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それゆけ李白マン~中国街歩き詩選~ 第64回 超甘美! ライチドリンク吸飲記
(41)いま県華林(シエンホワリン)は、キレイな石畳の両側に改装された洋館が整然と並んでいる。一部はまだ改造中で、背の高いクレーンとたくさんの作業員を動員して大工事がおこなわれていた。すでに改装相成った灰色やレンガ色の各建屋には、ギャラリー、洋食屋、カフェ、どら焼き屋、中華スイーツ店、土産物屋といった店が開業。こんな観光客向けの商売、はたして交通の便が良いとはいえないのに成り立つのかな。あっ、そうか。今度此処(ここ)にも地下鉄が通るんだっけ。曖昧な記憶をたどるも答えを得ず、青空のもと検索せんと平板電脳(タブレットパソコン)に手をかけるが、喉の渇きにたまらず近くの台湾系ドリンク店に入る。
(42)WOW!TEA小気茶(シアオチーチャー)という、テイクアウト専門店である(江蘇省南京発の連鎖=チェーン店らしい)。店内は白とベージュを基調とした、簡素ながらオシャレな内装である。無表情の少女のイラストが、店のロゴになっている。若者がたむろしていたら入りづらい店構えだが、幸いなことに客がいない。カウンターでは、ベリーショートの女の子が一人で切り盛りしていた。商品は50種類以上もあって、しかもネーミングがみな凝(こ)っている(そして今さらだけど漢字ばかりでイライラする)。そこで、ぼくは表に出ていた写真付きの看板商品、妃子笑芝芝(フェイズシアオジージー)18元(270円)を指差してオーダーした。見た目はザクロみたいな赤紫のドリンクで、上層部はビールの泡みたいに白濁している。この妃子笑(フェイズシアオ)とは茘枝(ライチ)の品種で、むかし楊貴妃がこれを食して微笑んだというところからその名が付いている。芝(ジー)は芝士(チーズ)のことで、他にも芒果(マンゴー)、桃、籃苺(ブルーベリー)の各ドリンクと組み合わせた芝芝(ジージー)シリーズが展開されている。ワンオペのその子が鮮やかな手さばきで各素材を準備し、ジューサーを回して、ハイ出来上がり。ドリンクはわりと硬質な透明容器で提供された。店先の日陰のベンチに腰を下ろし、さっそく吸管(ストロー)で吸い込むと、先(ま)ずは甘ったるい氷結茘枝汁(ライチジュース)が口内を満たし、喉まわりをガツンと冷却する。すぐさまぼくは回復した。そして暫(しばら)くチューチューやってると、しだいに芝士の塩味が利きはじめ、今度はクリーミーな口当たりに転じた。旅人の身体が欲する甘味、涼味、塩味がきっちりと詰め込まれている。勝手が分かってきたぼくは吸管(ストロー)を上げ下げして希望の味をさぐりながら、休みなく吸いつづけた。なるほど、これは味の変調する斬新なシェイクである。ところで小気茶の網站(ウェブサイト)を見ると、歴代のトレンドを汲(く)み取って茶飲新時代を開く、みたいなコンセプチュアルな言葉がやたらと踊っている。彼曰(いわ)く、「1.0奶茶(ミルクティー)、2.0珍珠奶茶(タピオカミルクティー)、3.0港(ホンコン)式奶茶、4.0新中式奶茶、5.0果飲茶(フルーツティー)、6.0小気茶(シアオチーチャー)」であると。それにしても、Web2.0どころではない。あれこれスッ飛ばして6.0だと自称してしまうところ、言葉の意味はよく分からんが、とにかくすごい自信である(概念ばかりで具体的な説明が省かれているところは、ご愛嬌と受け取るべきか、それとも考えるな、ハートで感じろということか)。いや、そうは言っても、過去のトレンドを明快に分析・整理して新コンセプトを提示するこの豪胆さ、うまく利用すれば意外と説得力ある表現手法かも知れぬ。
(43)さて、お手ごろ価格なのに異様な満足度のこの妃子笑芝芝、最後は酸味を加えたバニラシェイクといった味わいになって、ぼくは呆(ほう)けた幼帝の心持ちでこれを飲み干した。ぼくは翼をさずかった。酷暑の日本でも飲みたい、と強烈に思った。併し、こういうのは食べ歩き飲み歩きが日常シーンとされる、中国・台湾市場でこそ受け入れられる商品なのかもしれない。たぶん、どの世代にもウケる飲み物だとは思う。だけど、暑い盛りに涼しい店内に逃げ込んで、一定時間スマホやパソコンを使うといったリアルなシチュエーションを想定すると、逆に手を伸ばしにくい品である。かくいうぼくも、普段は自販機や便利店(コンビニ)を多用し、また国内の珈琲連鎖(チェーン)店では思考停止的にアイスコーヒーばかり飲んでいる。そんな習慣に照らすと、やっぱり中華系デザートドリンクを飲むシーンはあまり見つからない。最近は東京でも珍珠奶茶の店が乱立するが、有名店以外はさほどウケていないように感じるのも、味覚・嗜好とともに日ごろの活動シーンや消費者意識の違いというのが影響しているように思う。なんてシロウト語りをつづけて恐縮だが、逆にいえば流行と片づけるにはもったいないくらい、こちらではドリンク市場が充実・成熟している。その確かな浸透ぶりは、自分なりの高評価を添えて正しく報告しておきたいと思う。お茶も水果(くだもの)も乳製品も漢方も、兎に角いいとこ取りをして「実験的に」新味を生み出している。それが意外にも一見の日本人の心をとらえ、彼をしてひとしきりハシャがせたりもする、というわけだ。そう考えて周囲を見渡すと、いよいよ中国の街じたいが気宇壮大な実験場に思えてくるのだ。
茘枝(ライチ)の一種 妃子笑(フェイズシアオ)
芝士(チーズ)を注げば 啤酒鶏尾酒(ビアカクテル)の看
午後歩き回り 喉(のど)はカラカラ
飲み来たれば 寒き真珠の如(ごと)し
*原詩「甘瓜」 甘瓜別種碧団圝 錯作花門小笠看 午夢初回微渇後 嚼来真似水晶寒
清代の紀昀(きいん、1724─1805)の作。彼は『四庫全書』の編纂統括者として知られるが、罪を得てウルムチに流されたことがあり、その期間に現地の風物を詠んだことでも有名である。さらに白居易の詞「種茘枝」に「紅顆珍珠誠可愛」とした句があったので、これを借りて水晶から改めた。
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