第1回】難民2世のこどもたちの実情

こんにちは、Living in Peace(以下、LIP)難民プロジェクトです。

「日本にいる難民の支援をしている」と友人に話すと、「日本に難民っているの?」という疑問と同じくらい聞かれることが、「日本で育った人も難民なの?」「その人たちにも支援って必要なの?」という質問です。

実は、難民をはじめ外国ルーツのこどもたち(成人した場合も含む)は、進学・就職など様々な場面で、生きづらさを抱えているケースがあるのです。また、母国(親の出身国、ルーツとなる国)と日本の文化の間で揺れ動くアイデンティティ形成の複雑さや、母語を持たないこと、文化継承の難しさなど様々な課題もあります。
そこで、『難民2世について考える』では、日本で育った難民の2世以降が抱えうる課題や、なぜ支援が必要なのか、私たちにどのような考えや行動が必要とされているのかについての情報をお伝えしていきます。

難民2世とは
この記事では、難民の親と共に幼少期に来日したこどもや、来日後に生まれたこども(成人した場合も含む)を指します。

◎東京大学特任講師 髙橋先生にお話しを伺いました

今回は、多文化共生や、外国ルーツのこどもたちの教育について研究されている、東京大学の髙橋史子先生に、外国ルーツのこどもたちの置かれた環境や親との間の葛藤、それに対して私たちはどのようなことができるか、についてお話を伺いました。ロングインタビューのため、第1回・第2回にわたってお届けいたします。

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髙橋史子
東京大学教養学部附属 教養教育高度化機構 社会連携部門 特任講師 
オックスフォード大学社会学部博士課程修了、D.Phil.(社会学)。研究テーマは、移民・難民のこどもたちの教育や社会参加。主な著作:髙橋史子(2019)「多文化共生と日本の教育(学校実践編)」.額賀実彩子・芝野淳一・三浦綾希子(編).『移民から教育を考える―子どもたちをとりまくグローバル時代の課題』ナカニシヤ出版.193-202.

◎難民2世の抱える格差は1つじゃない ~情報格差、経済的格差、言語格差~

―――移民・難民のこどもたちは、学校の勉強や進学において、不利な立場になってしまうことがあるのでしょうか。

移民・難民のこどもたちは、日本国籍を取得している場合もありますので必ずしも外国籍ではありません。しかし、あまり移民・難民のこどもたちの教育の実情を把握するデータがないなかで、一つの目安として国籍別にみると、外国籍のこどもたちは、学校の勉強や進学において日本国籍のこどもたちよりも不利な状況にあるといっていいと思います

国籍別の進学のデータでは、フィリピン・ペルー・ブラジル国籍者の場合、高校・大学それぞれの進学率・在学率が日本国籍者に比べて極めて低くなっているという調査結果があります。例えば、19~21歳の若者に対する調査結果によると、中学卒業後の未進学・未就学者が日本国籍では3.9%であるのに対し、フィリピン国籍で26.4%、ペルー国籍が26.3%、ブラジル国籍では33.7%。大学在学者では、日本国籍が45.2%に対し、フィリピン国籍は9.7%、ペルー国籍が11.3%、ブラジル国籍では11.8%となります(樋口・稲葉 2018)。

また、文科省が昨年発表したデータを見ると、日本では約2万人の外国籍のこどもが学校に通えていない可能性があるようです。進学問題以前に、教育を受ける機会を与えられていないこどもたちが、外国籍に偏って多いという事実があります。

外国人児童生徒等の教育の充実について 令和2年3月
外国人の子供の就学状況等調査結果(確定値)概要 令和2年3月

―――なぜそのようなことが起きるのでしょうか。

こどもたちの教育や進学に影響をあたえるものには、親や、周辺環境、制度などがあると思います。日本のマジョリティと比べて、移民・難民のこどもたちの教育が不利になりがちな要因を、以下の3つの側面に分けて考えてみましょう。

