障害者も普通に赤ちゃんとお出かけ【開発秘話】
私が施設向けベビー用品の開発をはじめたころ、障害を持った親でも使いやすくする、といった観点でモノ作りをしていませんでした。
そもそも、想像すらしていなかったのです。
雨の日、赤ちゃんを抱っこして買い物に行くのはとても大変です。
それは子育て中の障害者も同じ。もっと大変です。
生活する上で、赤ちゃんとのお出かけは普通にすること。
障害のあるなしに関わらず。
そんな当然のこと、当事者たちから指摘されるまで気付くことが出来ませんでした。
障害のある人、それに関わる人たち。
彼らと直接会って話したり、モニターに協力してもらうようになり、ほんの少しですが理解できるようになってきました。
ちょっと工夫すれば、誰もが使いやすくなるかもしれない。
商品を開発するとき、そう考えるようになりました。
ベビーキープに点字ステッカー
なぜ点字を付けないんですか?と聞かれて
きっかけは、今から20年以上も前のことです。
「ベビーキープになぜ点字を付けないんですか?」
ある百貨店の設備担当者を訪問したときに質問されました。
「えっ?」
思ってもみなかった質問。
検討するとは言えず、「まずは調べてみます」とだけお伝えしました。
彼の質問意図はこうでした。
トイレの什器や案内板には点字付きが多い。
同じところに設置されているのだから、ベビーキープにも付いているのが普通ではないか。
帰りがけの電車の中で、気持ちは沈んでいました。
何だか面倒なことを質問されちゃったな。
そもそも目が見えないで赤ちゃんを育てていくのはどういうことなのか。
目が見えなくても親1人で赤ちゃんと出かけることなんてあるのか。
わからないことだらけでした。
視覚に障害を持つ親たちの育児サークルに参加
どこにどうやって調べたらいいのかもわからないで悩んでいると、同僚が日本点字図書館で働くWさんを紹介してくれました。
Wさんは「今度、かるがもの会の会合があるから、そこで直接聞いてみてはどうですか」と、提案してくれました。
かるがもの会とは、視覚に障害を持つ親とその家族の育児サークル。
時々集まって交流会やイベントなどを行っているそうです。
Wさんの紹介で、その会合の最後に30分ほどお時間をいただけることになりました。
会合には5~6名のお母さんとそのお子さんたちが集まっていて、賑やかでとても楽しそうな雰囲気だったのを思い出します。
そこで、お子さんたちがまだ赤ちゃんだった時のお出かけについて伺うことができました。
わかったことを要約すると、こんな内容です。
・目の不自由なカップル同士が結婚するのは、比較的多い。
・赤ちゃんが産まれたあとも、(目の不自由な)2人で育てている。
・スーパーには自分と赤ちゃんだけで行くときもある。むしろ平日はその方が多い。
・外出先でベビーキープやおむつ交換台があることを知っていたら、使いたかった。
・実際にベビーキープを使ったことがある。(1名)
⇒目の見える上の娘が教えてくれたので、使うことができた。
・点字が付いていると見つけやすい。
直接会って話が聞けて、利用ニーズがあることをはじめて知りました。
そして、その日のうちに、まずはトイレに設置するベビーキープとおむつ交換台に点字を付けようと決めました。
実際には、会議で承認されてからでしたが、説得できる自信はありました。
当時、乳幼児向けショッピングカートも開発していたので、それにも点字が必要かを合わせて聞いてみました。
結果は、ショッピングカートには必要なし。
ベビーカーやショッピングカートは自分より子どもが前に出るため、危険なので使わないとのことでした。
外出する際は抱っこ紐に杖で、絶えず前方に障害物がないかを確認しながら歩くからだそうです。
点字内容のチェック、モニター実施
日本の点字にはJIS規格があり、サイズや点の中心の高さ、表示方法などに決まりがあります。
日本点字図書館の協力で、製品に貼る点字内容のチェックや、実際に点字を貼った製品に指で触ってもらうモニターを実施しました。
点字の記載内容は必要最低限に絞りました。
製品用途と対象月齢だけ。
警告ステッカーに表記されている「(子どもから)離れない」などは、絶対にしない行為なので点字は不要と言われました。
ちなみに表記した点字は日本語のみです。
一時、数ヵ国の外国語点字も用意していたのですが、海外への出荷数が少なく断念しました。
弱視の方でも見やすいピクトサイン
点字のニーズを調べる目的で訪問した日本点字図書館ですが、逆にWさんやスタッフのかたより相談されました。
弱視の人たちが見やすい色に、ピクトサインを変更できないかと。
