うらしま太郎・第4話(浅野浩二の小説)

ある高校、A、です。
うらしま太郎は、一年の時から、エースでした。
そして、1年生、2年生、3年生、と、三度とも、A高校は、甲子園に出て、決勝戦まで、勝ち抜きました。
そのため、それまで、地区予選一回戦で敗退していた、A高校は、3年、連続、甲子園優勝の偉業を成し遂げました。
これは、すべて、うらしま太郎の、180km/h の、ストレートと、打率10割り、のバッティングのおかげでした。
うらしま太郎は、当然、セ・パ、両リーグ、の全12球団から、ドラフト1位指名されました。
野球部のマネージャーは、海野乙姫という、可愛い女子生徒、一人でした。
乙姫は、相手チームの研究、スコアつけ、交流試合の取り決め、部員のユニフォームの洗濯、など、一生懸命、一人で、野球部のために、尽くしました。
なので、A高校が、三年連続、甲子園、優勝できたのは、乙姫の協力が、大きかったのです。
しかし、乙姫は、3年の、二学期になると、休学して、学校に、来なくなりました。
理由は、詳しくは、わかりませんが、何か、体調が悪くなって休養するため、ということだそうです。
夏の甲子園大会の終わった、ある日のことです。
学校が終わって、うらしま太郎が、家に、帰る帰途のことです。
5人の生徒、が、一人の、弱々しそうな男子生徒、を、取り囲んで、いじめていました。
どうやら、中学生らしいようです。
「おい。亀蔵。金、貸せよ。そうしないと、ヤキ入れるぞ」
と、チンピラ風の、生徒が、一人の、弱々しそうな、少年の胸ぐらを、つかんでいました。
「友達だろ。金、貸せよ。ゲーセン行くんだから」
と、別の生徒が、少年に、膝蹴りを入れていました。
「ごめんなさい。もう、家から、お金を盗んでくることは、出来ません」
と、少年は、泣きながら、訴えていました。
うらしま太郎、は、すぐに、彼らの所に行きました。
「おい。君たち。弱い者いじめは、よくないな。やめなよ」
と、不良生徒たちに、注意しました。
体格のいい、高校生に、注意されて、不良生徒たちは、
「やべえ。逃げろ」
と、言って、一目散に、逃げていきました。
「どうも、有難うございました」
助けられた少年は、うらしま太郎、に、お礼を言いました。
「いじめられているの?」
うらしま太郎、が聞きました。
「ええ」
少年が、答えました。
「あ、あの。お名前は?」
少年が聞きました。
「僕は、うらしま太郎、と言います」
うらしま太郎、は、答えました。
「僕は、亀蔵と言います。ぜひ助けて下さった、お礼をしたいです。家は、近くです。どうか、家へ、来て頂けないでしょうか?」
少年が言いました。
「わかったよ。それじゃあ、君の家に、行こう」
うらしま太郎、は、そう言って、亀蔵と、歩き出しました。
家は、A高校の、すぐ、近くでした。
「ここです」
そう言って、亀蔵は、立派な、家の前で、足を止めました。
太平洋市竜宮城町1―1―1、と、住所が、書いてありました。
「どうぞ、お入り下さい」
と、少年に、言われて、うらしま太郎、は、少年と、家に入りました。
うらしま太郎、は、居間に通されました。
「ちょっと、待ってて下さい」
と言って、少年は、パタパタと、二階に上がって行った。
うらしま太郎、は、居間の、ソファーに、座って、少年を待ちました。
少年は、すぐに、もどってきました。
「うらしま太郎、さん。姉に、うらしま太郎、さまに、不良たちから、助けてもらったことを、話したら、姉は、ぜひ、お礼を言いたい、と、言っています。どうか、姉に会って頂けないでしょうか?」
少年は、言いました。
うらしま太郎、は、恩着せがましいのが、嫌いでしたが、一応、姉に、会ってみることにしました。
(少年のお姉さん、は、どんな人だろう?)
