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「時間があれば」は、大体やらない
「今より時間があれば、自分はもっとできる」
やらなくてはいけないことに追われて、やりたいことに時間が割けないときに、よく感じることだ。でも、いざ自由な時間がたっぷりできても、だらだらと過ごして時間を浪費してしまう。
僕は今、夏休みに入っていて、他の研究室の人たちと比べれば自由な時間は多い方だ。夏休み前は「時間ができたら、あれもこれもできるぞ!」と意気込んでいたが、今の僕は結局何かと理由をつけて、のんびり過ごそうとしている。
僕はこの貴重な夏休みを、ドブに捨ててしまうのかもしれない。こんな自由に使える時間は、学生である今しかないのに。自分が大切なものを手にした途端、その価値のことを忘れてしまう。
「時間があれば」は、大体やらない。タイトルにも書いた言葉だ。
結局僕は「時間さえあれば、大きなことを成し遂げられる」という可能性の中に、逃げているんだと思う。「時間をたっぷり使えば、自分はもっと成果を上げられる」という可能性に。何回も暇な時間を浪費すると、さすがにそうやって可能性に逃げている自分には気づく。
そうやって言い訳をしていれば、「自分には、大した能力がない」という現実から目を背けることができる。そして、そんな言い訳をしている自分にも、気づいている。
本当にすごい成果を出す人は、時間がないことを言い訳にはしない。22年しか生きていない自分の経験則だけど。彼らは時間がなくても、どうやったら限られた時間で成果を出せるかを考えて、それを実現しようとする。
そして時間がたっぷりある場合はその時間をたっぷり使って、大きなことを成し遂げる。ワクワクした子どものような、顔つきで。彼らを見ていると、「イマ」という時間をすごく大切にして、過ごしているなと感じる。
僕はもう、時間がないことを言い訳にするのはやめたい。そんな言い訳をしたって、なんの得もないのだから。「本当の自分は、もっとすごい」という風に可能性の中で生きるカッコ悪い大人には、なりたくない。
周りから見た時の自分の成果が、本来の成果なのだ。どんな言い訳を思いついても、成果は客観的に測られるものだから。
研究成果の発表、就活での面接など、これから人から客観的に評価される機会が増える。自己肯定感が低下することも、増えるだろう。うまくいくことばかりでは、ないから。
そんなときに、「時間がない」という言い訳をしていたら、傷つくことは少なくなるけど、いつまでたっても大きな成長はない。
厳しい評価にさらされても、僕は逃げずに少しでも成長しようとする人間でありたい。
なので、この夏は一番傷つくことが多かったけど、学びも一番多かったと懐かしめるような、夏休みにしたい。
最後に、叶姉妹の叶恭子さんの言葉を紹介する。
私は言い訳というものを好みません。なぜならそれ自体が、すでに美しくないから。
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