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日常という、その"人" や出来事を文字に残し、知ってもらうことに伴う繊細さ −こめ氏のこころぐ−

最近、手荒れがひどくなってきました、こめ氏です。

この季節になると例年同様に起きている症状なのだけど、多分今年はそこにアルコール消毒とやらを頻繁にしていることも、荒れをひどくさせている原因のような気がしている。

私の場合は手がカサカサになるだけでなく、しもやけになる。膨らんで痛くて痒くなる。
加えて、あかぎれが指のところどころに起きる。痛い。水がしみる。
しもやけについては手だけでなく、足の指も広範囲で起きる。痒い。うう。
ハンドクリームはもう欠かせない。手を洗った後は塗るようにしている。一日3回は確実に塗る。

さて、こめ氏がそんなことになっているくらいなので、こめ氏の活動するお山の大保木は非常に冷え込んできて、街とは4~5度ほど気温差があるときも。
今日は、その大保木note (ここ)での私なりの残し方について、気持ちも踏まえて書いておこうと思います。

大保木note あるある

多分、こちらのnoteを追って読んでくださっている方の中には以下のようなことを思ったことがある方もいるのではないでしょうか。

日常って言ってるけど、だいたい行事ごとやないかい
公民館がほとんどやないかい
飯、食ってばっかやないかい (料理系の内容多めやなぁ)

などです。どれも、おっしゃる通りです(笑)

行事ごとの話題が多くなる理由としては、基本的に私も別の仕事もしながら公民館に顔を出しているので、なるべく行事ごとのある日に行けるようにしている、というのが主な理由です。

その方が、大保木の皆さんとも触れ合えるし、微力ながら多少準備や片付けにも加われて内容も濃いものになりやすいので、大保木の動きが伝わるかなと思っています。

そもそも、大保木、それも大保木公民館で行われる行事は多いのです。
今は例の感染症でだいぶ減っているけれど、多い月だと10回くらいイベントがある。
現状でも、参加してはいるけれど、書くのが間に合わなくてnoteに投稿していない活動も多数ある状況。

その理由として挙げられるのは、この大保木は少し特殊な地域で、地域内の活動の多くを公民館が担っている部分があるということ。

もちろん全部が全部ではないが、大概の地域は自治会が地域活動のそのすべてを担うことが多いところを、大保木では大保木で行われる各行事・イベントごとにおいて、公民館に任されている役割が割と多い。

それが良いか悪いかは別として、故にここに関わっていたら、大保木の中で起きることや起きていることがよく分かる。
そんなわけで、私は公民館によく足を運ぶので、公民館の内容が多くなる傾向があるわけです。

公民館もなかなかに動き回っているし、いつ行ってもなんだかんだバタバタしている気がする。(笑)
昔からの慣習もあるのだろうが、人口が少ないことも、公民館が大保木で駆け回る回数を増やしているようにも感じられる。

食べる内容が多い、つまり、料理系イベントが多いのは、それは純粋に大保木の方々が料理するのが好きだからであります。(笑)
料理を作って、食べて、みんなでしゃべって時間を過ごす。
主事さんが言うには、それが楽しいと感じる人たちが多いため、料理関係の内容が必然的に多くなるのだそう。

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もともと、公民館は地域の人の拠り所、一つの居場所、活動拠点として、地域と学校、そして社会を、行政の機関として行政と連携しながら繋いでいくところ。

私としては、こんな山の中にあったら一層地域の人たちの気軽にいける場所になっていったらいいなと思うし、現状、その役割を果たしているように思う。

公民館は社会教育を担い、そこには様々な機能があるが、大保木のような若者のほとんどいないこうした田舎では、高齢者の健康維持・促進などのためにも機能する。

その中の一つが前回投稿した健康づくり推進員の出てくる料理教室などの食に関わる諸々の活動になるわけです。

まあでも、これだけ田舎だったら、食べることが大きな楽しみになるでしょう。
いつ、どこで、誰と、何を使って…、つまり "どう食べるか"

それは活動する上でのモットーとか指標とかにはとくになっていることではないけれども、私はこの大保木では大事なテーマなのだろうなぁと思っています。
多分、気づかないうちにそういうことになっている、いわゆる隠れテーマではないかと。

人の書き方・写真について、伝えておきたい

本当のことを言えば……、めちゃくちゃ写真を載せたいのです。

もっと個人個人の顔や名前を載せて、その人たちのことを紹介したいっ!
その方が大保木のことをより具体的に書けるし、何より大保木に興味を持ってもらえるフックの数が増えるし、それによって、一人でも多くの人に「大保木に行ってみたい」と思ってもらえるようになると、私が信じているからだ。


