見出し画像

TCFDが求める気候変動「シナリオ分析」 もっと詳しく



TCFDで勧められているシナリオ分析とは


TCFDって何? 気候変動と財務リスクに関する情報開示「全解説」では、TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:気候関連財務情報開示タスクフォース」が定めているシナリオ分析と情報開示についての方法について解説しました。

気候変動が、今後どの程度私たちの生活に影響を及ぼすのかは正確にはわかりません。また、影響を及ぼしている温室効果ガス排出量がどこまで減らせるのか、気温上昇はどこまで進むのかもさだかではありません。

ですので、将来の気温上昇が企業にどのような影響を及ぼすのかを様々な気候変動シナリオを予測し、リスクと機会について分析を行い、企業戦略に組み込む必要があります。それが「シナリオ分析」です。

TCFDは、「複数のシナリオ分析に基づいて環境がどう変化するのかを予測して、自社のリスクと機会を分析してください」と企業に推奨しています。

そして、シナリオ分析にはまず、「シナリオ群の定義」が必要となります。続いてその方法について解説していきます。

シナリオ群を定義する


ここでは、環境省の「シナリオ分析の実施ステップと最新事例」を参考にシナリオを定義する方法を解説します。
シナリオ分析する対象範囲と対象年がすでに定まり、リスクと機会が特定できていることを前提にしていますので、まだの方は下記記事でそちらを確認してください。

シナリオ群の定義には、主に下記3つの作業を進めていきます。

  1. 気温上昇のケースを設定する(シナリオの選択)

  2. 外部情報からリスク・機会の影響を具体化

  3. ステークホルダーの行動なども含めた世界観を明確にする

それぞれ詳しく見ていきましょう。

1.気温上昇のケースを設定する(シナリオの選択)

まず世界 の気温がどの程度上昇するのかを、2℃以下のシナリオを含めて複数の温度帯を想定(選択)していきます。
その際によく参照される外部データは、「RCP(Representative Concentration Pathways)シナリオ」や、最近ですと「SSP(Shared Socioeconomic Pathways)シナリオ」です。

出典:環境省「IPCC 第5次評価報告書の概要」
出典:IPCC「Climate Change 2021: The Physical Science Basis」

TCFD提言に対応している企業では、下記の2つのシナリオを選択していることが多いです。

・4℃の気温上昇が起きるシナリオ
・2℃もしくは1.5℃の気温上昇が起きるシナリオ

COP26で気温上昇を1.5℃に抑える努力をしようと合意された関係で、1.5℃と記載する企業が多いですが、2℃としていても問題ありません。

その他、IEA(International Energy Agency:国際エネルギー機関)から出ているシナリオの「持続可能な開発シナリオ(Sustainable Development Scenario)」を参考にしている企業もよく見受けられます。
このような外部組織が公開しているレポートやデータを活用して、シナリオ群を定義していきましょう。

2.外部情報からリスク・機会の影響を具体化

次に、事前に洗い出しておいたリスクと機会を客観的なデータを用いて、定量的に自社への影響を具体化していきます。

例)事前に洗い出しておく定性的なリスクと機会のイメージ

出典:環境省「TCFDを活用した経営戦略立案のススメ~気候関連リスク・機会を織り込むシナリオ分析実践ガイド ver3.0 ~」 (鹿島グループの例)

ちなみに定性的にリスクと機会を洗い出すときは、競合や新規参入、取引先やサプライヤー、政府動向や規制といった複数の観点から影響を考えてみてください。PEST分析などのフレームワークを使うと分析しやすいかと思います。

この定性項目に対応するように、いくつかの組織から公開されているレポートを参照し、パラメータ情報を記載して情報精度を上げていきます。

例えば、次の表を見ていただくとイメージしやすいかと思います。

出典:環境省「TCFDを活用した経営戦略立案のススメ~気候関連リスク・機会を織り込むシナリオ分析実践ガイド ver3.0 ~」 (鹿島グループの例)

上記表では、現在と2030年でそれぞれの項目でどうなるか具体的な数値で想定がされています。

その参照先が出所に記載されており、ここではIEAから発刊されている「世界エネルギー見通し(World Energy Outlook)」などが用いられています。

3.ステークホルダーの行動なども含めた世界観を明確にする

具体的な影響を把握した後は、自社を取り巻く環境を鮮明にして世界観を描いていきます。

出典:環境省「TCFDを活用した経営戦略立案のススメ~気候関連リスク・機会を織り込むシナリオ分析実践ガイド ver3.0 ~」 (鹿島グループの例)

書き方に明確なルールはありませんので、同業界の類似した事業をしている企業のTCFDを参考にしてみるのも良いと思います。

シナリオ群の定義に使える外部情報


シナリオ群を定義するのに使えるレポートなどをご紹介しますので、作成時の参考にしてください。

移行リスクの参考資料

低炭素社会を目指す過程での情勢変化によるリスクや機会を検討するのに活用してください。ここでご紹介するのは、SSPシナリオ、IEAレポート、NGFSのパラメータ情報、PRIのIPRシナリオです。

