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#ゾンビと僧 13

老人にゾンビは難しいと言い出した。ゾンビは力学が必要で、この場合の力学とは実際に土中から這い出るパワーである。このエネルギーさえあれば、あとは地上にでてさまよいさえすればいいのだが、棺桶ごと埋められて、そこから出てくるには相応の筋力が必要になるだろう。はたして老人にこの作業ができるだろうか。私は試してみればいいと提案した。仲間にはダンボールか何かに入ってもらって、人一体が入れるほどの穴を掘って上から土をかける。で、仲間がそこから出てくればクリアだし、無理そうだったらこの話は残念だが無しってことにしよう。僧はそれでいいと言った。あとで場所と時間と連絡するから、さっそく試してみよう。
 
私たち一行は僧の車に乗って、1時間くらい走ってとある山の中腹にいた。僧は到着するなりせっせと穴を掘り始めたので、私と仲間はスーパーでもらったダンボールを切り貼りして、即席の棺桶をつくった。久しぶりに身体を動かしたので、生の実感のようなものを感じはしたが、私たちは今死に向っているのだ。仲間は自分がゾンビにされることを行きの車中で知らされた。それはちゃんと成仏しているのかと彼は心配していたが、僧は大丈夫です、私が責任をもって成仏させますと言ったので彼は安心した。成仏した死体がはたしてゾンビになりうるのか私は疑問を感じはしたが、私を含めてここにいる3人が誰ひとりとしてまともではないから、疑問はそのままに放置して、私は状況を進展させることに集中する。
穴ができた。棺桶もできた。では埋まってもらおう。仲間がするすると穴に降りていって、棺桶に入った。準備できたと声がしたので、私たち2人は上からせっせと土をかけた。5分たっても出て来そうにないので、心配してラインすると、まだ死ねないと返事がきた。今日はテストだから死んじゃいけないと返して、棺桶を破って自力で出てきて欲しいと伝えると、無理だと返事がきた。やはり土が重いらしい。僧はだから無理だと言ったのにとぶつくさ呟いて、仕方ない土を掘り返すのも面倒だから、このまま放っていきましょうか、と言った。罪になりますよ。あなた僧なのにそんなことしていいのですか? もっと後悔してみたい。僧は気味悪くニヤッと笑って言った。私にはあなたのような人生の厚みというものが無いのです。だから今日こうしてせっかくいい機会に直面したわけだから、これを活かさない手はない。私は罪を犯して、人間の幅を大きくしたいのです。いや罪で人間が大きくなるわけがないのですが、無いよりはましですよ。今の世の中はまったく人間には過度に数学的にシステマティックで、我々が本来持っていた怠惰な自由を許容してくれない。怠けたり、陰で悪口を言ったり、暴力的な発露もすべてが監視のもとで管理されていて、これを犯すと大衆の正義によって完全に100パーセント裁かれてしまいます。だからちょっとした悪事を働くこともできない。私はどうにも鈍感だから気づくのに時間がかかってしまいましたが、私のフラストレイションの根幹は、この犯罪に対して潔癖で耐性の無い社会への不満なのです。
 
 
 
僧の日記
 
今日はいい経験をした。やはり先生は大した人物だ。私のやることにいいも悪いも言わない。観察するだけだ。人は人を裁くことができない。私は仏に使える者。仏の下ではすべては平等に正しく生きるべきである。


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