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「集」から「個」を活かす魔法(4/5)

ここまでくると、なんとなく世界共通の「個人主義」といった定義などないように思えてきます。すると、日本に根付いている「個人主義」はどういうものなのだろう。

日本に帰国したあといくつかのチームを観察していて気づいたことがあります。関係が長く良好なチームほど、リーダーシップも上層からの指示すらなくとも、お互いに不足を補い合い意思疎通ができるのです。想定外の顧客要求などによりカバーしきれずに突然できた「隙間仕事」をメンバー同士が自律的に補完し合うのです。まるで奇跡のような現象です。それを他人に話すとそれのどこがすごいのかと聞き返されました。ほとんどの人があたりまえだと思って行動していてその特異さに気づいていないのです。もちろん欧米にも助け合いの精神はあります。しかし、些細なことから大事まで組織全体で慮りながら一斉に行動を起こすような現象は稀だと思います。雇用契約に明記されていなければ職務外になる環境ではなかなか起こりにくいのではないかと思います。

チーム全体を俯瞰しつつ、行動の自由は個人の裁量に任され、ひとりひとりが自律的に活躍できる。これは同系の民族が集まったからこそ生まれた相手を「慮(おもんばか)る」日本独自のプロセスだと思います。

海外に目を向けていいものを取り入れようとする姿勢もまた他国にはない日本人の素晴らしい気質だと思いますが、己を知らずして本質を軽んじ見落としています。自分の特性があたりまえすぎて、この奇跡の現象に気づいていないようです。

最後にひとこと付け加えるなら、現場で起こっている不条理の原因をいまいちど純粋な目で紐解いて見てほしいのです。ほとんどの場合、集団主義(そのような定義はないのだけれど)などではなく、根本原因は雇用関係や、受託関係などの不利な立場を利用した理不尽な主張だったりするのです。要するに仕事上の関係性やチームワークにおける人間関係に問題があるのです。

日本にも独自の「個人主義」は根付いています。にもかかわらず問題の本質に向き合わず、「集団主義」という悪習が問題だという抽象概念に丸投げし、思考停止を起こしているようにみえます。そこを無視して子供の教育を語るのはさらに危険ではないかと思うのです。

つづく

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