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懐かしい街 (アイルランド・ダブリン)

イギリスに留学していたときから、何故かアイルランドに行きたいという思いを強く持っていた。
友達だったマレーシア人の子がアイルランドに留学をしていたという話を聞いたかもしれない。しかし当時、イギリスからは近い割に、私の住んでいた北部からはどうも都合の良いフライトが無く、残念ながら計画を見送ったことをなんとなく覚えている。

それゆえ、ブリュッセルからダブリン行の直行便があり、しかも安いなんて私にとっては嬉しい発見だった。もちろん、ケチな性分も作用して、値上がりしてしまう前にすぐにフライトを取った。3泊4日、ダブリンの同じホステルに泊まる。

ブリュッセルを出発した飛行機がダブリンに向けて下降し、厚い雲を抜けた瞬間に、飛行機の窓に水滴が着き始めた。雨だった。ブリュッセルだってもちろん雨は降るのだが、その窓が濡れている様子を見て「あぁ、アイルランドに着いたんだな。」と思った。

預け荷物がないのでいつも早く空港を出ることができるのは嬉しい。空港からバスに乗ってダブリン中心部へ向かった。なんとかExpressとかいう直行便でも良かったが、まだ昼で時間にも余裕があったので地元民も使うような市営バスに乗る。

バスは各駅停車しながら、街へ向かう。色々な人が乗ったり、降りたりする。
リュックを膝に抱えながら、なにかに違和感を覚える。
・・・英語だった。
そういえば、英語が公用語である国に来たのは大学生以来だった。
バスの運転手や、leap cardを買ったコンビニのお兄さんも英語を話していた。
いや、公用語だから当たり前なのだが。でも、フランス語に囲まれて生活してきた私からしたら違和感でしかなかった。
観光客だけど、観光客じゃないような、なんだかとても不思議な気分になった。

しかしもうひとつ、バスの中で気づいたことがある。それはアイルランド語だ。
よくよく調べると実はアイルランド語が第一公用語、英語が第二公用語という位置付けらしい。ただ、第一公用語であるにも関わらずアイルランド語を話せる人口はなんと全体の2~3%なんだとか。バスの中の案内書きには、英語とアイルランド語がそろって書かれていたので、なんとなく単語などを見て比べることができたのだが、どうも似ても似つかない。

そうやってバスの中を観察していたら時間はあっという間に過ぎて、宿泊先へ。
チェックインにはまだ早かったので、荷物だけ置いて街へ繰り出す。
雨がさっきまで降っていたのに、幸運にもホテルを出たら晴れていた。

私がアイルランドに行ったのは9月の上旬で、その日の気温は確か14度くらいだったのだが、どうも寒い。風のせいだった。風が強く、冷たい。私はダウンを着ていたので身体は寒さをしのぐことができたのだが、帽子はキャップだけしか持っていなかったので、頭だけは無防備で寒さを感じざるを得ない。どうも悪い予感がして、街中のショップへ入る。ダブリンの街中にはギフトショップが多いのだが、ニットなど織物系が非常に充実していた。有名なのはアランセーターという、特徴的な編み目と防寒に優れたものらしい。質も良さそうで思わず目移りする。大そうなものではないが、私は編み目が可愛らしい白いニット帽子を購入した。思わぬ買い物だったが何故か満足度が高かった。

装備も整えたし、天気も引き続き良かったので、バスに乗り少し海の方面へ出てみることにした。中心部からバスで1時間ほどする場所なのだが、交通カードも所持していることだし気軽な気持ちでバスに乗る。アイルランドのバスは、イギリスのように二階建てになっていて可愛らしい。私は観光客丸出しで2階の最前席に座る。天気も最高潮に良く、気持ちが良い。
だんだん忙しい街から抜け出していくのが分かり、バスは気づくとどんどん郊外に入っていく。それはもうかっちりとした制服を着た学生たちの群れが目に入る。隣には大きな学校の施設がある。全寮制なのだろうか。そういえば、こういうしっかりした制服を着た学生たちを見るのもイギリス以来な気がする。