ピクトサイン(ピクトグラムともいう)とは、視覚記号(マーク)で分かりやすく表現した情報です。
ベビーキープやおむつ交換台では誘導案内用として、トイレ入口や扉にステッカーで貼っています。
そのピクトサインステッカーの色が見えにくいとの指摘でした。
当時のピクトサインステッカーは背景が灰色で、ピクトは赤色でした。
ちょっと暗い場所だと識別できないと言われたのです。
そこで数パターン、見やすく検討し直したピクトサインステッカーの色を用意し、スタッフの皆さんに確認してもらいました。
評価が高かったのは、背景:白色、ピクト:黒色。
事前予想では、背景:黒色、ピクト:白色。
強調したい場合、背景を黒にし、文字やイラストを白くする場合があるので、おそらくそれが選ばれるだろうと思っていたのです。
意外な結果でしたね。
理由を聞くと、暗いところだと、白い背景にした方がピクトが見えやすくなるからだそうです。
現在、ピクトサインはこの時に決定した色が参考になっています。
車いすでも使えるおむつ交換台
ラインナップからはずす予定だった車いす用
ベビー休憩室は、シリーズの什器を一式揃えると、おむつ交換や授乳できる環境が整うようになっています。
数年前まで、このシリーズの1つとして、車いすでも利用できる木製のおむつ交換台が販売されていました。
私と同じ商品企画を担当していた同僚のAさんが開発した製品です。
ベッドの高さを低くし、車いすをベッド下に入れられるように横幅を広くしてあります。
もちろん一般の人でも使えます。
実は私がこのシリーズのモデルチェンジを担当することになった時、最初にアイテム候補からはずしたのが、この車いす対応のおむつ交換台でした。
理由は他の製品に比べて、極端に販売数が少なかったからです。
採算の合わない製品をはずすのは自然なことでした。
ある程度、新シリーズの内容が固まった段階で、以前よりベビー休憩室の設計でアドバイスをもらっていたN先生を訪ねたときのことです。
N先生は、子ども環境や医療福祉建築が専門の一級建築士であり大学の教授です。
今までたくさんの貴重な提案やアドバイスをいただいたのですが、一番印象に残っているのは、この時に言われた次の内容でした。
「障害者が使える製品って、利用者数で決めるのではなく、たとえ1人でも必要とする人がいたら残すべきなんじゃないですか?」
穏やかな言いかたでしたが、まっすぐ私の目を見てこの言葉を言われたとき、何も言い返せませんでした。
点字の時のように、「まずは(ニーズを)調べてみます」とも言えません。
車いす利用者でも使えるおむつ交換台は存続することにしました。
ただ、せっかく存続させるなら、もっと利用してもらえるようにしたい。
それにはどうしたらよいかを考えることにしました。
まずは車いすに乗ってみる
最初にしたことは車いすを買って自分で動かしてみることでした。
車いすに乗ってオフィスの中をグルグルと。
段差があったり横幅が狭いと通れなかったりしました。
まさにトイレがそれ。
扉が引き戸でなく、手前に開くタイプにも苦心しました。
次にダミー人形を使って木製のおむつ交換台で、おむつ替えの動作をしてみました。
左右の側板に車いすが当たらないように正面から入るようにします。
ベビー休憩室の通路から走行することを想定すると、車いすを90度曲げなければなりません。
1回では曲がり切らず、車輪を何回か切り返してやっと作業しやすい位置に収まりました。
実際には隣のおむつ交換台で作業している人や、彼らのベビーカーに当たらないように気を付けなければなりません。
それって、かなり大変じゃないか…。
車いす用のおむつ交換台が、今まで使いやすかったのか不安になりました。
車いす利用のママたちにグルイン
実際にはどうなのか。
そもそも赤ちゃんとのお出かけはどうしているのか。
ベビー休憩室を使ったことがあるのか。
いきなりモノ作りからするのではなく、車いす利用者の親たちにグループインタビュー(グルイン)を実施しました。
ここでその詳細はお伝え出来ませんが、ベビー休憩室の利用に関してだけ少しご紹介します。
・多機能トイレがないときだけ、ベビー休憩室を利用した。
理由 ⇒ 混んでいると入りにくいため。
狭いと作業しにくため。
・特に授乳室は狭くて入れないところが多い。
入口の前で授乳したこともある。
・車いす用のおむつ交換台は、いつも(車いす利用でない人が)使用していて使えなかった。
・一般のおむつ交換台は、ベッドが高い位置で作業しにくかった。
たくさんの人が出入りするベビー休憩室より、多機能トイレを利用した方が気が楽なようでした。
たとえ、そこで授乳することになったとしても。