よく、大事なのは、人を惹きつけるのは、
お金でも場所でも地位でもプロジェクトでもなく、人である
と言われる。

私はそのことに気づいているし、大保木には間違いなく、ここにいる一人一人に魅力がある。
それを知っているからこそ、その"人"のことを私は発信したい。

とはいえ、最近はコンプラがなんだと騒がれる時代。個人情報も易々と載せるわけにはいかない。
それも、私の表現したネット上の内容で誰かが何か被害を受けることがあってはいけない。

そんなわけで、こうして掲載するときには、

名前を載せるが、その人だと判別できる写真はなるべく掲載しない。
もしくは、名前を載せないが、情景や表情のわかる写真を載せる。ただ、載せるとしても集合写真とか集団の中にいる、顔が横向き、下向き、遠くにいてよくわからないものなどを中心に。

と、いう具合にして名前と顔が一致しないようにしているつもりです。
大保木の皆さん、大保木の女性陣とか、そういう表記をすることはけっこうある。

けれどこの大保木には、何かの組織で活躍され、すでに顔の割れていて世間一般に知られている方もいるので、そういう方の場合は言葉に気を付けながら、できるだけ表現していきたい。

あと、写真の向きや大きさなど、撮り方がイマイチだと思われているのではないかと思いますね、はい。(笑)

大保木のnoteで出てくる写真は、ほぼ全て、こめ氏自身が撮影したものです。他の誰かやどこかのサイトから拾ってきたものではありません。なるべく、私のできる範囲で、かつ大保木多めにしているのです。そうじゃないのもあるけど。

私にとっては写真を綺麗に、いわばインスタ映えするようなものを取ることよりも、活動の様子をカメラに収める、ということの方が第一に大事なのです。

私自身、カメラマンではないのはもちろんだが、編集スキルがどうとか、上手くなろうとかそういう気持ちがとくにあるわけでもないので、カッコよく素敵な写真を撮るのは二の次。
角度とか位置とかこだわっていたら、作業が止まって迷惑をかけることもあるかもしれないし。

あくまで場に参画したり、そばで活動を見たりすることがメインなので、写真撮影自体にはそんなに重きはおいていないのです。

そういった理由があって、これまでの写真は撮られてきたわけです。
…とはいえ、、、もう少し、こう、上手に撮れるようになるといいよね…うん。
見てもらおうとしているわけだから…やっぱり、見応えのあるというか、きちんとした一枚を少しでも増やせるようにはしていきたいね…。

いつも微妙な切り取りの写真が多くてすみません。
(このnoteを通して、自分のカメラスキルを思い知ったこめ氏であった。)
自分も周りも無理にならない範囲で頑張ろう。

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個人情報の取り扱いについて、思い悩む

ところで、こうやって大保木の皆さんを記事のような形で取り上げることについては、既にお話をしていて多くの方のご理解とご協力を得ております。

大保木のことを外の人に知ってもらいたいので、撮影した写真を使い、記事にして活動の様子をネット上で発信させてほしい。

その旨はお伝えしています。
中には、イケメンに撮って載せてくれ、という方もいたくらい。(笑)

でも、ちょっと…どうなのだろうか…と思うときがある。
いや、イケメンに撮ることが、ではない(笑)

よく、"個人が特定されないように"と言われるが、
これは本当に大切なことなのだろうか。見せ方も守り方もその時々でいろいろあるのではないだろうか。どこまで守ればいいのだろうか。どこまでなら情報公開が許されるのだろうか。

写真については、撮影の可能な場面、どこかに掲載の可能な写真というのは極めて曖昧なものだ。

この建物は撮影してもいいって言ってたし、さっきの部屋も撮影してよかったよね?
プレゼンしてるし、広く見られてもいいんでしょう?
あの人は個人のSNSで投稿してるから、自分も投稿していいよね?