① 経済的資源
・親の仕事や収入が安定しているかどうか
② 文化的資源
・親の話すことができる言語が、日本語かどうか
・親が日本の教育システムや学校についてよく知っているかどうか
 (例:学校行事とのかかわり方、先生との関係性)
③ 社会的資源
・日本の教育システムを知らなくても、聞ける人がいるか、知っている人とのネットワークがあるか
 (例:大学入試にはセンター試験がある、高校入試の勉強はいつから始まっているか)

これら資源の不足は、社会的階層の問題とも絡みあっています。たとえば、移民であったとしても、親が経済的に安定していて、日本語の読み書きやコミュニケーションができて、日本の教育システムについてもよく理解していたり、丁寧に教えてくれる友人知人がいたりしたら、学習的な不利は起こりづらいですよね。階層や格差は、経済的なものだけでなく、言語・知識・文化などにも紐づいていると思います。
また、資源の”不足”というと、従来の制度やシステムに移民・難民の家庭があわせていくことを前提にしてしまいがちですが、制度やシステムを、多様化する人たちの実情にあわせていくことを視野にいれる必要もあると思います。

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―――日本語の日常会話は問題なくとも、学校の授業や進学(特に高校や大学)に困難を抱える移民・難民のこどもたちが少なくないと聞きました。その理由は何だとお考えですか。

上記で説明した親の持つ資源の課題に加えて、言語能力における課題が考えられます。
言語能力には2種類あると言われます。ひとつは、生活言語能力、もうひとつは学習言語能力です。生活言語能力は、日常生活におけるコミュニケーションで使われる言語能力で、2~3年程度で習得されるといわれています。他方、教科学習で必要となる言葉は、学習言語能力と呼ばれ、習得には5~7年かかるといわれています。クラスで問題なく友達や先生と会話ができる移民・難民のこどもを見て、「日本語ができている」と先生が思っていたのに、作文になると書けない、算数の計算問題はできても文章問題は解けないなどという話をよく聞きます。生活言語能力を獲得していても、必ずしも学習言語能力が獲得できているとは限らないという例ではないかと思います。

また、日本の学校において、外国ルーツのこどもたちに対する日本語支援プログラムは、上限2年程度を目安とするものが多く、その後、学級に戻ってしまうと授業で置いてきぼりになってしまうこともあるようです。学年が上がったり、進学したりすると文章読解や作文はより難しくなり、抽象的な表現も多く含まれるため、先生や周囲が思っているより、授業についていくのが難しいということもあるようです。

◎2世のアイデンティティ ~母国と日本の間で複雑さを抱えて~

―――【大人になってから国境を越えた親と日本で育ったこども】の親子間の課題にはどのようなものがあるでしょうか。また、それは【同じ文化・言語社会で育った親子(例えば、日本生まれ日本育ちの親子)】の課題と異なるでしょうか。

私が知っているケースでは、2世のこどもが、大学進学を希望しているときに、「親には進路相談ができない」という悩みを抱えることがありました。ご両親は日本の教育を受けたり、大学受験をしたりしたことがないので、応援はできても受験についての適切なアドバイスや、悩みの共有はできなかったのかもしれません。また、国や時代により大学進学率は大きく異なるので、出身国での最終学歴が中学校というご両親の場合は、大学進学の必要性を理解してもらえなかったという声もありました。さらに、母国の文化的・社会的なジェンダー規範が絡むと、この問題はさらに複雑化し、女の子の進学は重要ではないという親(母国の文化)の考えにより、進学に対して「壁」が立ちはだかるケースがあります。

また、親とこどもの間で、日本や社会に求めるものが異なることにより、親子間に葛藤が生まれるケースもあります。難民1世は安住できること(身の危険がないこと)で満足と考えるのに対し、2世や3世では、いわゆる日本のこどもの思春期と同じように批判的な考えを持ったり、自分たちが差別されることに不満を感じたり。1世では「仕方がない」とできることも、当然ながら受け入れることはできず、それにより親がこどもにとっての理解者でなくなってしまうことが起こり得ます。

