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今日だけの文章


先日、ある人のnoteを読んでいてハッとさせられた。

「似たような文章は書けても、全く同じ文章は二度と書けない」ということに、すごく共感した。


僕も一度、noteの下書き保存をし忘れて、次の日に同じ内容のことを書き直そうしたことがある。

そうしたら、書きたい結論は変わってないんだけど、そこに行くまでの文章が大きく変わったことに、驚いた。

「一日経つと、こんなに自分の文章が変わるんだな。」

この不思議な経験を、「なぎっこ」さんが見事に言語化してくれた。





今日しか書けない文章

そう思えればどんな文章であっても、それは特別な文章だ。
特別な内容でなかったとしても。

何気ない日常のことを書いても、その文章は一度かぎりの文章だ。




ミュージシャンの方も、同じような経験をしているんじゃないかな。

同じ人が歌詞を書いているのに、初期、中期、後期で歌詞の雰囲気が、変わっていることがある。

年齢、取り巻く環境の変化によって、歌詞を書く人の心情が大きく変わっているからだろう。

だから、ミュージシャンの方は、その歌詞はその時にしか書けないものだと思っているに違いない。

僕はBUMP OF CHICKENが一番好きなアーティストで、昔の曲から今の曲まで、それぞれ違う良さがあって、歌詞と曲調の変化を楽しみながら聴いている。

若い時の荒削りな感じの曲も好きだし、今の優しい感じの曲も好きだ。






ときどき、自分も書く意味について考えることがある。

書くことで何か直接的に成果が得られるわけではないし、そもそも読んでもらえないこともある。

でも、「今日の文章は二度と書けない」ならば、文章を書くことは大きな意味を持ち始める。

それは、あとで自分の文章を振り返るときに、その当時の心情をもう一度鮮明に蘇らせることができるからだ。

旅行に行った時に撮る写真と同じように、その時の思い出を閉じ込めることができる。

今自分の文章を読んでも、特に大きな驚きはないが、自分がヨボヨボのおじいさんになったときに読んでみると、たぶん感動すると思う。思い出を懐かしんで。

「自分にもこんな時期があったんだなぁ」って。




だから、少しでも書きたい気持ちが湧いたら、書いてみた方がいいと思う。

そして、僕が誰かの文章を読むときも、その文章はその日にしか書けなかったもの、ということを意識して読みたい。



その文章は、たった一度きりの文章だから。

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