一方、個室のベビー休憩室があれば、授乳もしやすいし、パパも一緒に入れて手伝ってもらえるとの意見が上がりました。
大きな施設に広いベビー休憩室が1つあるより、小分けにして分散してあった方が、一般の親でも移動が短くなってラクです。
以前から”多室分散”と称して提案していましたが、この意見をきっかけに、車いす利用者がファミリーで入れる個室も提案することにしました。
車いすで入れる仮設の個室ベビー休憩室を手作り
提案用の図面を作成する前には、検証が必要です。
どのような環境であればおむつ交換や授乳がしやすいかを確認するため、仮設ブース(ファミリーで入れる個室のベビー休憩室)を作ってみました。
壁はスチレンボード(発泡板)にし、車いすでガンガン当たっても問題ないようにした手作りです。
仮設ブースの検証には、車いす利用者の現役ママやパパに来てもらってモニターを実施しました。
モニター会場までの交通機関は、車いすで来られるかの確認が必要です。
時間帯も朝夕のラッシュは避けなければなりません。
車で来られるかたには駐車場の場所もチェック。
いつものモニターの倍は、事前準備に時間がかかりました。
車いす利用者でモニター実施
おむつ交換台を種類別に確認したかったため、仮設ブースは2つ作成しました。
1つはベビー休憩室に設置されている木製のおむつ交換台。
もう1つは、トイレに設置されている折り畳み式のおむつ交換台です。
折り畳み式は、開閉操作が加わるので大変かなと思いました。
でも結果は、全員、折り畳み式の方が使いやすいとの意見でした。
折り畳んであると、ブース内の床スペースが広くなるので、車いすで移動や旋回がしやすいようです。
また、ベッド下に側板がないため、車輪がおむつ交換台にぶつかる心配もなく、車輪の切り返しもスムーズでした。
おむつ交換の作業がしやすい高さ、背の高いパパでもベッド下に足が収まりやすい必要空間、入口からの動線確認など、様々な角度から検証しました。
これらの調査から、車いす対応のおむつ交換台は、折り畳み式とし、設計プランの提案図も完成しました。
専用ピクトサインの作成
車いす対応でベッドの高さを低くしても、一般の人は利用できます。
ただ腰を低くかがめなければなりません。
背の高い人は腰への負担が増します。
そこで、一般向けのサイズはそのまま残し、車いすでも利用できる(専用ではない)おむつ交換台を別の機種として発売することにしました。
車いす利用者がわかりやすいように、専用のピクトサインを用意しました。
まだ、車いす対応のおむつ交換台の販売比率は、一般のおむつ交換台に対して1%未満です。
新しい施設が作られるとき、そこに1ヵ所でいいから車いすでも利用できる個室のベビー休憩室があるのが理想です。
そこならおむつ交換だけでなく、授乳も安心してできます。
専用個室が難しい場合は、多機能トイレに設置するおむつ交換台を車いす対応にしてもらいたいなと願っています。
車いす対応のベビーキープ
おむつ交換台のモニター検証では、仮設ブースにベビーキープも設置していました。
モニターの何人かは車いすでベビーキープも使用した経験があることがわかりました。
でも、ベビーキープの座面が高くて子どもを持ち上げて座らせるのに苦労したとの感想でした。
おむつ交換台の車いす対応とは一緒に発売できませんでしたが、その後、後輩たちがベビーキープ用の対応機種も作ってくれました。
最近では、多機能トイレだけでなく、ベビーカーや車いすで入れるトイレの個室ブースが増えてきました。
そこに、この車いす対応のベビーキープが設置してあると便利です。
多機能トイレでは、車いす対応のおむつ交換台と一緒に設置されていて欲しいです。
勇気を出してお手伝いできる社会
障害のあるなしに関わらず、赤ちゃんとお出かけすると、ママやパパは誰かに助けてもらいたいなって時がたまにあります。
ベビーカー(車いす)で階段を上がるとき。
ベビーカー(車いす)で扉を開けるとき。
ベビーカー(車いす)でバスに乗るとき。
床に荷物を落として、拾うのが大変なとき。等々
気が付いたら、ちょっと勇気を出して「お手伝いしたいんですけど」と、声を掛けてみませんか?
「お手伝いしましょうか?」と尋ねると、本当は助けて欲しくても遠慮してしまう傾向があります。
「お手伝いしたい」と意思表示をして断られたら、本当に必要ないんだなと思えばいいだけのことです。
お出かけ先での子育てサポートは、誰でもできます。
長い文章になってしまいましたが、最後まで読んでくださってありがとうございました。
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