と思いながら。
うらしま太郎、は、少年に、ついて、二階に上がりました。
そして、ある部屋の前で、少年は、立ち止まり、
「お姉さん。うらしま太郎、さま、を、お連れいたしました」
と、言いました。
「はーい。どうぞ、お入り下さい」
と、部屋の中で、声がしました。
「失礼します」
と言って、うらしま太郎、は、ドアノブを回し、戸を開けました。
うらしま太郎、は、びっくりしました。
何と、少年の姉は、休学中の、乙姫だったからです。
さらに、乙姫は、車椅子に、乗って、下半身に毛布をかけていました。
(一体、どういうことなんだろう?)
と、うらしま太郎、は、疑問に思いました。
しかし、とりあえず。
「やあ。乙姫。久しぶり」
と、挨拶しました。
「お久しぶりです。うらしま太郎、さん」
と、乙姫も、お辞儀しました。
「ところで。君は。車椅子に、乗っているけれど、どうしたの?」
うらしま太郎、が、聞きました。
すると、乙姫が語り出しました。
「実を言うと、今年の夏の甲子園大会の後、右足に違和感を感じるようになり、病院の検査を受けました。すると、右足に、骨肉腫、があることが、わかったのです。かなり進行していて、足を切るしか、ありませんでした。肺にも、転移していて、学校へ通うことは、出来なくなり、家で、療養しながら、病院で、放射線治療を、定期的に、受けているのです」
乙姫が言った。
「そうだったんですか。そんなこととは、知らなかった。君がいなくなって、野球部は、さびしくなったよ」
うらしま太郎、が、言いました。
「うらしま太郎、さん。ごめんなさい。私は、謝らなければ、ならないことがあります」
と、乙姫が言いました。
「はい。何でしょうか?」
うらしま太郎、は、聞き返しました。
「実は、弟がいじめられていたのは、あれは、お芝居です。弟の友達に、頼んで、弟を、うらしま太郎、さん、が、帰宅する道で、いじめて欲しい、と、言っておいたのです。うらしま太郎、さん、は、優しいから、きっと、弟を助けてくれる、と思っていました」
乙姫は言いました。
「そうだったのですか。それは、別に構いません。でも、闘病生活しているのなら、どうして、それを野球部のみなに、話してくれなかったのですか?みなは、あなたのことを、心配していたのですよ」
うらしま太郎、が、聞きました。
「ごめんなさい。皆に気を使わせて、心配させたくなかったのです」
乙姫が言いました。
「では、どうして、今日、私に会おうと思ったのですか?」
うらしま太郎、が、聞きました。
「実は、昨日、受けた病院の検査で、肺、や、肝臓、など、全身への、転移が、大きく、治療をしても、せいぜい、余命1年と言われたのです。それで、死ぬ前に、どうしても、うらしま太郎、さんに会っておきたくて・・・」
そう言って、乙姫は、涙を流しました。
「そうだったのですか。そんなことだとは、知りませんでした。私には、何と、言っていいか、言葉が見つかりません」
そう、うらしま太郎、は、言いました。
「うらしま太郎、さん。野球部のマネージャーをしていた時には、言えませんでしたが。もう、私は、死んでいく身です。なので、私の本心を打ち明けます。うらしま太郎、さん。私は、あなたを、愛していました。今も、愛しています」
乙姫は、告白しました。
「有難う。実は、僕も君を、愛していました。いずれは、告白して、結婚したいと思っていました」
うらしま太郎、も、告白しました。
「嬉しいわ。うらしま太郎、さん、が、私を愛してくれていたなんて・・・」
乙姫の目に、涙が、キラリと光りました。
「でも。乙姫さん。どうして、早く言ってくれなかったんですか?」
うらしま太郎、が、聞きました。
「うらしま太郎、さん。だって、私は、死んでいく身ですもの。あなたは、プロ野球選手になるでしょう。だけど、私では、あなたに、食事を作ってあげることも、出来ないし、掃除や、身の回りの世話をすることも、出来ませんもの。あなたには、きれいな女子アナと、結婚して、幸せになって欲しかったのです。でも、私は、死んでいく身です。最後に告白だけは、しておきたくて、勇気を出して、あなたを、ここへ呼び寄せたのです」
