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あをぞら

ピエロの空・・・・・・1

パキスタンからやってきたというピエロが投げ上げた赤いボールは、新宿の空へ吸い込まれていくかにみえて、また、白い手袋のピエロの手に落ちた。

数年前、パキスタンの首都カラチ郊外の白砂の海岸でラクダに揺られたことを思い出していた。真っ青な空と藍に深い海を見た。ながく、アフリカの荒れ地を旅したあとのことだった。海と空の光に照らされた、あらゆるものが、そう、朽ちた舟でさえ、みずみずしい命を宿しているかにみえた。潮の匂いをかぎながら、フタコブラクダの背中に揺られながら、熱く、静かに湧き上がってくる感情に支配されていた。手を伸ばせば、空にも海にも触れられた。

 


 ピエロは「オーケー」と叫んで、赤や青、黄色のボールを空へ投げ上げた。人々の視線がいっせいに空に向かう、ボールと一緒に空が落ちてくる。

 アフリカの荒れ地の旅というのは、砂漠に木を植える人々に会いに行ったこと。本当に木が育つのか、植林する人たちにもわからない。来る日もくる日も乾いた空を背負って、不毛とも思える作業を続けていた。それでも、かれらの濁りのない瞳に、緑の森が見えた。
 
 ピエロが帽子をもって人の輪を廻る。帽子の中の小さな空へ硬貨が跳ねる。ビルの谷間にサイレンの音が遠ざかっていく。それからピエロはアスファルトへひざまずいた。天を仰ぎ、口をもごもごさせてから、コーラをひと口、飲んだ。そしてまた、「オーケー」と叫んで三色のボールを空へ放り投げた。ピエロを囲んだみんなが一斉に天を仰ぐ。ピエロの家郷の空に続く青空を浴びている。

  青空はときどき心地よく悲しい。

空の青に染まず

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