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不撓のヘラクレス(仮)

幻の国会議員と陰謀

「国会法第122条第四項の規定によりアーシー君を除名する。」
液晶テレビから流れてくる、参議院本会議の状況が流れている。
「橘さん、これは流石にまずい結果になってませんか?」
そういっている丸山の顔が不安の色が滲み出ている。
西山敦、通称アーシー。
ドバイにて2022年2月14日にYouTubeチャンネル『西山敦のアーシーch【芸能界の裏側】』を開設し、世間へ素性を公表して活動開始。今まで手厚くアテンドをしてきた芸能人達に掌返しをされた事で復讐心に火が付き、暴露系YouTuberとして活動を始め、瞬く間にチャンネル登録100万人を突破。
再生数は投稿されれば100万再生をゆうに超え、ライブ配信は1万を悠に超える視聴者を獲得し、被害を受けた芸能人は謝罪へ追い込まれる。
まるで、敵なし状態だった。ネット界のメディアの体現そのものだと思った。
メディアも芸能人も、いや全国の国民がアーシーの動向や発言、暴露内容すべてに注目していた。
その認知度に橘は目を向けた。
国民は良いように自分のことを取り繕うが、結果は人の裏を知りたいことはYoutubeの再生数が物語っていた。
アーシーは国会議員になれる。

もっと言えば、我が党の存続に大きく影響が及ぶ、私たちメディア改革を掲げているワンイシュー政党、JHK党が国政政党としての要件を満たす結果は見えていた。
現在の日本では、政治資金規正法により政治団体の届出が定められているが、同法第8条によれば、政治団体は届出前に寄附を受け、又は支出をすることができないとされている。
この届け出られた政治団体の中から一定の要件を満たすものを国政政党と呼び各種の保護の対象としている。公職選挙法・政治資金規正法・政党助成法・政党法人格付与法の各法で、多くのメリットを得られるのだ。
国政政党へなる為には「政治団体のうち、所属する国会議員(衆議院議員又は参議院議員)を5人以上有するものであるか
近い国政選挙で全国を通して2%以上の得票(選挙区・比例代表区いずれか)を得たもの」 を国政政党と定めている。JHK党は後者の要件を満たすためにアーシー氏に目を向けた。

それどころではない、我が党の進撃に向かうところ敵無しであったのは間違い無かった。
我が党が1番の目玉施策としている日本放送局、JHKのスクランブル化に反対する議員のアキレス腱の調査を行わせ、アーシーに暴露させる。
そうすれば有象無象の居眠りぐらいしか出来ない無能議員は私たちの行いに賛同するしか出来なくなる。
今は泡沫政党である、私たちが政権与党に入りこの国のメディアの膿を出し切ることが出来る。そう思った。
そして、アーシーは私のオファーを飲み、私の予想通り参議院通常選挙にて当選、史上初ドバイで当選した唯一の国会議員になった。

その副産物として我が党に国政政党の要件を満たしたのだった。
しかし、美しい成功談は長く続かないのが世の常、状況は苛烈化して行った。

明確になったのはアーシーのSNSが全てアカウント停止になったことから始まった。
Youtube、Twitter、TikTok等、幅広くSNSをしていたアーシーがインターネットから瞬く間に姿を消した。
それどころでは無い、アーシーを取り扱っていた第三者のアカウントも共に同時的にアカウント停止になったのだ。

言論統制、そのものと言っても過言ではない状況と同じだった。

不運は続く、アーシーは当初からドバイから国会に登院しないことを前提に国会議員になることを受けた。
しかし、与野党はアーシーが参院議院運営委員会理事会に提出していた海外渡航届について、10月3日召集の臨時国会でも許可しないと全会一致で決め、自進党の参議院議長が国会への出席を求める「招状」を発出、国会法の定める7日間の出席期限を過ぎたため、2月8日に議長が懲罰委員会に付託したのだ。
これにより発足した参議院懲罰委員会は国会への欠席を続けるアーシーに対し、3番目に重い懲罰である「公開議場における陳謝」を科すことを全会一致で決めた。
与野党の議員の中には即刻「除名」を求める声もあったが、事前の話し合いで、ある政党が「民意で選ばれた国会議員の首をいきなり切っていいのか」と、最も重い除名に突き進むことに慎重な立場を示したため、全会一致を優先し「除名」を回避した。