乙姫は、言いました。
「そうだったのですか。あなたは、思いやりのある人だ」
うらしま太郎、は、感動しました。
「私は、あなたが、私を愛してくれていたことを知れて、嬉しいです。私は、幸福に死んでいけます」
そう言って、乙姫は、涙を流しました。
「乙姫さん。勇気を出して、告白してくれて、有難う。間に合ってよかった」
うらしま太郎、が、言いました。
「えっ。それは、どういう意味ですか?」
乙姫は、眉を寄せて、うらしま太郎、に、聞き返しました。
「乙姫さん。実は。僕は、高校を卒業して、プロ野球選手となって、一軍のレギュラーになってから、あなたに、プロポーズするつもりでした。プロ野球は、高校野球より、ずっと厳しく、はたして、僕の実力がプロ野球でも、通用するか、どうか、が、不安でした。そのため、告白できなかったのです」
「そうだったのですか。そうとは知りませんでした」
「でも、間に合ってよかった。乙姫さん。すぐに、結婚しましょう」
と、うらしま太郎、は、言いました。
「えっ。でも、私は、死んでいく身ですよ」
「そんなこと、関係ありません。結婚って、世界中で、一番、好きな人とするものでしょう」
うらしま太郎、は、力強く言いました。
「有難うございます」
乙姫は泣いていました。
こうして、二日後に、うらしま太郎、と、乙姫は、町の小さな教会で、結婚式を挙げました。
うらしま太郎、は、乙姫を、自分の家に住まわせて、毎日、まめまめしく乙姫を介抱しました。
もう、高校の卒業も、数カ月です。
うらしま太郎、は、ドラフト会議で、横浜DeNAベイスターズに、1位、指名されました。
「あなた。よかったわね」
「うん」
「あなた。私が、死んだら、私のことは、忘れて、別の好きな人と結婚して下さい。お願いです」
乙姫は、訴えるように言いました。
「・・・・」
うらしま太郎、は、それには、答えませんでした。
そして、うらしま太郎、は、高校を卒業して、横浜DeNAベイスターズに入団しました。
うらしま太郎、の野球の実力は、プロ野球でも、即戦力として、通用して、うらしま太郎、は、1年目から、先発ピッチャーとして活躍しました。
その年、横浜DeNAベイスターズは、うらしま太郎、の、おかげて、リーグ優勝し、日本シリーズでも、優勝しました。
そして、乙姫は、シーズンオフに、病身の身でありながら、女の子を産みました。
名前は、由香里と名づけました。
オギャー、オギャー、と、赤ん坊は、泣いています。
「ほら。見てごらん。僕と君の、かわいい子供だよ」
そう言って、うらしま太郎、は、赤ん坊を抱いて、産後の、乙姫に、赤ん坊を見せました。
「ふふ。嬉しいわ。私と、あなたの、愛の結晶ね」
と、乙姫も、ニコッ、と、笑顔を見せました。
しかし。
女の子を、産んで、三日後に、乙姫は、ガンの進行に、産褥熱、加わって、死にました。
うらしま太郎、は、泣いて、悲しみました。
うらしま太郎、は、乙姫の骨壺と、乙姫の写真を、部屋の仏壇に置いて、毎日、拝みました。
そして、試合に行く時は、乙姫の写真に向かって、
「行ってくるよ」
と言い、試合が終わって、帰ってくると、
「ただいま」
と、まるで、乙姫に語りかけるように、仏壇の乙姫の写真に向かって、語りかけました。
うらしま太郎、は、その後も、横浜DeNAベイスターズで活躍し、次の年も、リーグ優勝し、そして、日本シリーズも、優勝しました。
うらしま太郎、と、乙姫の、子の由香里は、1歳になりましたが、顔が、乙姫そっくりでした。
育っていくにつれ、子の由香里は、ますます、乙姫に似た、美しい女の子になっていきました。
うらしま太郎、は、バツイチだという、ことが、世間に知られて、多くの女子アナが、うらしま太郎、に、プロポーズしました。
しかし、うらしま太郎、は、それを全部、断りました。
なぜ、と言って。
うらしま太郎、の心には、乙姫が生きているからです。

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