気がつくと目の前には一面に海があり、思わず息を飲む。太陽の光が反射してとても綺麗だった。走っていたり、犬の散歩をしている人はちらほらといるが、人自体はあまり多く見かけなかった。かわりに、かもめが沢山いる。

私が目指す目的地の前に、バスは住宅街を抜けていく。明らかに高級住宅街であることがわかる。家がでかいし、庭がかなり整えられている。ふいに一度しか行ったことないくせに神奈川県の葉山を思い出す。

さてようやく停留所に着く。降りたのは私だけ、というか、乗客が私だけだった。
しかも停留所は相変わらずの住宅街。ここで合ってるのか・・・?
微妙に不安になりつつも、Google Mapに従い海のある方向へ。
少し坂を登り見渡すと・・・・そこには真っ青な海が広がっていた。


写真だけだとうまく伝わらないのですがとても綺麗だったのです。

一目で「あ、私ここ好きかも。」と思った。
海の色は水色で、手前には可愛らしい紫やピンクの花が咲いていて。
しかも人が少ない。一番嬉しい。
絶好の散歩スポットだった。青い海を見ながら、ゆっくり30分ほど歩いた。


どこかのマダムが放し飼いにしていた犬が私と一緒に歩いてくれた。

帰りのバスまで時間があったので、バス停近くのカフェで休憩することに。
入店した私に店員さんが笑顔で「Hello, how are you?」と聞いてくれる。
先の英語のくだりではないが、スモールトークにじーんとくる。
いつもはブラックコーヒーなのだが、その日はどうもミルクも飲みたい気分だったので、Flat whiteを注文することに。注文の流れで少し話をしていたからだっただろうか、出身を聞かれて日本人やでと答え、席に着く。

そしてこのコーヒーが運ばれてきて、思わず感動する。


Totoro !!! 

ラテアートはハートなどしか見たことないのだが、まさか私の出身を聞いてその場で作ってくれるなんてすごすぎないだろうか。まさにサービス精神と技術の合わせ技だった。

さて心がほっこりした状態でカフェを出た私だったが、気が緩んだのか、乗る帰りのバスを見事間違えてしまった。
中心部に戻るつもりだったのに、なぜか先ほど下車した場所に戻っている。
運転手に思わず聞いたところ「あーこれややこしいよね、I know!」と言われる。
見た目はやんちゃそうな兄ちゃんなのだが、彼は20分後に出るバスを丁寧に教えてくれた。それで無事に帰れたので良かった。私もめいっぱいThank youと伝える。

中心部へ戻ったときには、もう街は夕暮れ時だった。Temple barのエリアを歩くと、とても賑わっていることがわかる。人々の笑い声や、歌が聞こえる。パブからたくさんの音と光が漏れている。

以前ダブリンを旅行したことがある夫は、あまりダブリンでの街歩きが好きじゃないと言っていた。あくまで酒飲みの場所だと。わたしは逆の感想というか、まったく違う印象を持った。私の中に生まれたのは”懐かしさ”だった。イギリスでの留学時代を思い出した。立ち並ぶ天井が低いパブ、窓際や入り口付近に垂れ下がる可愛らしい花たち、昼から楽しそうに飲むおじさんたち。夜は店からあふれる陽気な酔っ払い。美しい教会や大学と、きれいに刈られた芝生。冷たい秋と冬の風、忙しく変わる天気。暗くも明るい街を歩きながら、留学した当初に感じた、新しい環境へのわくわくを思い出した。同時に、どこか所在無く感じていた当時の自分も思い出した。例えば、今日見た美しい景色や可愛いラテアート、バスを間違えて焦ったこと、木枯らしに凍えて思わず帽子を買ったこと、お腹が空いたこと、そういうことをすぐに伝えることができる相手がいなかったな、と。でも、それでもちょっとした人の優しさに救われてなんとか生きてことも。

街の中心を流れるリフィー川は、オレンジ色に反射しとてもきれいだった。

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