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【エンタメ小説】東海道五拾三次OLスキー珍道中 第10話 小田原

小田原

 お猿のかごやのおかげで、無事に小田原宿まで着くことができた。
 しかも予定よりも余裕がある。
「ありがとう」
「助かったわ」

 ミケタマがお礼を言うと、お猿のかごやは、ぺこりと頭を下げて、いずこへともなく去っていった。
「紳士的なかごやで良かったわ」
「惚れちゃうわね」
 籠の中で飲んだ熱燗のおかげで、心も体もポカポカ、上機嫌だ。

 時間のある二人は、しばし小田原観光を楽しむ。
 小田原は、かまぼこで有名。
 観光客で賑わう通りを、食べ歩きしながら練り歩いていく。
「練り物だけに?」とミケコ。
「いやん、ギャグがオヤジだわ」とタマコ。
 これは失礼しました。
 存分に小田原を堪能したあと、本日の宿となる、小田原城にチェックインした。

「きゃー!すごーい!超興奮!」
 歴史マニアのミケコは、興奮が止まらない。
 城の敷地に入るやいなや、パシャパシャと写真を撮りまくる。
 ここが難攻不落と謳われた小田原城。

 日本100名城にも数えられる、戦国大名・北条早雲の居城だ。
 天守閣の一番上からは、小田原の街並みがきれいに見渡せた。
「サイコーだわ。北条早雲になった気分よ」

 ひと通りお城の内部を見学したあと、しばらく二人は泊まる部屋でくつろいだ。
 食事の前に、大浴場にて、旅の疲れを洗い流す。
 その後、浴衣に着替えて食事会場へ。

 すると、そこで思わぬ出会いが待っていた。
「あら」
「あら」
 軽く驚くミケタマの二人。
 一方、相手の男は、軽く微笑んだ。

「おや、ミケコさんにタマコさんではないですか」
 と言う声の主は、ご存知、弥次喜多一茶である。
 秘書の歌井鱒之助も、少し下がった位置で軽く会釈した。
 もちろん、ミケタマも彼らの顔を知っている。

 予定では、小田原城に入る前に、ミケタマといい仲になっていたはずであったので、一茶たちも小田原城のスイートルームに今夜の宿を取っていたのだ。
「一茶さんに鱒之助さん」
「どうされたんです、こんなところで?」
 一茶は弥次喜多グループの社長の息子だけに、ミケタマの二人も少し気を使う。

「ちょっと仕事で出張なのですよ。お二人は、休暇中ですか」
「え、ええ」
「冬休みを取っておりまして」
「そうですか。それは大いに楽しんでください。僕も社員の方には、休むときには存分に羽を伸ばして、英気を養っていただきたいと思っているのです」
 と、一茶は度量の大きなところを見せようとした。

 だが、彼がここにいる本来の目的を知られようものなら、計画は水の泡である。
「そうだ、お二人もこれから食事ではないですか?良かったらご一緒しませんか」
 休暇中に上司と食事という、ミケタマの二人にとっては、いい迷惑だが、そこは雇われの身の悲しさ、断ることはできなかった。

 嫌な緊張を感じつつ、同席する。
 だが、一茶が二人の食事をグレードアップして、シャンパンまでご馳走してくれたので、多少緊張が和らいだ。
「お二人は、小田原城に泊まるのは初めてですか?」
「はい」と、二人は答える。

「弥次喜多グループとしても、この城の改装には力を入れたんです。実際、来てみていかがですか」
「もう、サイコーです。気分は完全に戦国大名です」と、ミケコが答えた。
「はは、それは良かったです。タマコさんは?」
「きれいなお部屋でくつろげそうです」

「それは結構です。ただ、実はね、ここだけの話なのですが……」と、一茶は急に声をひそめた。「お二人は、ここに来るまでに、何かおかしなことを感じませんでしたか?」
 思わず顔を見合わせる二人。
「そうなんです、実は私たち、おかしなことだらけなんです」
「お化け屋敷で、首なし男に襲われそうになったんです」
「他にも、薩摩藩士が襲ってきたり」
「さっきは、すごい猛吹雪で」

 それを、うんうん、やっぱりそうかと聞いているフリをする一茶。
「実は…」と、彼が言いかけたのを、ミケコが遮った。
「私たち、システムにバグが起きているんじゃないかと思っているんです」
「うん、バグ?」
「あー!それで一茶さんがここにいるんですか?バグを治すために?」
 と、一茶にとって意外な展開になったが、ここはミケタマに乗っかることに。

