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白い巨塔 読了

マイペースに読み進めてきた
文庫版『白い巨塔』。
(全五巻)

先日
半年近くかかってようやく読了しました。
(マイペースすぎ)






↑一巻ごとに所感を記事にしていたんですが
四巻の記事を下書きに眠らせたまま
五巻まで読み終えてしまいまして。


もう四・五巻まとめて書いちゃう。笑



白い巨塔は
あとからまとめて記事にしようと思っていて
読みながらこんな風にメモをとっていたんです。


今日はこれに沿って順番に書いてみます。
(ネタバレを含みます)



四巻
里見修二と東佐枝子

2巻あたりから
只ならぬ雰囲気が見え隠れしていた里見と佐枝子。

アバンチュールな展開になってゆくのか!?
なんて思っていたけれど

4巻190ページ前後の描写から
アバンチュールという言葉は
なんだかそぐわないなあと感じます。

私利私欲にまみれた封建的な医学界から一歩身をひき
医者として潔白でいようとする里見と
それを慕う佐枝子。

お互いの気持ちに気づき始め
揺れ動きながらも悲しく自分を律するふたり。

「佐枝子さん、あなたは、三知代の親しい友人ですー」
里見は耐えるような瞳で佐枝子を見詰め、心の波だちを抑えるようにそっと、佐枝子の体を離した。

決して結ばれることのないふたりの立場や運命が
綺麗で切なく描かれています。

ドロドロ不倫の描写では全くなく
それを想像していた私は浅はかでした。


四巻
滝村恭輔と財前五郎

学術会議選の票集めのため
主人公財前が
医学界の大御所である滝村を訪ねるシーン。

論文集の巻頭の辞を書いてくれるよう
滝村に頼み込むわけですが
これまで見たことのなかった財前の新しい一面が見えたシーンだと感じました。


どうか孫か、曾孫のおねだりを聞いてやるようなお気持ちで、私の厚かましいお願いをお聞き入れ下さいますよう

お金とか将来のジッツ(ポスト)を保証するとか
いわゆる大人の事情的な作戦で
全てを思いのままにしてきた財前が
ここにきて初めて「甘え戦法」をとります。

もちろん
財前のずる賢い打算ではあるのだけれど

「君という人間は、若いくせにえらくメスが切れ、その代り思い上っているという噂を聞かんでもないが、なかなか可愛いところがあるじゃないか」
 滝村のように順調に医学界の頂点にまで登り詰めた人間には、財前のように自分の出世のためなら平然と人前に這いつくばることの出来る人間の心のうちは解らなかった。

陽の当たる表街道で
正攻法で進んできた滝村には理解しえない
財前なりの必死さというか
弱さみたいなものが
垣間見える場面だと思いました。

以前の記事にもチラッと書いたけれど
横柄で傲慢で自信家の財前も
本当の意味では小心者なのではないか
と感じられるワンシーンでした。


四巻
安田太一の手術シーン

癌患者佐々木庸平を
医療ミス&誤診で死なせてしまい
目下裁判で係争中の財前五郎。

この佐々木に生写しの安田太一は
噴門癌の患者であり
財前自らの執刀にて
手術が行われます。

自分専用のメスを特注するほど
手術の腕をいつも鼻にかけている財前ですが
この日は
安田が死んでしまった佐々木の
亡霊か幻影のように思えてしまい
財前らしからず
動揺して手元が狂います。

財前教授ともあろう名手にしては不手際が重なり過ぎる。何かがある、そう思うと、三人の介助者たちは、無影燈に照らされた手術室に、俄かに暗幕が降りたような不安を覚え、財前教授を見上げた。