やはり、私が考えていたシナリオを危惧していた政治家たちが束になってアーシーを排除しようとする動き出しのだ。
アーシーに関しては、2番目に重い懲罰の「登院停止」は懲罰理由が「登院しないこと」である本事案においては懲罰としての意味をなさない、登院が必須となる「議場での陳謝」がアーシーに対して一番効力があることで落ち着き。翌日、参議院でJHK党を除く与野党の賛成多数で可決された。

私たちの唯一の議員だった濱田悟の論理的批判に関して、まるで大衆の意見を押し通す濁流のようなヤジが濱田を襲っていた。
本人はあまり感情を表に出さない人間であったが、それでも日夜アーシーと自身の仕事を掛け持ちしている状況でやつれていることは目に見えた変化として表れていたのは明白だった。

一週間後に開かれた「公開議場における陳謝」の懲罰が予定された参議院本会議、アーシーは欠席をした。
参議院議長は「院議に従わなかった」と怒りを表現して話していたが結果アーシーのことが気に入らない発言のように受け取れた。

その後、参議院懲罰委員会は、アーシーに対し最も重い懲罰の「除名」を
科すことを全会一致で決めた。
ちなみにこの時の参議院懲罰委員長である国会議員はあっせん収賄等の罪で起訴されて懲役2年、罰金1100万円を言い渡された国会議員がアーシーのことを批判していることについては本当に腸が煮えくり返った。

また、除名に関しては1951年に議員資格を失った国会議員が一人いたことを事前に丸山に調べさせていたが、過去に登院しないことで除名になった前例がないために高を括っていたが、まさか登院しないことを理由に除名処分に踏み込んでこられるとは思わなかった。

そして、冒頭の参議院本会議の状況だ。
本会議に出席した国会議員の3分の2以上が賛成、除名が正式に決まり、アーシーは約7カ月半で議員資格を失うことになった。現行憲法下で衆参合わせて3例目であり、異例の懲罰委員会、与野党が寄ってたかって権力を振りかざし国政選挙で一部の国民から選ばれたアーシーを排除する動きがあまりにも気味が悪すぎる。

「まさか、ここまでアーシーのことを排除する動きをするとは思わなかったな…」
神妙な面持ちの丸山に対して、余裕を装ってみせるが口の中の水分がなくなっていることがよくわかる。
「橘さん、本当にアーシーさんやJHK党を排除しようとしてますよ、今回の参議院の運営委員会はアーシーさんが除名された場合は前議員記章を交付するつもりがないことは事前に分かってます。前議員バッジすら国民から選ばれた当選者に与えないの異例中の異例ですよ?!
日本の民主主義を根幹から否定するような排除を既存政党は束になって行ってるんですよ?!」
丸山の真剣な面持ちで言い放っていたが、そんなことは重々承知の上で理解していた。

無情にも、テレビは参議院本会議の状況を流し続けている。記者なのかキャスターなのかアーシーの状況について意味不明の解説をしているが実際問題JHK党の党首である自分に取材が入っていない
それはそうだ、今の状況はまさにメディアと国会が気味の悪い空気感でアーシーという存在自体を完全に「悪」そのものに仕立て上げようとしているのは間違いない。そして、その言論弾圧という濁流をJHK党へ向けることは間違いが無かった。

「橘さん、下手するとわが党に関しても何らかの責任を取らないといけない事態に発展し兼ねない状況です。
メディアの報道もさることながら、JHK党への世間の風当たりもかなり厳しい状況になっています。」
アーシーが当選した直後からのアカウント凍結やメディアの除名騒動でアーシーが当初予定していた企画やイベントへも大打撃を与えていた。
これにより、アーシーに投票した支持者の中から不満の声が漏れだす結果を招いていた。
「下手するとJHK党は3年後の参議院通常選挙にも影響する可能性を否定できません、今までの選挙の穴を突く手法を行ったとて、JHK党自体のイメージがマイナス評価へつながっているのなら、一般票は期待できない状況になります。」
丸山の説明は現JHK党の状況を無残にも言い当てていた。
しかし、言い当てていたから何かこの状況が激変するわけでも無い
「党首自ら、何かしら記者会見を開いて謝罪と説明をするべきと党の中でも声が上がってきています。
この状況なら、メディアの宣伝効果も期待できますが、メディアの次の標的は私たちなのは間違いありません、何かしらの対策を練らないといけないと思いますが…」
丸山の姿から哀愁の念すら感じられるような負のオーラがあふれ出している。

