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それゆけ李白マン~中国街歩き詩選~ 第72回 武漢の人気書店で買ったもの

(66)この素敵な本屋で、結局ぼくは芥川龍之介『江南游記』(39元)と中島敦『山月記』(45元)をジャケ買いしてしまった。どちらも上製本で分厚いのに、装丁の誘惑に敗北した(帰国したら手持ちの文庫本と読み合わせしよう)。それからレジで『中国国家地理』誌のなんと湖北省特集号を発見し、むろん追加購入(上下冊・各30元)。タイムリーな出会いに即買いを決める。これがまた、山河・美食・租界・古代青銅器・戦史・都市発展・人材開発・先端産業・長江江豚と「湖北省百科」的な内容で、写真と図版が全ページにこれでもかと添えられている。中国科学院主管ということで、内容にややお手盛り感はあるが、紙の雑誌としては出来過ぎである。全350頁、しかも安い。細かい指摘をしておくと、たとえば武漢の市街地面積や大学数・学生数を取り上げる場面では、中国だけでなく平気で海外の都市を引き合いに出して比べている(記事によると、2017年の武漢の学部生・院生は合計120万人で世界一だという)。優位性を誇示するためとはいえ、そこには、国家から地方への視点と、国家(または地方)から世界への視点、の両方が埋め込まれているように見える。一雑誌の編集手法から敷衍(ふえん)するのは無理があるかも知れないが、こんなところにも国と人民が共有する、中国らしい現状理解の枠組みと成長方向性がうかがえる(迷いなくグローバル覇権をめざすという)。読者をして、欧米・日本何するものぞと勉強にビジネスに奮い立たせる、竹を割ったような上昇志向がダダ漏れなのだ。しかしまた、かように自信みなぎる誌面に仕上がるのも、今世紀やっと欧米・日本に伍する発展を遂げて「画(え)になる風景」が生まれたからに他ならない(この雑誌には、学校や工場を視察・激励する、お決まりの共産党指導者の写真が一切ない)。国はますます各界の成功事例やストロングポイントを挙げて、若者に上昇を促すだろう。でも、これから世に出てくる若き中国人たちが、型通りマッチョな成長志向にノってくるのか、それはちょっと気になるところだ(ぼくの印象だと、日本人と同様に物静かな若者が増えてきたので)。さて、買い物を終えたぼくは、店の壁に掛かったオリジナル・トートバッグ、魚のイラストの可愛いやつに見送られ、20時45分に書店を出た。発見の多い30分だった。

(67)街灯がまばゆい荘厳な洋館街を後にして、ぼくは本で膨れた鞄をぶら下げながら、少し遠回りして宿までの夜道を歩いた。途中、夕方に覗いた江漢村みたいな趣(おもむき)ある路地が、うらびれた区画のなかに口を開けていた。なんでもない路地であるが、しかしその道沿いには幾つかの卓子(テーブル)が出ていて、若者がわいのわいの美味(うま)そうに夕飯をとっていた。暗がりに立って、シャシャーッと強火で何かを調理している者もいる。闇中(やみなか)の調理人、そして闇中の食事客。どんな都市でも、夜道で思いがけず出会う、中国らしい風景である。路地の名を洞庭村(ドンティンツン)という。ここも南北に細長い集合住宅なのだが、今後は江漢村のようにオシャレな店が生まれるかもしれない。

  浮かれて 武漢の客と作(な)り
  酔うて 武漢の夜を歩く
  街衢(がいく)は上海のごとく
  風致(ふうち)は杭州に似たり
  *原詩「秋浦歌・其六」 愁作秋浦客 強看秋浦花 山川如剡縣 風日似長沙

李白の詩。ざっくりとした武漢の印象を写す。ここまで二日間の散歩で、かなりお気に入りの街になりつつある。明日も、ぼくが感じたこの街の特徴と味わいを、どうにか再現してお伝えしていきたいと思う。

(68)ホテルに着くと、歩数計は3万4293歩を示していた。連日の強行軍で内股がヒリリと痛む。ぼくは多少重くなってきた荷物を改めて整理・整頓し、それから各種機器の電池を小米(シアオミー)製の大容量充電器で満たしつつ、いよいよ最終日となる翌日の旅程を確認した。朝から漢口の租界建築めぐり、そして武昌に渡って武漢大学に潜入、のち古本屋探訪、あいだに昼飯をとってから、道教の廟である長春観をひやかして武漢を離れる。夕刻に到着する上海では、最後の食事をとってからショッピングモールで時間をつぶし、浦東(プードン)空港から帰国する。準備にぬかりはないが、明日も酷暑が予想される。あまり無理せず散策しよう。

レジ横で売られていたのは栞とキャラクターフィギュア。
レジカウンター内に掛けられたオリジナルバッグの数々。
右側が書店、正面が美術館。洋館と高層ビルの照明が重なりゴージャスな夜景。
同地点の左方向。灯りの少ない集合住宅もまた画になる。
隣り合う中国資本のコンビニ。左の店で飲料を確保。
洞庭村の野外食堂。左が調理風景(コンロと作業台)、右が客席。

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