手術の所要時間をいかに短縮出来るかという
スポーツの新記録を出すかのごとき感覚で
いつも高飛車だった財前が
ここにきて初めての動揺&失態。

大失敗して何もかも失っちゃえばいいのに。

なんて
正直胸のすく思いがしてしまいました。

でも
多量の出血を「強いて無視するように」振る舞ったり
「挑むように」メスを入れたりする姿から

裁判にも学術会議選にも
絶対に負けられない
という強い気迫や意地が見られます。

安田太一の存在は
それだけ不気味でそら恐ろしいものだったのでしょう。


そして
こうした手術シーンは
全巻通して何度も出てきますが
その詳細さや臨場感に圧巻です。

山崎豊子氏の徹底した取材ぶりが窺い知れます。


五巻
黒部ダムを見物する財前

学会出席のための出張帰り
黒部ダムを見物する財前。

三巻にて
ナチスドイツの負の遺産を見物したとき同様
ここでもまた
財前の人間らしい側面がチラリと見えました。

財前は
黒部ダムの迫力に
自然の偉大さに
圧倒され恐れおののきます。

また
沢山の犠牲者を出しながらダム建設に携わった人々に心を打たれ
自然vs人間の闘いに
想いを馳せました。

裁判や学術会議選のために必死で闘う自分を
なんてちっぽけなんだろうって
感じたんじゃないでしょうか。

中でも意外だったのは
郷里の母への想い。
財前の唯一の弱点であり
唯一気を緩めるポイントなのかもしれません。

絶えず自分の栄達を考え、そのために行動する財前であったが、母だけが財前の心温まる存在であった。大学から受け取る給料の中から毎月二万円、自分の手で現金送金の封筒をしたため、中央郵便局から送金する楽しみが、貧しかった頃の財前の心と結びつき、母のもとへ帰るような気がしたのだったが、その母も昨年、一審の裁判の財前勝訴を聞くと、安堵したように亡くなってしまったのだった。国立大学の教授という栄職に在り、豊かに満ち足りた家庭を持ち、今また学術会議会員に立候補している財前であったが、母の死を思うと、いいようのない寂寥と孤独感が心を埋めた。

自らの栄光のためにずるく立ち回る財前も
郷里の母を想うと感傷的に。


その母亡き今
もはや拠り所はないけれど
ここまで来たら引き返せないと
決死の思いで闘っているのでしょう。

財前の不安や決意が
黒部渓谷の自然の迫力と対比的に
見事に描かれているとっても好きなシーンでした。



母を想う優しい気持ちは
財前の人間らしい一面だと感じるけれども

そもそも富や名誉を手にするべく
どろどろした界隈を渡り歩こうとする姿も
ある意味人間らしい。

財前はとても人間味のある人間だと思います。



五巻
里見修二の強さ

個人的に
本作品の準主役だと思ってます。
里見修二。

財前と対照的な生き方をする
静かな男です。

里見の強さを
財前の愛人であるケイ子が
初めて明確に形容したシーンが印象的でした。

あの人は凄い人やわ、もっさりした服装をしてぼさっとしてはるけど、心の厳しさというのか、何か侵し難いものがあるわ、私みたいにどんな一流会社の社長にも、有名人にも体を張って、操縦しようと思えば出来ないことのない人間でも、あの人だけはどうにも歯がたたへんわ、だから、あんたも誰に勝っても、最後は里見さんにだけは勝てないのと違うかしらー

大学側から理不尽な仕打ちに遭い
自ら白い巨塔を去ったのち
近畿癌センターで
患者ファーストの研究や診療に励む里見は

財前やその取り巻きたちよりも
一段も二段も上にいるのです。
(本当の意味でね)

言い換えれば
富や名声では絶対に動かせないということ。


財前やその他権力者たちの必殺技をもってしても
絶対に思い通りには動かせないのが
ただ一人里見という男です。

里見を動かすのは
純粋なる医学者としての良心のみ。

静の中の動というんでしょうか。
内に秘めた熱い想いや信念がかっこいい。


そして
それを見抜いた愛人ケイ子の審美眼よ。
水商売でチャラチャラしているように見えて
実はとても教養があり頭がキレる。
こういうタイプの女性、好きです。


五巻
祝賀パーティーにて

財前が黒部峡谷の大自然を前にして怖れ、感じた不安は、人間同士の闘いの場では、影もなく姿を消し

ということは
財前は自然には敵わない
ってことですよね。

無敵の財前も
大自然の力には到底勝てない。

財前はとても脆い男ですから。
(前述の里見との対比も含め)

