F#5 私今まで誰だったんだろ
2025年5月14日。
ずっと気付けなかったことがある。
自分のことなのに。私、ダサかったなぁ。
買い物帰り、私は青い空を見上げて5年前を思い出していた。
それまでの私は自分が何を欲しているかはもちろん、それが自分の中に存在していることすらわからないでいた。
平均で生きればいいよ、出る杭は打たれるから。
そうやって、自分のやりたいことは追いやっていた。蓋をするとはまた違う。欲望を寄せ付けないというのが正しいか。かき消すというのが正しいか。
そんなふうに、表面的に生きてただけだと気づいたのがようやく5年前だった。
ダサっ。
そう過去の自分を嘲笑しつつ、私は買い物袋を反対の腕に通した。今日彼は珍しく仕事だ。
ビールなんて買うんじゃなかった。ビニール袋が、歩くたびに腕に食い込む。調子に乗って3本も買うからいけない。
家まではたいした距離ではないのに、この夏のような日差しに根負けして、途中小さなカフェに立ち寄る。小柄なマスターとはここに引っ越して以来の付き合いだ。
「いらっしゃい。あれ?今日1人?なんだかご機嫌だね。なんかいいことあった?」
マスターは、そう言いながら既に私の「いつもの」を準備している。
「うん、今日はひとり。今あることを思い出してた。」
「なんか楽しそうだねぇ。」
マスターは、客との距離感を心得ている。その会話はまるで釣りのキャッチ&リリースみたいだけど、そこはマスターの人柄だ。悪気はない。
ホットコーヒーを飲むとふんわりと優しい気持ちに包まれる。当時の気持ちを思い浮かべた。
仕事に役立つコミニュケーションスキルを学ぼうと習い事を始めたが、とんでもない。深掘りしていくと、私の抱えている問題は「自分を愛せていないこと」だったから驚きだ。
さらに厄介なのは、そのことに気付いていなかったことである。
自分を愛せない、大切にできない。
何をどうしたいのかわからない。
何が欲しいのかわからない。
だから言われるがまま、平均的ないい子できた。その方が楽だったからだ。
「ねぇ、今日はどうするー。旦那にはアイスティー持って帰る?」
マスターがカウンター越しに尋ねてくる。
「うん。そうするー。」
マスターは彼がコーヒーを飲まないこともちゃんと知っている。私が答えるとにこり微笑んで、アイスティーを作り始めた。
「欲望にとことん素直になってみ。」
ふと、恩師からの言葉が脳裏をよぎった。あの時そう言われて、自分が本当に欲しているものが浮き彫りになった。彼だ、彼と生きることだってわかったんだ。
「いい格好しぃはやめなあかんで。」
関西弁の恩師の言葉を思い出して私はまたふと笑ってしまった。
「何?そんなに面白いのー?今度教えてよー。はい、アイスティーできたよ。」
マスターはちゃんとタイミングを測ってアイスティーを作ってくれた。
愛だよなぁ。
私は心の中でそう呟いた。
あの時まで私は私じゃなかった。でも、じゃあ誰だったかなんて、そんなことはどうでもいい。
大事なことは、今がとっても幸せだということだ。
2025年5月14日。
今の私の毎日は今日の晴れ渡る空のよう。
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