さらに、こどもが流暢に日本語を話せるようになっても、親は働くことに精いっぱいで日本語を習得する時間がなかなかないこともあります。その場合、お互いに言葉が通じず、しつけができなくなったり、親が権威を失ったりすることが起こり得ます。

このような背景により、親子間での葛藤が大きくなると、心のよりどころとして親を頼ることができず、家を飛び出してしまうこどももいます。そうすると、学校や地域の人、ボランティアなど、親以外とつながっていないこどもたちの場合、社会で孤立してしまいやすくなります。結果的に、こどもが一人きりで、日本社会での様々なことに立ち向かわなければならなくなる、ということが起こります。親も、こどもも、どちらも悪くないのに、言語・文化・アイデンティティなど様々なところでギャップが生まれることにより、こどもにとって深刻な状況を招いてしまうこともあり得るのです。

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―――母国と日本のダブルスタンダードで生きていく移民・難民2世のこどもたちが抱えうる葛藤にはどのようなものがあるでしょうか。また、どのように日本に適応し、どのようにアイデンティティを形成していくと考えられるでしょうか。

難民2世にインタビューをする中で、日本にいても○○人(ルーツを持つ国の人)だと思われ、その国に帰ってもその国の人とは違う、という状況になってしまうということをよく聞きました。どんなに日本に長くいても「よそ者」と感じてしまうことによる葛藤は、アイデンティティ形成の過程で非常に大きなインパクトを与えるでしょう。

ある中学生の女の子のケースでは、彼女は、英語ネイティブではないけれど、英語を使おうとしていたケースがありました。たとえば、友達にちょっかいをかけるときに英語を使って話しかけたり、洋楽をわざと大音量で聴いたり…。英語を話すことで、周囲からかっこいいと思われたい、自分の国の言葉だとかっこいいと思ってもらえない、という思いがあるのかもしれないと、彼女と雑談をしているなかで気づきました。 ”日本人”にはなれないけれど、日本人に好まれる外国人になりたいというアイデンティティの表出だったのかもしれません。

アイデンティティを模索し、確立していく過程で、外国ルーツであることなどを隠さなければならない、隠したいと思わざるを得ない背景には、日本の学校や社会が、こどもの個性や違いを豊かさとして受け入れる構造にないということが、大きく影響していると考えられます。そもそも、日本人、もしくは、○○人という二者択一である必要はないのですよね。たとえば、本人たちがずっと○○人でありたいと思えば、【在日○○人】でもよいし、本人に日本人のアイデンティティがあれば【○○系日本人】でもよいのではないかと思います。
名前だってそうです。自分が一番しっくりくるあり方にしたがって、アイデンティティを選べるようになる、そういう考え方になってもよいのではないでしょうか。

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髙橋先生のお話しはとても分かりやすく、自分には見えていなかった難民2世の実情や、想像していなかった課題を教えていただけました。このような課題を前に私たちができること、個性や違いを豊かさとして受け入れる社会構造のためにすべきことは・・・先生のお話しはまだまだ続きます。次回もお楽しみに!

★LIPでは多文化社会の共創に向けて、東京大学・筑波大学との共同研究で難民・難民2世以降について取り組んでいます。

少なくとも片方の親が外国出身で、日本生まれ、または10代前半までに来日した若者(移民・難民第二世代)の大学卒業後の日本での就職には大きな障壁があります。様々な経験や能力を有するにも関わらず教育から労働市場への移行がスムーズに行われておらず、そのことを調査した実態研究も現時点では存在していません。そのため、この共同研究では、企業・当事者へのインタビューを通して移民・難民第二世代の若者の教育から労働市場への移行がなぜスムーズに行われていないのかについて明らかにすることを目指しています。

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執筆:宮本麻由(Living in Peace)

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