そんな疑問というか、適切かどうかはわからない認識を抱く場面に人は遭遇することがある。

条件や立場を踏まえるというのは案外難しい。
それも、こうした場面が重なるほど、このときの気持ちは蔑ろになりやすい。


考える余裕がなかったり、発信したいという気持ちが先行してしまったりして、ひとまず知っている話聞いた話ではあるし、載せておこうとすることもある。

けれど中には、記事にしていいかどうかまでは、はっきりとはわからない…のに事柄を記載していることってある気がする。

誰かの確認が必要な書類でもないため、自分の裁量で決めて書いている部分はやはり多くなる。よし、いいな、と自分が勝手に思って記述している可能性は十分にある。

多分、日常を発信しようと思うからこそ、もっと生活に、日々に寄り添いたいからこそ、
その人自身のことや出来事をもっと詳しく記したいと思うわけで、
だからなおのこと、家とか身分とか、プライベートな部分を侵すことのないよう気を付けようと思うし気を付けないといけないわけで、

とはいえ、これだけ狭い範囲の場所で、関わる人も大方決まっているようなところで記事にしているわけだから、全く身の上に触れないということもできないし、呼び方に関してはおじいちゃんおばあちゃんという呼び方もあまりしたくない。

その呼び方は各々の存在を一括りにしているような気がするし、そもそも、大保木の人たちには合わない。なんでか違和感があるのだ。おじいちゃん、おばあちゃん、という感じではない。彼らは見かけによらず、若いのだ。この話は別途することにしよう。とにかく相応しくないわけで、

でもなるべく、暮らしとか日々の活動とかここならではの行事とか、その人らしさとかを知ってもらいたいわけで、というのはそれが大保木の魅力につながる、各々が出してる色というか味なわけだから…

いろんな思いが頭の中を行き交う。

この文章を、いつもここに残す度、大保木の人たちは大保木にどうなってほしいのだろう、私は大保木をどうしたいのだろう、そんなことを考える。

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メディア関係者が許可を得て、ラーメン屋や、そこの常連客を載せて、広報誌やテレビのニュースにするのは認められている。

でも、許可さえ取っていれば、なんでも載せていいわけではないのではないか、とも思うのだ。

いや、正確にいえば、許可してくれている相手の本当の気持ち、心の底を知ることが大事な気がしている。
それは、簡単ではないのだけど。

そもそも、記事にします、の言葉は聞いたけど、
こういう記事にされることをよく分かっていなくて許可してしまったとか、
発信するのはいいよって言ったけど本当はあんまりされたくなかったとか、
そもそも最初の記事宣言をその場にいてもよく聞いていなかった人もいるだろうし、居合わせなかった人もいたわけで。

誰にどこまで届いているのだろう。
みんな、どの程度、理解し受容してくれているのだろう。

このnoteに対する、それぞれの考え方、捉え方、気持ちは、正直わからない。
毎回毎回、記事にしたい事に出会うたびに、記事にしてもいいですかと聞いているわけではないし、ネットに対するこうしたメディアの見方も多様だ。

これはいいけどこれは載せないでなど場面ごとに思う気持ちは変わることだってある。そうでなくても、人は毎日、多方面から刺激を受けていて、考え方も気持ちも日々移り変わっていくもの。

そう考えたら…
そのときの様子をいかに切り取ってここに書いていくのか、ということは、もっと慎重にというか、一つ一ついろんな部分に配慮して残していかなきゃいけないんじゃないかという気持ちになる。

となるとなんだかんだで、書ける情報は少なくなりそうな。
味気ない、中身のあんまりない、大保木っぽさの出ない文章になってしまうんじゃないか…。
そんなことが少し気がかりになる。

でもやっぱり何かあってはまずい、とは思うから…書きたい気持ちを抑えて、多少は制限をかけていくかなあ。

個を意識しなくても、大保木が伝わるような書き方ができれば、それでいいのかなあ。

個人に興味を持ってもらいたいけれど、それをやるんだったらインタビュー形式で、きっちり書くことを自分と相手に明確にした方がよさそうかなあ。

少なくとも、たまにお目にかかる方には、逐一、載せるという事情をきちんと説明しておくべきね。


この大保木の雰囲気やそこにいる人柄に、私もゆるっとしてしまいがちだけど、もう少し神経を使って、なんとなくとか勢いに任せてとかにならないように、考えて外に出すようにしよう。

でも、そんなに思い悩まなくてもいいんじゃない?という自分も心の中にはいるのだ。気軽にやりなさいよ、と。

そう思うんだけどねぇ…後先考えると。。

でも考えすぎると、止まっちゃってだめなので、ひとまず、今後はちょうどいい表現方法、手段を模索しながら、noteを残していきたい。


あんまり気負いせず、note を楽しんでいけるのがいいなあ


以上、今日のこめ氏でした。

記事を書いている最中、ずっとクリームを手に塗り付けていた人より




広報活動や事業づくりなど、これからの大保木を盛り上げるために使っていきます。