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ローズマリー・サトクリフ 『ケルトの白馬』

僕にとってのこの本:
族長の息子。運命、自己犠牲。ルブリンが描く白馬。

サトクリフの作品が本当にすばらしいなと、いつどの作品を読んでも心に響きます。とても歴史を感じます。

何冊か読んでみるとわかることがあるのですが、彼女の作品にはいつも、「運命」、「歴史」、「使命」、「挑戦」、「生きる」、そんなテーマが根底にあるような気がしています。
ときに「共存」や「共生」のような表現もあったりしますが、この描き方が誠実でよいのですね。他者と生きる様子が、べたべたしない。昨今のSDGsみたいな嘘くささ(失礼)がないのです。

本作『ケルトの白馬』も、運命、使命、生きる、といったテーマが強く感じられる作品ですね。

ひとには人のそれぞれの運命があり、それぞれの運命に応えて生きていく(しかない)のだ、というようなシンプルで硬質なメッセージがいつも彼女の作品にはある。本当に素晴らしいと思います。

イギリス、バークシャーの丘陵地帯に、古代ケルト時代の巨大な地上絵がある。この地上絵の美しさ。真っ白な馬、躍動感。この地上絵に着想され、絵が生み出されるまでの物語を、サトクリフが創作した。そうした本ですね。

ほろびゆくケルトの族長の息子で、本来の才能は芸術にある、少年ルブリンがやがて長じて、一族の命運をかけて地上絵の制作を行なった。

サトクリフの、運命を感じさせる場面の筆致には、するどいものがあります。族長の息子ルブリンに、類稀なる絵の才能があることが発覚する場面です。

 宴会のテーブルの下に潜り込んでいたルブリンは、かきならされる竪琴の弦が、炉の炎に照らされて光るのをぼんやり見ていた。しかしルブリンが本当に見つめていたのは、音楽と詩が心の中で織りなす模様だった。ひづめの響きや流れるたてがみが、強く深い渦を巻く模様になっていく。その模様のまわりに、やさしい装飾音が雲のようにふわりとかかる。何百話という小鳥たちが、馬の群れの上空を待っているかのように。心の中に形作られた模様をながめているうちに、つばめの描く模様をとらえたい願った激しい気持ちが、またわきあがってきた。
 ルブリンは自分でも気付かないうちにテームルの下からはいでて、粗朶を敷いた床の上を、暖炉の周りに敷き詰めた板石の方へとじりじり進んでいった。炉の火から、先端が炭のようになった薪の燃えさしが一本落ちた。ルブリンはそれをひろいあげると、頭の中にうずまく模様を板石の上に描き始めた。つぎつぎに形を変える模様をなんとかとらえようと夢中になり、中庭にいたときと同じように、自分が今どこにいるのかをすっかり忘れてしまった。

第二章 大広間でのけんか より

ルブリンは、ある宴の途中、吟遊詩人の竪琴と唄によって芸術の才を自覚します。その才能との出会いの場面。運命がルブリンに語りかけるような、不可抗力的な何かがとてもよく描かれているように思います。ルブリンがゾーンに入っていく様子もたいへんよいです。ゾーンとは、一生にいちど、その人におとずれるかおとずれないかの、奇跡の瞬間、だと昔メンタルトレーニングの本で読んだ記憶があります。アスリートや芸術家を不意に襲う、マジカルな瞬間ですね。

こどもが運命のよびかけに応える場面、これが僕はサトクリフが大事にしているもののように思います。ルブリンが燃えさしで床に模様を描く様子は、アーサーが剣を引き抜く様子とオーバーラップするんですね、僕だけかもしれないけど。

この作品は短いです。でも、いつかこの白馬を見に行きたいと思わせられるくらいには説得力のある作品です。すばらしいです(くどいか)。


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