『敵は、本能寺にあり!』 第十話『怯者の裏切り』

 ―1570年―
 将軍 義昭の亡命を手助けしたにもかかわらず、己の緩慢により見限られてしまった越前えちぜん(福井北部)朝倉家は、着々と名を揚げる信長に焦っていた。
そして隣国 若狭わかさ(福井南部)属国化を狙い、若狭大名 元明もとあきを拉致。傀儡かいらいとして間接支配を遂げる――。

 だが、元明は“将軍の甥”……。幽閉された過去が重なる義昭は、甥の境遇を不憫に思い、又も信長を頼るのだった。

 結局、元明救出を引き受けてしまう信長に、家臣 可成よしなりは不安に駆られ進言。
「信長様、越前へ救出に向かえば、北近江きたおうみ 浅井と交わした“朝倉への不戦の約束”を破る事になりますぞ」
緊迫感漂う可成よしなりに対し、信長は余裕の表情で答える。

長政ながまさは承知しておるゆえ、大事無い。無論、援軍に駆け付けると申しておった」

 妹 お市の夫 浅井 長政と信長は義兄弟の間柄。
これにて家臣は皆、浅井家の理解に安堵の色を滲ませるのであった。

 ◇

 “将軍の甥”奪還の大義名分を掲げ、信長は直ちに兵を挙げる。
数日で越前 敦賀つるがの攻略を果たし、元明が幽閉される越前 一乗谷いちじょうだにへ侵攻。
田植えを終えたばかりの早苗田さなえだ水面みなもに、陽の光が眩しく照り返し、颯爽と駆け抜ける勇姿を映す。
万事うまく行く、かのように思えた――。

「浅井の援軍が来ませんね」

 三河みかわから(愛知東部)駆け付けた家康は、越前・若狭に面する北近江の浅井軍が、何故自身より遅いのかと不審がる。
太陽が地平線に沈む頃、家臣の間にも動揺が広がり始め、普段は前向きに人を励ます家康も、一言漏らしたきり口をつぐんだ。

 沈黙し思案する信長の元へ、光秀が書状を持ち現れる。
「お市様付の間者かんじゃより(スパイ)預かり受けました」

 ――!?
信長はさっと受け取ると、落ち着きなく書状を開く。

「……! 浅井が離反――、長政が父の反対に屈したと……。そんな。よもや信じられぬ……」

 書状を持つ手を震わせながら、力無く呟いたきり絶句する信長を見かねた光秀が、「裏の印をご覧下さい」と促す。

「――!! この揚羽蝶紋は……」

 光秀は信長と目を合わせ頷くと、抑えのきいた声音で申し出た。
「このままでは挟み撃ちに遭います。未熟者ではございますが私奴わたくしめが、殿軍でんぐん(最後衛)大将を務めさせて頂きたく存じます」

 すると光秀に敵対心を持つ秀吉も、負けじと名乗りを上げる。
「否――、新参者かつ両属の光秀殿では心許ない。此の秀吉も、立派に殿しんがりの役目を果たす所存にございます!」

 殿軍でんぐんの大役を光秀・秀吉が引き受けると、信長は厚い信頼を置く可成よしなりを筆頭に、わずか十名余りを援護に付け、命辛々いのちからがら岐阜城へと逃げおおせるのであった……。

 ◇

 滅亡の危機に瀕したいくさに於いて、見事な活躍を見せた光秀・秀吉・可成よしなりは、信長より賛辞を贈られる。
その一方で、勝家をはじめ佐久間さくま丹羽にわ譜代ふだい家臣の烈々たる嫉妬が、“新入り”光秀と“人たらし”秀吉に向かった。

「流石は源の血が流るる武将 可成よしなり! 此度こたびのお主の働き、誠に大儀であった。京と湖南こなんの街道を守る為、大津に宇佐山うさやま城を築城し、その城主を可成よしなりに任せようぞ! 槍の名手と誉高きお主なら必ずや、大きな戦力となってくれるはずじゃ」

「恐悦至極にござりまする。譜代ふだい外様とざま問わず(代々・中途)、家臣を大切に想って下さる信長様には、深く痛み入ります。此の可成よしなり、信長様が天下人となられる日まで尽力する所存。謹んで城主の大役をお受け致します」

 戦上手且つ政務にも長けている可成よしなりへの評価は高く、見返りを求めない彼の、心からの優しさに皆救われている。
慈悲深く親切で誰からも愛される可成よしなりの城主就任に、不満を口にする者は一人も居なかった。

 しかし幾ら大津の守りを固めようと、義弟 長政の裏切りにより“関ケ原と湖東ことうを繋ぐ道”は、最早“敵地”。
美濃みのと京を断絶された信長は、命の恩人である妹が嫁いだ家への反撃を余儀なくされるのであった――。



“本能寺の変”には『黒幕』がいた――。
この作品は史実を基にしたフィクションであり、作者の妄想が多分に含まれます。何卒ご容赦頂けますと幸いです。

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