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 定年が延長されるのは公立学校教員だけではない。
 公務員はみな延長される。
 警察官も消防士もそうだ。

 私は自身が役職定年を迎えるに当たり、ネットでいろいろな記事を読んで回った。

 消防士の方が書いた記事を読んだ。
 定年延長となった消防士が、年下の隊長の配下に入る。
 何かの役職に就いていた消防士も役職定年となり、今度は一消防士として現場に戻るのだ。
 それを懸念する内容だった。
 それはそうだろう。
 60歳を超えた消防士の気力体力は、当然ピークを過ぎている。
 命がけの災害現場に、そんな気力体力に不安のある年長者部下がいたら、隊長は要救助者のことに加えて、その年長者部下の安全も気にしなければならない。
 年長者部下が、かつての自分の上司だというケースもあるかもしれない。
 隊長だって指示が出しにくかろう。
 現場には余計な負担が増える。
 これは、消防チームにとっても、助けを待つ人々にとっても、小さくないマイナスではないだろうか。

 警察官も同様だ。
 かつては署長だった人が、役職定年となり、定年延長で今度は交番のおまわりさんとして勤務するケースも出てくるらしい。
 警察は厳しい縦社会と聞く。
 署長だった人に交番勤務が務まるのだろうか。
 気持ちが、モチベーションが、もつのだろうか。
 交番のおまわさんだって、時には窃盗犯を追跡したり、暴力団と対峙したりしなければならない場面があるだろう。
 事件は会議室で起きているのではない。現場で起きている。
 それまでずっと会議室にいた、気力体力もピークは過ぎたが元署長だからプライドだけは高い60歳超えのおまわりさんに、現場で事件に対処するなんて、それはそれは簡単ではないだろうと想像される。

 消防士や警察官に、学校の初任者指導教員みたいな役職はあるのだろうか?
 「教場」というテレビドラマでは、警察官を指導する指導官という役職が描かれていたが、あれは事実なのだろうか?
 私は学校現場しか知らないので、分からない。

 学校関係者が書いた記事も読んだ。
 定年延長された教員を歓迎する論調のものは少なかった。
 というか、無かった。
 それはそうだろう。
 今、校長のこの私だって、自分より年長の者が職場にいたらやりづらい。
 若者にとって年長者は煙たいものだ。
 もちろん、年長者の存在がありがたい場合もあるだろうが、煙たいケースのほうが多いだろう。
 「自分は校長だ」という方の書いた記事もいくつか読んだ。
 たとえオファーがあっても自分は現場には戻らないと書いてあった。
 賢明な判断だと思う。
 校長室でずっと座って仕事をしていた人が、いきなり子どもたちと走り回れるわけがない。
 やめておくのが無難だ。
 感覚だってもうすっかり今の子どもたちとずれているだろう。

 それに管理職に就いている人が、必ずしも授業がうまいとは限らないのだ。
 私は、学級崩壊していた人が、翌年教頭になった例を知っている。
 学級は崩壊していたけれど、管理職試験には受かっていたからだ。
 授業は下手だけど管理職にはなれたという校長・教頭は一定数いるだろう。
 そんな管理職が、校内の若手の教員たちに授業についてあれこれ指導するケースがある。
 的外れもいいとこだろう。
 彼らは、役職定年になったとして、学級担任に戻りたいと思うだろうか。
 絶対にいやだろうなと思う。
 若いときでさえ学級をうまくまとめられなかったのに、気力体力もピークを過ぎ、しかもブランクもある身で、学級をうまくやっていく自信があるわけがない。
 うまく学級を経営できなくて、「なんだよ、あれだけ偉そうなこと言ってたくせに」と周りから言われるのに耐えられるわけがない。
 だから、子どもや保護者と直接向き合うことがまずない初任者指導教員に、退職教員たちはみんななりたがる。
 初任者教員相手に、ああだこうだと指導だけしていればいい仕事だから。
 学級担任よりずっと楽な仕事だ。

 初任者指導教員は、再び災害現場に向かわなければならない定年延長の消防士よりずっとましな仕事だ。

 消防士にしろ、警察官にしろ、学校教員にしろ、60歳を過ぎた公務員の勤務先は、元の職場ではない場合もある。

 消防士なら、自治体が持っている防災公社や日本消防設備安全センター、危険物保安技術協会、都道府県の消防設備協会、地域の大病院などなど消防関係団体へ再就職する道があるらしい。

 警察官もまた、警察共済組合、警察所や役所の相談員、民間企業の相談役、自動車学校、警備会社などへ再就職する道があるらしい。

 教員の場合も、学校以外だと、図書館、給食センター、役所の支援員、教育委員会の支援員などといった仕事がある。

 公務員の話から離れるが、60歳を超えても、若い人たちと同等の仕事をしている人もいる。
 しかも、体を使う仕事でだ。

 「王様戦隊キングオージャー」というテレビドラマで、戦隊メンバーの「中の人」を務めるスーツアクターの1人の方は、なんと61歳!
 1962年生まれだから私より1歳上だ。

 ウルトラマンや仮面ライダーやスーパー戦隊のスーツは、視界は悪いし息は苦しいし暑いし重いしで、ただ着て立っているだけで大変な代物だ。
 若い人にだって重労働なのだ。
 それを61歳で身にまとい、若いスーツアクターにまじって、激しいアクションをこなしている。
 このスーツアクターの方は、若い頃からずっとスーツアクターの仕事を続けており、60歳を超えてもなお第一線で活躍し続けている。
 こういう方の話を見聞きすると勇気がわいてくる。

 私は2024年4月からは一教員として現場に戻り、できれば学級担任で教壇に立ちたいと思っている。
 体力的な面も、こういったスーツアクターの方の例を知ると、自分だってがんばればできるはずだと、不安が吹き飛ぶ思いだ。
 しかも、消防士のように火の中に飛び込まなければいけないのではない。
 警察官のように、強盗と対峙しなければならないのでもない。
 スーツアクターのように、動きづらい格好で激しいアクションをしなければならないのでもない。
 少なくとも大けがのリスクは無いのだ。
 これはとても恵まれていることだと思う。
 また、私は子どもたちに授業をするのが好きである。
 好きなことで仕事をさせてもらえるのだから幸せだ。

 よく校長の話は、長くてつまらないものの代名詞として話題に挙げられる。
 私自身、自分が小学生のときの、毎週月曜朝の朝会での校長の話が苦痛だった。
 貧血を起こして倒れたことが何度もあり、月曜日の1時間目は保健室のベッドが指定席だった。

 だから私は、朝会での自分の話で心がけていることがいくつかある。
 話は短く。長くても5分だ。
 言葉は簡単に。小学1年生だって聞いているのだ。
 ちょっとおもしろく。笑いが起きれば最高だが、漫談をやっているわけではないので、まあ笑い声は無くてもいい。でも、私の話を聞いている子どもたちの表情がちょっとにこっとしたりすると、ああ良かったなと感じている。

 一教員に戻ってからは、校長として全校朝会で話す機会は無くなる。
 だが、毎朝、教室の子どもたちに話をすることになる。
 教室には「朝の会」「帰りの会」といったものがあるからだ。
 何年生の担任になったとしても、短くて楽しい話を心がけたい。
 体力が年々おとろえていくのは仕方ないかもしれない。
 だとしても、ちゃんと話のネタの準備をし、子どもたちにおもしろい話をし続けるぞという気力のほうは、おとろえさせないようにしていきたいものだと思っている。

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