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ローマで卵を洗う

5年以上前、ローマの個人宅で、家庭料理を教えてもらったマンマの、そのマンマは、卵を割る前に卵を洗った。

「割って中身を使うのに、どうして殻を洗うの?」と私が尋ねると「どうしてかしらね。私はマンマからそう教わったし、マンマもそのマンマからきっとそう教わったのよ」と笑った。その時は、なんだか非科学的だし、単なる慣習みたいなものなのだろうか、と思って受け流した。もちろん、その後も私は、卵の殻を洗うことはなかった。

数年後、食品衛生について勉強していたときに、卵の殻には食中毒の原因になるサルモネラ菌が付着する可能性があることを知り、そこでマンマの話がつながった。おそらく、数世代前は、農場で取り上げられた卵が、洗浄されることなく市場で売られて、台所にやってきていただろう。そのとき、サルモネラ菌に関する知識がマンマたちに行き渡っていたとは思わないけれど、おそらく観察と経験から二次汚染を防ぐために、卵の殻は洗ったほうがいいと学んだに違いない。そうして、マンマはそのマンマから、そのマンマはさらにそのマンマから、卵の殻を洗うように教えられて、それが、台所の作法として残っていたのだろう。

現在、お店で買うような卵は、パック詰めされる前に洗浄されているので、殻にサルモネラ菌が付着している可能性は限りなく低い。科学的に考えれば、卵を洗う必要はないと言える。でも、なんだろう。あの時「あら、どうしてかしらね」と笑いながら、それでも卵を洗い続けたマンマの、なんとも言えない表情が忘れられない。そして、このことを書こうと写真を探したら、卵を割った手で、まさにパスタを捏ねようとしているマンマの写真がでてきて(手打ちパスタは少し寝かせるので卵は生の状態で放置されることになる)、人間の知はすごいなあと改めて思う。

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