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【映画鑑賞】『あんのこと』観ました。

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早くも夏バテ初期段階の、黒木りりあです。



映画『あんのこと』とは?

映画『あんのこと』は、2020年に日本で起きた実際の事件をベースに製作された作品です。2020年に朝日新聞に掲載された記事をインスピレーションとして、映像化されました。

本作のメガホンを取っているのは映画『22年目の告白 -私が殺人犯です-』や『AI崩壊』などといった話題作で監督を務めてきた、入江悠。主人公のモデルとなった人物について自ら取材を重ね、本作の脚本も手掛けています。

主人公の香川杏を演じるのは、テレビドラマ『不適切にもほどがある』で一躍話題となった俳優の河合優実さん。杏の壮絶な日々を丁寧に演じています。
杏を更正させようと奮闘する刑事・多々羅保役を佐藤二朗さん、そしてその二人を取材するジャーナリスト・桐野達樹役を稲垣吾郎さんが演じています。

映画『あんのこと』あらすじ

21歳の香川杏は、覚せい剤使用容疑で取り調べを受けることになった。杏の取り調べを担当したのは、多々羅保というベテラン刑事だ。取り調べ中にヨガを始めるなど、一風変わった多々羅に戸惑う杏だったが、見返りを求めずに世話を焼いてくれる彼に、少しずつ心を開いていく。
杏は幼いころから母親に暴力を振るわれており、小学4年生から不登校になり、母親の紹介で12歳から体を売って生活していた。母親と、足の悪い祖母との三人暮らしで、自ら稼いだなけなしの金すらも母親に搾取されていく日々だった。
ある日、多々羅に連れられて行った薬物構成者の自助グループで、杏はジャーナリストの桐野達樹と出会う。桐野はどうやら多々羅に関するネタを追っていたようだったが、それに気づかない多々羅は彼を信用しており、杏も彼を信頼するようになっていった。桐野のつてで就職先をみつけた杏は、真面目に仕事をこなしていった。夜間学校にも通い始め、長い間止まっていた勉強も再開した。母親に暴力を振るわれることのない、住居も確保した。杏の新しい生活は着実に安定していった。
しかし、新型コロナウイルスの流行と共に、ようやく杏が手にした日常が、崩れていくことになる。

目を逸らしてはいけない作品

本作が実話をベースにしていること、そして重い題材を扱っているという前情報を持って、鑑賞しに行きました。実際に映画を見て、一瞬たりとも目を逸らしてはいけない作品だな、と心から感じました。
ヒロインの杏が置かれた環境は、私にとってはにわかには信じがたいものでした。小学4年生で小学校を中退してしまったため、漢字もほとんど読めないし、計算もほとんどできない。生きていくために必要な知識が、根こそぎ奪われてしまっているような、無防備な状態。家はゴミ溜めのような状態で、母親から散々に暴力を振るわれている。足の悪い高齢の祖母もいる。杏自身は母親からの暴力に耐えながら、薬物にも手を出しているし、自殺未遂も重ねている。そんな状況でどうやって生きてきたのだろう、と漠然とした疑問を抱えつつ、これだけの壮絶な環境を必死に生き抜いてきた命なんだな、と感じながら映画を見進めていました。
日本には様々な支援制度がありますが、それに杏があまり当てはまらないことにも驚きましたが、杏がここまで成長する前に手を差し伸べる大人はいなかったのはなぜか、という疑問もわきました。きっと、彼女を救おうとした大人はいたのかもしれないけれども、下心があったりだとか、杏の心を開くことができなかったりだとかでうまくいかなかったのかな、と想像していますが、それでも、彼女ときちんと向き合ってくれる大人との出会いが乏しかったことが何よりも悔やまれました。

語らないことの大切さ

作品を見ながら感じた疑問の一つは、あんの母親と祖母は、これまでどういう人生を送ってきて、どういう思いで杏と共に過ごしてきたのだろうか、ということでした。しかし、映画ではほとんどその答えを得ることはできません。けれども、それがこの映画としては正解なんだろうとも思いました。
あんの母親があんを「ママ」と呼ぶところから、子供がえりしているように感じたり、杏は「母の暴力から救ってくれたから」と言って慕っている祖母にも違和感を抱いたり、そもそも杏の父や祖父はどこにいるのか、と疑問に思ったりと、杏の家族に対してモヤっとした部分はかなり残ります。けれども、この映画のタイトル通り、この作品は「杏」について描かれているもので、その家族に必要以上に深入りしない方が良いのかな、と最終的には感じました。きっと、杏の母にも祖母にも事情はあるのでしょう。もしかしたら、彼女たちの物語も壮絶な悲劇なのかもしれません。けれども、その事情を聴いて彼女たちに同情することは、この作品の本意ではないのではないか、と思ったからです。
どんな理由や事情があっても、家族、ましてや子供に暴力をふるったり売春を強要したり、教育を受けさせなかったりするのは、許されることではありません。そんな彼女たちの罪を心に刻むためには、彼女たちの物語をむしろ知ってはいけない、と感じました。

罪、というと、私は多々羅の罪も非常に重いと思います。本当に、重いと思います。杏の母や祖母以上に、私は多々羅の罪を許すことができないと感じました。自分の罪を理解しきれていない彼の言動に、失望を通り越してただただ大きな怒りを感じました。桐野に罪悪感を植え付けようとした言動も、卑劣としか言いようがありません。多々羅は自分の罪に対して、報いを受けることになるのでしょうが、それは当たり前だと感じました。

映画を見終えても、しばらく杏のことが頭を離れないぐらい、『あんのこと』は個人的に余韻の長い作品でした。私は幸運なことに、杏よりも恵まれた環境にいて、彼女との環境的な共通点はあまりないかもしれないのですが、積み重ねてきたものが崩れてしまった時の、糸が切れるような感覚には、覚えがあります。だからこそ、胸がギュッと締め付けられました。河合優実さんの素晴らしく、いじらしい演技で、より一層そう感じたのかもしれません。
杏のような存在を救うには、杏のような存在を増やさないためには、いったいどうすればよいのだろう、とずっと考えています。まずは知ること、関心を持つことが大切なのは前提として、日本に生きる一人の大人として、色々と考えなければならないな、と感じさせられました。

『あんのこと』は2024年6月7日より、日本全国の映画館で公開中です。上映されている映画館が多くはないので、事前に調べていくことをお勧めします。
今、そしてこれからの日本を生きる人々に、是非触れていただきたい作品です。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
また機会がありましたら、他の記事にも足を運んでいただければ幸いです。


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