見出し画像

【111】超短編小説 「翼の折れたエンジェルとはぐれそうな天使」(1562文字)

(来なけりゃよかった…)

岐阜県岐阜市内の某公立高校3年生の私は青空天子(あおぞらあまこ)。
野球部の女子マネージャーだ。
うちの学校は高校野球の強豪校で普通だったら今の時期 夏の甲子園大会の地方予選の真っ只中だが、エースの片桐翼(かたぎりつばさ)が利き腕の右腕を骨折してしまい初戦で早々と敗退してしまった。

敗退と同時に3年生は部活を引退する。私と翼とキャッチャーの中村たかお、そしてもう一人の女子マネージャーの岡村あゆみの4人は幼馴染で、きょう長良川河畔(かはん)で開催される花火大会に来ていた。

昔からあゆみは男子にモテた。頭脳明晰で容姿も悪くなく、明るくて話し上手だった。本当だったらもっと偏差値の高い進学校にも行けたのだが、無類の野球好きで野球部の女子マネージャーとして甲子園に行きたくてこの学校に入学した。

4人とも浴衣を着て河畔を歩いているがあゆみの両隣りに翼とたかお、私は1歩後ろからついて歩いている。最近はずっとこんな感じだ。以前 私と翼と2人で歩いたことがあったが2人とも引っ込み思案の口下手で会話が続かず変な空気になってからこの3-1のスタイルになった。

東海地区で最大規模の花火大会とあって結構な賑わいだ。ちょっと油断をするとはぐれてしまうくらい人が多かった。
「ブチッ」という音とともによろけてこけそうになった。
下駄の鼻緒が切れた。
「ちょ…」「バーン!!バババババーン!!!」
私の声が花火の音で打ち消された。
3人は私に気付かず前に歩いて行ってしまった。

人の波はどんどん動いているが、鼻緒が切れた下駄では歩くことができない。私は人の流れから外れて、道路脇でスマホを取り出そうとした。
しまった、きょうは浴衣を着たので巾着袋を持ってきたのだが入れ忘れてしまった。この人混みではスマホなしではあの3人を見つけるのは厳しい。

仕方ない、私は河畔に立ちすくみ、ひとり花火を見ていた。
ひとりで見る花火は寂しい。
もう何分経っただろうか。
帰りたいけど鼻緒が切れた下駄では歩くのもしんどい。
(来なけりゃよかった…)
涙がこぼれそうになった。

「こんなとこで何してんだよ!ラインしても電話かけても繋がらないから!」
右腕を三角巾で吊るしながら正義の味方が現れた。
涙があふれだした。
翼は鼻緒の切れた下駄を見て、「そうだったのか、気付かずにごめんな。」と言いながら、時代劇で見たように自分の手ぬぐいを引き裂いて鼻緒を応急処置で直そうとしたが、右手が使えず無理だった。

「たかおたちに連絡しておくよ。」翼はそう言ってスマホでラインを送った。
しばらく2人で打上げ花火を眺めた。
翼の空いた方の手の小指を軽く握った。
一瞬びっくりしたような顔をしたが、ニコリと笑って、私の右手の5本の指を強く握り返してきた。

前々から翼のことが好きだった私には夢のような時間だった。
「もう、はぐれ…」「バーン‼︎ババーン‼︎」
翼が何か言おうとしたが聞き取れなかった。
「何か言っ…」「バーン‼︎」

翼からのラインで近くにやってきた たかおとあゆみが2人を見つけた。
「おー…」「しっ!」たかおが声をかけようとしたがあゆみが止めた。「このまま2人だけにしておこうよ。」たかおとあゆみは5mほど後ろにどこかで買ってきたサンダルを置いて翼にラインを送った。

「翼の折れたエンジェルとはぐれそうな天使へ
君たちの5m後ろにサンダルが置いてありますので使ってください。(浴衣には不似合いかもしれないですが、これしか入手できませんでした🙏)
     恋のキューピッド より 」

私は手提げ袋からサンダルを取り出し、鼻緒の切れた下駄を手提げ袋に入れた。
「確かに不似合いかも…」翼が言った。
「だねっ。」 2人とも笑った。
「バーン‼︎バババババババーン‼︎‼︎‼︎」
スターマインが始まった。

私の足元でワニがニコリと笑ってた。





この記事が参加している募集

#ほろ酔い文学

6,025件

#恋愛小説が好き

4,947件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?