黒部ダムの光景は
後述の闘病シーンでも
走馬灯のように脳裏に浮かぶほど
財前にとってインパクトの強いものだったようです。


五巻
財前君は可哀そうな奴です

財前君は可哀そうな奴です、病に倒れたばかりではなく、あらゆる意味で可哀そうな奴です

初めて出てきた表現。
"可哀そう"。

とてもしっくりきました。
私がずっと言おうとしていたのはコレです。

これは
財前のために大学を追われたにもかかわらず
病に倒れた財前を助けようと尽くす
里見修二の言葉。

東佐枝子と川沿いの道を歩きながら
涙にくぐもる低い声で
静かに悲しくかつ厳しく
発せられた言葉でした。

可哀そうとはいっても
里見に財前を見下すような気持ちはないはずです。

同期として
かつて一緒に学び切磋琢磨してきた良きライバルを
今にも失うかもしれない悲しみと
持って行き場のない怒りと。

そんな中で
恥を忍んで自分の元へ検査を頼みに来た様子や
これまでの財前なりの闘いを想い
出てきた言葉だと思います。


冒頭の教授選挙工作に始まり
どこまでもいやらしく汚い財前。

初めは嫌悪や憎悪ばかりでしたが
読み進めるにつれ
彼の生い立ちを知れば知るほど
可哀そうに思う気持ちが勝ちます。


彼は若くして類稀なる実力があり
奥様と二人の子どもにも恵まれたんだから
もっと別な方向で
幸せになれたはずだったのにね。
(幸せだったかどうかは財前が決めることですけどね)

と同時に
財前に辛い目に遭わされても
私情を交えず飽くまで医者としての中立を貫き
病にある財前のために奔走する里見は
やっぱり本物ですね。


五巻
33章〜終章 財前の最期

ここはもう鳥肌ものでした。

美容院に文庫本を持ち込んで
カラーリングの待ち時間に読んでたんですが

引き込まれすぎて

そろそろシャワー行きましょうか〜と言われて
パッと顔を上げると
落武者みたいな顔で目に涙をいっぱい溜めた自分が鏡に映っててぎょっとしました(恥)


ここはもう凄みがありすぎて
簡単には語れません。
死の瞬間までの緊迫感&臨場感溢れるシーンは
財前という一人の男の全てが詰まっていて
言葉にするとかえって薄っぺらになってしまいそう。


ということで
あまり多くを語らずざっくりと。


癌が発覚した財前ですが
周囲はそのことを本人に悟らせないよう
ニセのX線写真を用意したり
カルテを偽造したり。

大学内にも厳しい箝口令をしきます。

それは皮肉にも
財前が医事裁判で
自らを有利に導くために行った数々の工作と似ていました。


そして
教授選挙や裁判では敵同士だった
東教授や里見助教授も含めて
財前を救うべく医師団が
総力を結集して尽くす姿に
ちょっぴり感動。


さらに
病に倒れ弱気になる財前が

唯一甘えられる相手
弱みを見せられる相手
弱音を漏らしとりすがれる相手

が、里見だったりするわけです。

財前は、自分が一番信頼している人間は里見で、女として愛しているのは真紅の薔薇をことづけたケイ子だと思った。

その後財前は

あの黒部ダムの光景や

「あっ、黒部ダム......破砕帯......水が碧い......水......」

佐々木への不誠実を悔いるようなうわ言

俺は忙しい、忙しかったんだ......断層撮影......透視......

を残して死んでゆく。

こんなはずじゃなかったと思いながら。



.......多くを語らないと言いつつ
長々と書いちゃってますけど

総じて『白い巨塔』は
財前というひとりの男や
里見、鵜飼医学部長、
東、柳原、ケイ子、佐々木親子
それぞれの生き様をドラマチックに描いた
不朽の名作であると納得しました。

感嘆の声が漏れるような最期でした。

裏表紙のあらすじのとおり
「社会派小説の金字塔」
これです。

読みごたえがありました。
凄かった。
凄い人間ドラマでした。




半年かかって読み切った白い巨塔。

さらにこの記事を書くのにも1ヶ月近くを要しました。

山崎豊子氏の別の作品も読んでみたいと思います。

最後まで読んでくださった方
ありがとうございました🥰

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