◆IPCC(Intergovenment Panel on Climate Change:国連気候変動に関する政府間パネル)

IPCCは、気象に関する将来予測シナリオを提示しています。
シナリオ選択や移行リスク検討をする際に参考にしてください。

第5次評価報告書
温室効果ガス濃度レベルの予測でシナリオが作られたRCP(Representative Concentration Pathways)シナリオが提示されました。

第6次評価報告書
将来の社会経済の発展傾向を予測したSSP(Shared Socioeconomic Pathways)シナリオが提示されました。
SSPのデータベースはSSP Public Database Version 2.0から閲覧が可能です。

◆IEA(International Energy Agency:国際エネルギー機関)

IEAは主にエネルギーに関する問題解決を行うために、先進国を中心とした国際協力を推進する機関です。国際エネルギー情勢に関する分析や政策の提言も行っています。

World Energy Outlook(WEO)2022
IEAで発刊されている、エネルギー需要の見通しなどの見解を示したレポートです。移行リスクを検討する際に活用できます。PDFがWebサイトからダウンロード可能です。

WEO2022には、主に3つのシナリオ分析がされています。

  1. NZE(Zero Emissions by 2050 Scenario)⇒2050年CO2排出ゼロを達成

  2. APS(Announced Pledges Scenario)⇒代表国が野心的な目標を達成

  3. STEPS(Stated Policies Scenario)⇒各国が表明した具体策を反映

関連データはExcelでもダウンロード可能です。無料版と有料版が用意されています。

Energy Technology Perspectives (ETP) 2023
IEAから発表されているエネルギー技術のイノベーションなどについて見解を示したレポートです。移行リスクを検討する際には、PDFでレポートが公開されていますので活用してみて下さい。

◆NGFS(Network for Greening the Financial System:気候変動リスクに係る金融当局ネットワーク)

金融システムのグリーン化をとした機関で、114の中央銀行と金融監督者からなる国際的なプラットフォームです。

NGFS CA Climate Impact Explorer
2100年までの経済損失や、災害のハザード情報、農業の収穫量、気候に関する情報、平均気温、河川流出量などのパラメータ情報を取得できます。

NGFS Phase 3 Scenario Explorer
2100年までのGDP変化や人口数、平均気温や排出量、エネルギーや食物の価格、電力容量、炭素量やエネルギー生産量・コスト、農作物・林業の需要量と生産量、炭素税などのパラメータ情報の取得が可能です。

◆PRI(Principles for Responsible Investment:国連責任投資原則)

投資にESG(環境・社会・ガバナンス)を考慮した行動を求める機関投資家が参加するイニシアチブです。

「避けられない政策対応(Inevitable Policy Response)」の報告書で3つのシナリオを示しています。サイト内で閲覧が可能です。

  1. IPR 1.8°C Forecast Policy Scenario (FPS) ⇒2050年までに2℃以下の温暖化

  2. IPR FPS + Nature ⇒投資家向け自然・気候統合ベータ版シナリオ

  3. IPR 1.5℃ RPS Scenario ⇒ IEA NZEシナリオを基に1.5℃目標に沿った政策を求めるシナリオ

◆物理的リスクの参考資料

気候変動による直接的な影響を考慮する際の素材となるパラメータ情報です。

気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT)
気候変動による影響と適応策の参考になる情報を発信しているサイトです。日本における物理リスクを検討するには、まずこのサイトを確認していけば良いでしょう。気象観測データや気候変動予測を基にした、将来の予測データも入手可能です。

AQUEDUCT Water Risk Atlas(WRI:世界資源研究所)
世界資源研究所(WRI:World Resources Institute)が公開している世界水リスク地図です。水に関するリスク情報が確認できます。

Climate Change Knowledge Portal(World Bank:世界銀行)
世界の気温変動や降水量の変化に関する情報が閲覧できます。

アジア太平洋気候変動適応情報プラットフォーム(AP-PLAT)
国立研究開発法人 国立環境研究所 気候変動適応センターから海外に向けて、アジア太平洋地域を対象とした気候変動情報を公開しています。

まとめ


TCFD提言への対応にはシナリオ分析が重要です。そのために必要なシナリオの定義をどのように進めたらいいのかわからないという方も多かったので、さらに詳しくご紹介しました。

シナリオの作り方は各社様々ですので、他社のものを確認してみるのもおすすめです。今回ご紹介した参考資料は、各企業でよく参照されている情報先でもあります。

まずはWEOやSSP、A-PLATを確認いただくと概要をつかめると思いますので、読み進めてみてください。

この記事が参加している募集

企業のnote

with note pro