「…丸山、一ついい案があるのだが聞いてくれるか?」
橘からの一言で丸山の希望に満ちた顔がこちらへ向く
「俺、党首の座を退くのはどうだろうか...」
丸山の顔がこちら向いて、一気に血の気が引いていくのがよく分かった。
「まって下さい!橘さん?!別段そこまで犠牲を払う必要は無いと思います!今回の件で党としてのイメージがダウンしたことは間違いないですけど、それによって党首の座を退くのは支持者の気持ちが…」
丸山の発言を右手で制止し、橘が話し出す。
「今回の一件に関しては、誰かが犠牲にならないとメディアからの党への報道は止まることは出来ないだろう?私が党首の座に居座っていたらメディアはこぞってアーシーを選任した引責追及を報道するだろう。
除名が今回決定したことをきっかけに私が辞任すればそれ以上の追及はされないだろう」
橘が話し終えたのち、言われた言葉を咀嚼するように丸山は下を俯き、顎に手を添えて吟味する。
丸山はいつもこのように何かしら考えるとこのような顎に手を添える癖がでる。
「・・・、なるほど、どの道メディアからの批判は受けて責任追及の手を防ぐことが出来ないのなら、党首を自ら辞任すればそれ以上の批判や責任追及は来ないってことですね…それもメディアが追及するより事前に辞任してしまえば世論を誘導させることも難しいと…」
丸山が神妙な面持ちで話しを咀嚼している。
「しかし、橘さん。たとえ党首の座を退いても、今後のメディアの追及の手は留まらない可能性があります。その時の対策はお考えなんですか?」

たしかに、丸山の意見に関しては的を得ていた。
引責を取る体裁を整えても、メディアの追及の手がや止まる。というのは余りにも自分都合の意見でしかない。
しかし、今回の問題を私が退く以外の責任の取り方以外で、どのような追及の回避があるだろうか…。

「JHK党自体のブランドイメージの低下が問題ですからね、メディアが党首の座を追われたという体裁を取り繕っても、ある程度の党へのダメージは覚悟しないといけないと思います。下手すると統一地方選挙へ出馬する立候補者へのマイナスの波及も考えられます。」
統一地方選挙とは、臨時特例法に基づき、地方公共団体における選挙日程を全国的に統一して実施される、政党にとっては重要な目玉の選挙である。
この統一地方選で、地方議員を多く獲得することが、次回の衆議院選、参議院選に多大な影響を与える。
政権与党政党は47都道府県で連合組織を立てていることからも分かると思うが、地方議員はある種、政党の中では地域住民と密接な関係性により、国会議員を輩出するための票を獲得することができる歩兵であることは間違いないし、地元の有力な議員になれば歩兵は金将へ成り代わり、その影響は計り知れないのは間違いなかった。
そして、アーシーの件を受け3月に控えている統一地方選への影響を丸山は言っているのだ。

党へのブランドイメージ、アーシーの影響、統一地方選と国政選挙への残された準備期間のリミットは2年しかない…。
(リミットの..2年……っ!!!!)
橘は丸山へ驚きの顔を向ける。
「だ…大丈夫ですか?橘さん?」
体調を気に掛けるように、腰を低くしながら丸山が自分の顔を覗き込む。
「丸山....…この党を大改革する」
その言葉に丸山は橘がこのすべての状況を大逆転をする秘策を思いついたのだと希望のこもった目をこちらへ向ける。
橘はハッキリと丸山の希望へ満ちた視線に答えるように自信をもって言い放つ。
「この党を捨てる!!!」

丸山の表情が血の気が引き、土気色になっていった。




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