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P#7 記念日があるとするなら

パムはリエベンに自己紹介をした。

雇い主である主人の愛娘だからリエベンは当然ながらパムのことは知っている。しかし、パムにとってはこの時が「初めまして」だ。

屋敷から出ることのなかったパムには遊び友達などいなかった。

年の離れた姉たちのあとをくっついてはいつも煙たがれている。パムにとっては、こうして誰かと遊べることはとても特別だった。

友達を作るってもしかしてこういうことなのかしら、とワクワクした。

「あなたのことも教えてほしいわ。」

パムは無邪気にそういうと、リエベンに自己紹介を促した。

身分が違うとはいえ、七歳の小さな少女が完全に会話をリードしている状況に、リエベンは思わずくすりと笑ってしまった。それを見たパムも、リエベンが笑う理由がよくわからないまま、つられて笑った。

「リエベンと申します。普段は厩舎で馬の世話をしたり、客車の整備をしています。今日はパムお嬢さまの遊び相手に命じられてとても光栄です。」

リエベンがそう言い終わると、パムはさっきまで緩んでいた表情をきりり引き締めて言った。

「リエベン、わたしのお友達になってほしいの。」

髪の毛の大きな赤いリボンだけが風に揺れている。

「あのね、わたし、青いお空の下でわたしと一緒に遊んでくれるお友達がずっーとほしかったの。わたしのことはパムお嬢様だなんて呼ばないで、パムと呼んで。お友達はそうやって名前で呼ぶんだって。」

パムは呼吸もするのを忘れたかのように一気にそう言い放った。

リエベンは一瞬戸惑った。

しかし、次にいつこうやって遊び相手を命じられるかはわからないし、ここで反論したところでパムを傷つけるだけだ。素直にわかりました、と頷いた。

主人たちが準備を終えて屋敷から出てくるまで、それほど時間はかからなかった。

リエベンは、パムが小さく投げるボールをわざと取れないふりをしては、パムにはかなわないという素振りを見せた。パムは自分はまるでボール投げの天才かのように得意顔だ。

屋敷前がせわしなく動き始めたのに気づき、二人はボール遊びをやめ、屋敷へ向かって歩き出した。パムは嬉しくてスキップしてリエベンをおいて、先へ先へと進んでいく。

主人たちの前まで来ると、リエベンは丁寧に礼をした。その様子は主人への忠誠を表すのに十分すぎる礼だった。

「さあ、パム。もうそろそろ屋敷に入りなさい。あぁ・・・何と言ったかね、少年。」

「お父様。リエベンよ。リエベンは私の大切な友達なんだから。ちゃんと名前を憶えて下さるかしら?」

そう言って、パムは父親を諭した。主人は笑いながら続けた。

「そうだった、リエベン。助かったよ。ありがとう。さあ、君も仕事に戻りたまえ。」

「かしこまりました、ご主人様。お嬢様、今日はお相手ができて光栄でした。」

そう、リエベンが答えるや否や、すかさずパムは言った。
 
「リエベン、約束したでしょ!わたしたち友達でしょ。お父様やお母様の前でもわたしのことは必ずパムと呼んで。」

返事に窮して急に落ち着かなくなるリエベンを見て、主人は微笑んだ。

「リエベン。パムがそう言うのだから、ここはひとつそうしてやってくれ。」

そういうと、主人たちは馬車へと乗り込んだ。

しかし、何という一日だったのだろう・・・主人たちを見送りながら呆然と立ち尽くすリエベンに、パムが黄色いものを差し出した。

「ん・・・・?タンポポ?」

パムはにっこりと笑って、スカートを両手で持ってお辞儀をすると、屋敷の中に駆けて行った。お辞儀をしたときと駆ける姿がまるで別人のパムを見て、リエベンはまた一人、くすっと笑った。

リエベンの手の中のタンポポはしおれてぐったりとしていたが、それは二人の友情の始まりの証の花だった。

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