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私はパニック障害になってから9年間働いていなくて家にいる。
その間、プライベートで日本語を教えたりはしたが、外に出て働く気にはなれないまま9年が過ぎた。

4月ごろから体調が上向きになり、今まで出来なかった色々なことが再びできるようになってきたせいか、突如として再び働きたい!という欲求が湧いてきて自分でもびっくり。こんな日が来るなんて。心の中で自分はもしかしたら一生このままかもしれない、同世代の友達が仕事や趣味の世界で活躍しているのを羨ましく横目で見ながら自分は終わっていくのだろうか、と秘かに絶望していたのに。

働きたいと思っているのは、自宅から少し離れた都会にあるこぢんまりしたお店。木でできた可愛らしいクッキーの型やめん棒を売っているカントリー調の小さなお店。私は前々からここのファンで自分でも客として買い物をしたこともある。
偶然お店のHPを見たところ、なんとアルバイトを募集しており、まだ体調に不安は残るものの、曰く言い難い吸引力を感じ、偵察を兼ねて昨日こっそりお店をのぞきに行ってきた。

お昼前で、街にはそれほど人もおらず、お店は若い店員さんが一人で店番をしている。
私は客を装ってあれこれ売っているものを眺めたり、店員さんに質問したりしてみた。このお姉さんは不愛想でもないが、聞かれたもの以外のことには積極的に答えるでもなく、ま、普通のドイツ人の販売員といったところ。第一笑顔がない。もっともこれはこの人が珍しいのではなく、サービス業に準じるドイツ人は大半がこのような感じ。笑顔の人に当たればラッキーなのだ。

そこへアメリカ人とおぼしき二人組の中年女性が入って来た。大きな声でいろいろ話しながら商品を品定め。そのうちの一人が店員さんに向かって
「あなた英語おわかりになるかしら」
店員さんは、ハイと答えてそちらの方に行った。
昔から外国人に興味津々の私は全身を耳にしてそちらの方を伺う。

アメリカ人婦人、
「クッキーの型で何か典型的なドイツらしいものを探しているんだけど。ビールジョッキの型とかないかしら」
「ああ、そういうのはありません。こちらの方にプレッツェルならありますよ」
「ああ、そうなの。残念。なら今日は別のものを買っていくわ。ノープロブレム。私どうせ来年もドイツに来るからその時また寄らせてもらうわね」
アメリカ人のお客さんは極めて陽気にさっさと買い物をして出ていった。

私だったらまずもう少し笑顔で対応するなあ。それから、
「ビールジョッキの型ですか。残念ながら今はありませんが、いいアイデアですね。お客様からご要望があったと上司に伝えておきます」
と言う。そして最後には「来年も是非いらしてくださいね。よいご旅行を」と笑顔で送り出すだろう。
おまけに「どちらからいらっしゃったんですか」と会話を始め、あれやこれや世間話をせずには帰しませんぞ。セールストークがどうのこうのというより、私場合、ただ単に人間に対する興味過多というか多大な好奇心があるので、自然に話しかけずにはいられない感じ。根は引っ込み思案なんだけどね。

エラそうではあるが、この数分のお客さんへの対応を見ただけでも、これなら私にもできるのではと思ってしまった。日本でも接客の経験はあるし、ドイツ語ではネイティブに適わないが、笑顔でフレンドリーな接客ならたいていのドイツ人より出来るのではないか。というか、日本人にとっては当たり前のことだろう。
ああ、パニックさえなければ、不安さえなければすぐにでも応募するのになあ。

突如として湧き起ってきた再び働きたいという思いと、まだまだ残る体調との不安。それらがせめぎ合ってまだ踏み出せない。もどかしい。

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