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【小説】エースくん

彼は、優しくて穏やかで爽やかで真っ直ぐで……どこか繊細な人だった。

<あらすじ>
書店で働く「私」が出会ったのは、優しくて爽やかな表情をした男性だった。
その時、ある一人の同級生を思い出して……

※この小説は『カクヨム』でも公開しています。


「う、うわぁ!!」
 バタン!
 派手に転んで、抱えていた本が生き物のように広がった。
 少しだけ肌寒くなるのが分かって、私は慌てて体を起こした。
「大丈夫ですか?」
 後ろの方からそんな声がして、気が付くと一人の男性が本を拾い集めていた。
「す、すみません……!」
 私は何度も頭を下げながら、手を動かして本を集めた。

「怪我とかは……無いですか?」
 本を拾った後、男性は私に優しく声をかけてくれた。
「すみません、ありがとうございました」
 本を受け取って、私は深く頭を下げる。
「いえいえ。では、僕はこれで」
 男性は優しく爽やかな表情をして、颯爽と立ち去っていった。
 ……その時、ふと思い出した。
(エースくん………………?)


「エースくん」というのは、私の中学時代の同級生のこと。
 本当の名前は「常田つねだ翔太しょうた」。イニシャルが「S」だったこと、テニスの大会で注目されていたことから、「エース」と呼ばれるようになった。
 クラスの中だけではなく、学年の人気者……それだけではなく、先輩や後輩からも慕われていた。
 彼は、優しくて穏やかで爽やかで真っ直ぐで……どこか繊細な人だった。

 あの時の私なんて、まだまだ弱くて、いつも泣いていた。
 いつも独りで、それが寂しいって分かってるのに、友達を作ろうとはしなかった。
 それは、単に人見知りだったり、裏切られるのが怖かったりしたから。でも、受け入れたくなくて、「孤独であることが私のステータスだ」なんてカッコつけて強がっていた。
 ずっと頑なになっていた私だけど。

「大澤さん! お願いがあるんだ。もし良かったら、一緒に文化祭のポスターの絵、描いてくれないかな?」

 そう声をかけられたのが、最初だった。
「大澤さんって、絵を描くの上手でしょ? だから、ぜひ描いてほしくって! この前も黒板にウサギの絵を描いてくれたよね。僕ね、あの絵が可愛くて好きなんだ」
 それを聞いた時、一番最初に感じたのは”驚き”だった。
 確かに、黒板にウサギの絵を描いたのは、私だ。
 だけど、描いていた時、教室にはほとんど人がいなかった。だから、ウサギの絵を描いたのが私であることなど、誰も知らないと思っていた。
 それなのに、彼はちゃんと気づいていたのだ。ちゃんと見ていてくれたんだ。そして、今『好きなんだ』と言ってくれた。
 ……私は少し照れてしまっていた。
 彼に誘われて、私は何人かの人が集まる机へと入っていった。
 集団行動は昔から苦手だったから、怖かった。
 でも、彼は私のことかなり気にかけてくれて、困った時に声をかけてくれたり、仕事を丁寧に教えてくれた。
 おかげで、落ち着いて作業することができた。

 それから彼と仲良くなった。周りの人と同じように、彼のことを「エースくん」と呼び始めた。
 お互いの趣味を話し合ったり、イラスト対決したり……すごく楽しかった。
 困っていることや悩んでいることを、最後まで聞いてくれたし、彼の優しさには何度だって救われた。
 彼を通して、クラスメイトや様々な先生とも仲良くなれた。

 だけど、ある日……私は見てしまった。
 放課後の誰もいない教室で、彼が一人で泣いていたところを。
 どうしようか、すごく悩んだ。悩んだ末に、私は彼のところへ駆け寄ろうとした。
 足を一歩だけ踏み出した時、彼は顔を隠して、半分走って教室を立ち去った。

 後になって、知った。
 彼は、ごく当たり前に存在する影の如く、全く目立たない形でいじめられていた。
 学年の人気者、先輩や後輩からも慕われていて、優しくて、誰とでも仲良くできる……彼は、そんな誰もが憧れるようなものを持っていた。
 一部の人は、それに嫉妬していた。
 彼の、真っ直ぐで繊細な個性で弄んでいた。どうにかして『人気者』から引き摺り下ろせないものか、と喋っている人もいたようだ。

 ……一度だけあった。卒業式が近づいてきた頃だった。
 彼に嫉妬した人たちが徒党を組んで、彼をいじめてきた。
 筆箱を壊して、机に悪口を書き込んで、教科書を破りさいて……
 それを、皆んなで必死に止めた。彼と一緒に過ごしてきた仲間が、全力で立ち向かった。
 私も駆けて行った。怖かったけど、いじめられることには多少慣れているつもり。私も、皆んなと一緒になって止めた。
 彼の良いところも欠点も知り尽くして仲良くやっている人たちが、彼の欠点しか見ていない人たちに負けるはずがない。
 大騒ぎになったけど、被害がこれ以上拡大することもなく、この暴動は終結した。
 いじめっ子たちのいる隣のクラスで、大説教会が起きていたのは……少しだけ覚えている。

「皆んな、本当にありがとう……」
 そう言った彼がその後わんわん泣き出して、皆んなで背中を摩りあった。

 卒業して、彼とは別々の高校に行ったけど。
 私の通う高校で、彼と同級生だった人たちがよく彼のことを話題にしていた。
 私も一緒になって話していた。


 ……そんな彼のことを思い出していた時、目の前にあの男性はいなかった。
 あの人は、エースくんだったのだろうか。少なくとも、よく似た雰囲気があったけど。
 彼のようになりたい……そんなことを思う日もあったな。
 これからも彼のように人と接していこう。

 また会えると良いな、エースくん。

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