「そ、そうなんですよ。実はそういうことなんです、お二人さん。それで僕が自ら出張することになったんです。バグを治すために」
 だが、
「あれ?だったら、システムの人が来るんじゃないんですか?」と、冷静なタマコが矛盾点を指摘した。

「あ、いや、それは……」と、慌てる一茶だったが、とっさに適当な出まかせを思いついた。
「実はね、ただのバグではないんです。これは極秘事項なんですけど、僕のところに届いている情報によると、どうやらこれは我が弥次喜多グループのライバル企業・十返舎開発の仕業らしいのです」
「えー、十返舎開発!?」
「って、あの、東海道をゴルフカントリーにしようとしていた?」
 と、思いもよらなかった名前が出て、ミケタマは驚いた。

 ちなみに、隣の鱒之助にとっても寝耳に水であったが、優秀な秘書の彼はそんなことおくびにも出さない。
「その通りなのです。どうやらその十返舎開発が、いろんなバグを仕掛けて、我が社の評判を貶めようと画策しているらしのです」
「えー、そうだったんですか」と、タマコ。

「これを見てください」
 と、一茶は懐から十字手裏剣を取り出して、二人に見せた。
「これは僕が川崎の現場で拾ったものです。どうやら十返舎開発は忍びの者を使って、我が社のシステムに打撃を与えようとしているらしいのです」
「そうだったのね。あ、忍びと言えば」
 と、歴史マニアのミケコはあることに気づいた。

「忍びと言えば、小田原・風魔忍者!」
 風魔忍者とは、戦国時代に小田原城を居城とした、北条氏に仕えた忍者の一族である。
 あの戦国最強を誇った甲斐の武田の群勢も、ほとほと手を焼いたという、忍者の精鋭集団だ。

「その風魔忍者が、各地でいろいろとバグを仕掛けているようなのです」
「なんていうことなの!?」と、驚くミケコ。
「でも大丈夫です、ご安心ください。この僕が来たからには、決して悪いものをお二人に近づけるようなことはしません」
 自分のことを棚に上げて、一茶は内心ほくそ笑んだ。

 偶然であるが、これで二人を守るという名目で、堂々とミケタマに接近することができる。
 あとはこの先の道中、部下のスタッフに命じて、適当にトラブルを起こせばいいだけだ。
 だが、ミケコの反応は、一茶が期待したものとは違っていた。

「そんな、そんな……。風魔忍者が私たちの旅路を妨害して来るだなんて…」
 ワナワナと震えるミケコ。
「大丈夫ですよ、ミケコ君。この僕がついていますから!」と、図々しくミケコの手を取ろうとした一茶であったが。

「なんて面白いのかしら!」
「え?」
「ねえ、タマ。聞いた?風魔忍者に会えるかもしれないのよ!?」
 歴史マニアのミケコにとっては、願ってもないことであった。
「ゾクゾクしちゃう。この城にもいるのかしら?もしかして今も私たちを見張ってる?」
 と、ミケコは天井を見回した。

「い、いや、この城は我が弥次喜多グループが完全に管理していますから、ネズミ一匹入ることはできません。だから、安心してください!」
 一茶は思わぬ展開に当惑した。
「こうしちゃいられないわ。ねえ、タマ。今夜はもう早く寝ましょう。明日が楽しみだわ。こちらから風魔忍者を見つけてやりましょうよ」
 と、ミケコは残ったシャンパンの瓶を全部抱えると、部屋に戻るべく席を立った。

「あ、一茶さん、今夜はご馳走様でした」
 タマコも相方と一緒に、部屋に戻る。
「え、ええ、楽しい旅を」
 後に寂しく取り残される、一茶と鱒之助なのであった。

 部屋に戻って。
「あ〜、楽しみだわ。今夜は興奮して早く寝られそう」
 ミケコはワクワクして布団に入った。
「どーゆう神経してるのよ」

 一方、タマコは、あることが気にかかっていた。
(戸塚の宿で見られている感じがしたのは、なんだったのかしら?)
 しかし、旅の疲れと、おいしい料理とお酒の力もあいまって、間もなく二人ともスヤスヤと眠りに落ちたのであった。

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