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春のような温かさがいつもある学校に… それでいいんだよ 〜心の宝物207

🌷ねえ、これでいいの?


コロナ機の学校
10月も間もなく終わります。後期に入り、代わった掃除場所も落ち着きましたが、1年生はまだまだ幼さが抜けず、共に掃除してくれる6年生のお兄さん、お姉さんの後をコガモのようについて回っています。

「ねえ、これでいいの?」
甲高い声が廊下に響きました。1年生のA君が、上級生に廊下を拭くコツを尋ねていました。

この学校では「集中して取り組む結果としてのおしゃべりなし」という視点が、掃除に願う姿として子どもたちに共有されていました。1年生にもそれなりに理解していて、まずまず静かに落ち着いて取り組んでいただけに、A君の声は廊下中に響きました。

何人かの1年生は、「シーッ」とA君にお口チャックゼスチャを送ります。しかしA君は不満顔。一生懸命に掃除をしようとしていた気持ちに水を差されたと感じた様子です。ときに感情的になることがあるので、どうなるかと思いながら見守っていました。

🌷それでいいんだよ


6年生の彼は、A君の甲高い質問を柔らかく受け止め、何やら話しかけていました。するとA君の不満そうな顔は、たちまち満面の笑顔に変わりました。そうして、それ以前にもまして、全力で廊下を磨き始めました。

6年生の彼が教えてくれたのでしょう。手の大きさに合わせて、雑巾を二つ折りにし、両手を端において上から体重をかけ、前後に磨きつつ、左から右に移動。廊下の端までいったら、そのまま少し後退して、今度は右から左へ同様に。
廊下に引いてあるセンターラインをはさんで、6年生のお兄さんと時折目を見交わしながら、全く同じ動きで、同じほど力を入れて合わせ鏡のように床を磨いていくA君の姿は、少し大きくなったようにさえ見えました。

後で6年生の彼に、A君とのやりとりを尋ねました。
「いえ別に何にも言ってません。聞かれたので『それでいいんだよ』と言っただけですよ。」
彼はにこりと笑って、秘訣を教えてくれました。

そうか。そうだったんだね。
「それでいいんだよ」
その言葉を、君は、雑巾の使い方を問う、A君の質問への端的な答えとして発したのかもしれない。
しかしどうやら、A君の心にはもう少し深い響き方をしたようだよ。
自分が一生懸命掃除をしようと、お兄さんに雑巾の使い方を聞いた。そのことに対して仲間から「だめだよ」と言われた。そのことがショックで、きっとA君はもう少しで怒り出すところだったと思う。
そんな彼に君が言ってくれた「それでいいんだよ」という言葉。
「A君は何もまちがっていないよ。君が一生懸命なことはわかっている。そういう君でいいんだよ。さあ、一緒に掃除をしよう」
A君の心には、きっとこんな風に響いたのではないかな。「お兄さんは僕をわかってくれた」という喜びと安心感が、怒る気持ちをすうっと鎮め、勇気百倍でがんばる気持ちに換えてしまったのだと思う。

これは決して偶然のことではないと思う。
君が普段からA君と、いや、A君以外の人とも接するときの、相手への思いやり、その人を大切にして、穏やかにつながろうとする君の生き方の全体が、あの短い言葉にこもって、A君の心を温かく優しい色で染めつくしたのだと思う。

人と接するときの、自分の心の持ち方がどれほど大切かを、改めて君から教わったよ。
ありがとう。君を心から尊敬する。

そんな思いでお伝えしました。

かけがえのないあなたへ
素敵なきらめきをありがとう
出会ってくれてありがとう
生まれてきてくれてありがとう
どうか、ありのままで
どうか、幸せで

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