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うなぎなるもの 村上春樹

雑誌「精神療法」に興味深い記事があった。

特集は「エナクメント」
意味としては「治療中に起きる予期せぬ出来事」(それが功を奏したりする)くらいのものなんだけれど、ちょっとわかりづらい(精神分析はまあそうなんだけれど)。

この、治療者と患者さんの2人だけじゃない瞬間の大切さ(或いは2人の関係をやり通した時にどうしようもなく到来するものの不確実性)について、上手いこと言い当ててるのは
精神科医やカウンセラーなんかではなくて
別ジャンルの小説家村上春樹さんらしい。

僕はいつも、小説というのは三者協議じゃなくちゃいけないと言うんですよ。
僕は「うなぎ説」というのを持っているんです。僕という書き手がいて、読者がいますね。
でもその二人だけじゃ、小説というのは成立しないんですよ。

そこにうなぎが必要なんですよ。
うなぎなるもの。
いや、べつにうなぎじゃなくてもいいんだけどね(笑)。たまたま僕の場合、うなぎなんです。
何でもいいんだけど、うなぎが好きだから。

だから僕は、自分と読者との関係にうまくうなぎを呼び込んできて、僕とうなぎと読者で、三人で膝をつき合わせて、いろいろと話し合うわけですよ。そうすると、小説というものがうまく立ち上がってくるんです。 

必要なんですよ、そういうのが。
でもそういう発想が、これまで既成の小説って、あまりなかったような気がする。
みんな作家と読者のあいだだけで、ある場合には批評家も入るかもしれないけど、やりとりがおこなわれていて、それで煮詰まっちゃうんですよね。そうすると「お文学」になっちゃう。

でも、三人いると、二人でわからなければ、
「じゃあ、ちょっとうなぎに訊いてみようか」ということになります。
するとうなぎが答えてくれるんだけれど、おかげで謎がよけいに深まったりする。(…)

        村上春樹と柴田元幸の対談から

この辺りは、ザ・村上春樹節という感じがして面白いが、何事においてもこういう可能性に開かれた感性は大切なんだろう。

うなぎなるもの、と呼ぶのが
いかめしくなくて好いじゃないか。


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