#9 やり場のない怒りは涙に変わる
2019年6月15日。
太陽が眩しい。日射しはもう夏だ。
しかし、空気はねっとりとじっとりと重く、まるでサウナにでもいるかのように、地面から熱を帯びた空気が上がってくる。息をするのがおっくうになりそうになったところで、私は空を眺めた。雲一つない青空を見て、そんなサウナ気分をチャラにする。
私は今日、Cさんと久々に再会する。
Cさんは私の地元で知り合ったスピリチュアルカウンセラーさんだ。つい先月、次の帰省時にはぜひ会いたいとメールをした。
すると驚いたことに、Cさんは今私が住む地に引っ越していた。私がこの地に住んでいることは話していなかっただけに、こんなことがあるなんてと、互いのメールは喜びで絵文字だらけになった。
Cさんとはファミレスで会うことになっている。朝から、いや、会う日が決まってからずっと、私は心の中で小躍りしながら、この日を待っていた。
店の前で、まるで初めてのデートで緊張する男子高校生のように、私はウキウキしながらCさんを待った。
いろんな人が出入りするファミレスは待ち時間の人間観察にはちょうどいい。
まるまる太ったかわいい親子、ちょっと時代遅れなチンピラ風の親父、ドリンクバーで何時間も粘りそうな高校生。しかし、まずこの同じメンバーで同じ空間を共有することは二度とないだろう。そう思ったら、チンピラ風の親父すら、なんだか親戚のおっさんのような気がしてきた。
そんなことを思っているうちにCさんが現れた。お互い瞳を見て久々の再会と不思議なご縁に感謝を口にして入り口に向かう。
チリンチリン
入り口の重いガラスの扉を開けると、扉についた鈴が誰に向けるわけでもなく涼しげな音色を奏でている。
隅の席に座ると、私たちはドリンクを注文した。
コーヒーカップは上品に小さい。私の手の中に可愛くおさまると、中のコーヒーがジッとこちらを見つめている。いや、そんな見つめられても、私は飲みますよ。飲み干しますからね、と見つめ返した。
Cさんに久しぶりのご挨拶をし、早速本題に入る。今日は全部言う。丸裸になる。そう決めてやってきた。気合だ、気合。
彼とのいきさつを話すと、Cさんは開口一番に言った。
「今日ここに来るまでね、ずっと感じてるのは、頑張って楽しむ、っていうメッセージなんです。」
昨年度の一年間、娘の学童で役員を務めた。先生方の給料計算から振り込みなど一般の会社の総務や人事にあたる仕事を、本職の合間に行ってきたのだ。任務が完了したのは4月半ばのことだった。
だからか、彼のことは頑張った私に神様がくれたご褒美だと思って疑わなかったし、Cさんの言っている意味もすぐにわかった。
Cさんのリーディングによると、過去世で彼はお屋敷のお嬢様だったらしく、私はそこで雇われている身だったらしい。年の差も身分の差もあり、2人の恋は成就せずに終わったというのだ。
「名前か、名前ね。あー。なんかね、お嬢様にとってあなたは本当に愛しい人で、唯一ファーストネームで呼ぶことを許していた相手なんだって。当時の彼女の名前まではわからないけど、今と同じアルファベットから始まるみたい。」
名前が過去世の繋がりを思い出させるひとつの鍵であったことは間違いなかったようだ。
続けて、彼とのやり取りが時差もあって頻繁にできない不安を告げるとCさんはこう言った。
「過去世に比べたら連絡できるだけましじゃない、って言ってる。お互いすごく好きだったのに、彼女は親が決めた結婚をせざるを得なかった。その後は会うことはもちろん、手紙のやり取りさえできなかったみたい。すごく辛かったと言っている。」
Cさんの目にはうっすら涙が浮かんでいる。
「あ、そしたら今、最後に彼女が屋敷を出て行く日のことを思い出してみましょうか。そしたら実感できるはず。」
そう言われ、私は目を閉じた。
暗闇の中に、彼女が悲しい顔をして馬車に乗り込むところが目に浮かんだ。
その後、涙がぐわっーと、自分の意思に反して流れてきた。
悔しさ、虚しさ、不甲斐なさ、悲しみ、それらが入り混じった複雑な気持ちが一気に込み上げて、涙が止まらない。
私たちの席の前に座っていた5歳ぐらいの男の子が不思議そうに私たちを見ていた。
「なんで?私、涙が止まらない。」
体と心と脳がそれぞれに何かを感じているようだった。ただ一つ、私がはっきりと理解できたことは、「今度は絶対にこの人を離したらダメなんだ。」ってことだ。
つづく...
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