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〔SE2:プロット〕サイズミック・エモーション2/全体設計(仮)

【はじめに】
 タイムスタンプは2006年07月02日。〔サイズミック・エモーション〕が出版されて一ヶ月か二ヶ月後、続刊の可能性がなくなって独自に発表する手段を模索していた頃のテキストだということになります。
 未発表の短編を含む三人娘のドタバタ劇を主軸とし、その幕間を繋ぐ形で久瀬隆平の担当パートが入って、やがて最後に日向みつきと久瀬隆平の物語として集約する……という設計だったようです。


Introduction

 先進諸国の情報機関が結託し、首都東京へ軍用機まで持ち込んだあの有事から一ヶ月。内閣情報調査室に所属する官僚・久瀬隆平は、研修期間を終えて独り立ちの日を迎えようとしていた。
 その彼に、中東へ赴任していく上司の山形祐三参事官がぽつりと呟く。
「官房長官には……越戸さんには気をつけろ。絶対に取り込まれるな」
 知名度、国民の人気ともに極めて高い次期総理候補の野望とは? 机上で繰り広げられる政治家と官僚の戦いが今、静かに幕を上げる――!

著者注:
実際に執筆されたIntroductionにおいて、越戸という人物は事務方のトップである官房副長官に変更されています。


Chapter.1:届かなかったLove Letter

 一方、日向みつき、昭月綾、大地瑤子の三人は平和な日常を取り戻していた。 出かけた蚤の市で彼女らが出会ったのは、一着の古着と一通のラブレター。
「あーもう、こういうのは直に届けなきゃ意味がないのよ!」
 みつきのお節介が暴走し、瑤子が同調、綾は溜息をつきながら巻き込まれていく。三人娘は見も知らぬ少女の純愛を想い人の元へ届けられるのか。ドタバタ顛末記。

著者注:
noteにて公開されている同名のエピソードはここに入る予定だったようですが、これだと#03のエピソードが入る場所がありません。角川のザ・スニーカー誌に掲載された短編なので収録を見送ろうとしたのかもしれませんが、当時の担当編集氏には未発表原稿を含む全エピソードの権利を返していただいたはず(でなければリーフ出版ジグザグノベルズから#01と#02の出版もできない)ですし、そもそも著者は角川スニーカー編集部と契約書の類を全く交わしておりませんでした。
当時の自分が何を考えてこういう構成にしていたのか、残されたテキストからは読み解けませんでした。


Intermission_01

 久瀬にとって屈辱の三日間だった。
 みつきたちが引き起こした事件の処理に失敗し、独り立ち直後から中央官庁での信用を地に落としてしまった久瀬は、一つの決意を固める。子供の頃から何度と無く繰り返してきた彼の心情。
「……誰も、頼らない。誰も、信じない……」

著者注:
これよりもう少し詳しく書き込んだラフをnoteで発表済みです。


Chapter.2:風張峠最速伝説

 昭月綾は、一ヶ月前の無理な運転であちこちガタが来ていた愛車・1954年式フォルクスワーゲンをショップに預けていた。修理が終わり、愛車の受け取りに向かう道すがら、綾は一人の少年と出会う。子供が苦手な彼女だったが、ESP能力者故に少年がたたえた深い悲しみを振り切れなかった。
「あいつが妹を殺して、かあさんを傷つけた……」
 少年が指差す先には、爆音を響かせて峠を走り抜けるスポーツカーの一団があった。
「私が負けたら、好きになさい。ホテルでも、そこの茂みでも構わないわ。一晩でも三日でも、気が済むまでね。……まさか、こんな古い車と女ドライバーに怖じ気づいて逃げ出すつもり?」
 綾は少年の無念を晴らせるか? 奥多摩に鋼鉄の獣が咆哮を上げる!

著者注:
ラフの執筆に着手していたようですが、まとめきれなかったのか途中で放棄されておりました。未完成のラフだという前提でも読みものとして少々厳しかったので、公開は見送りました。


Intermission_02

 梅雨入りと共に通常国会の会期は終わり、残業続きだった中央官庁にも穏やかな空気が流れ始める。
 その中で、久瀬は地道に己の仕事を続けていた。行政官たる彼には関係のない現場まで足を運び、身銭を切って差し入れを運び、美味くもない酒に酔わされて反吐を吐く。失敗したままでは終われない。信用を必ず取り返す。ただその一念で。
 その最中、久瀬は「聡美」という女性と出会う。

Chapter.3:聖母になんてなれない(仮)

 大地瑤子が通う中高一貫教育のミッション系全寮制女子校・聖メリッサ女学院。その日の授業は三限で切り上げられ、午後から父兄参加で行われる[聖母祭]に向けての準備が行われていた。吹奏楽部が練習する賛美歌の伴奏が遠くに響くなか、瑤子の父兄代わりでみつきも学園を訪れる。
「でも去年、聖母祭って五月にやってなかったっけ? マリア様の守護月とかなんでしょ?」
「よくわからないけど、延期されたらしくて……」
 その時、瑤子の目の前を横切る制服姿の女子。瞬間記憶能力を持つ瑤子をして「見覚えがない」という挙動不審の彼女を追ううち、学園がテロの目標になっていることが判明。炸裂した爆薬に年端もいかない少女たちの阿鼻叫喚がこだまする中、怒髪天を衝くみつきが憎悪の赤い光の翼を広げる。綾の応援も追いつかない今、瑤子はみつきを止められるのか?!

著者注:
アイデアだけ出していたようですが、みつきと瑤子のエピソードという意味ではラフまで書いたものがすでにあるので、そちらを使ったほうが良さそうな気がしますね。


Intermission_03

 マスコミが取材に訪れていた聖メリッサ女学園での事件は、わずかでも対処を誤れば極過型超能力者の存在を世界中に知らしめるところだった。が、地道に続けていた久瀬の努力が功を奏し、機密情報の完璧な偽装あるいは封鎖に成功する。中東に滞在中の山形参事官をはじめ、全ての関係者から賞賛の声が寄せられた。過日のミスを帳消しにする大手柄である。
 そんな久瀬の元に、一通の電話が入る。
「久瀬君、悪いが今からちょと時間くれんかな。私か? おいおい。声でわかって欲しいな。君のボスの情報官の、そのまたもひとつ上のボス。……そう、官房長官の越戸です」
 会員制の高級ラウンジで、天下国家と特定業務についてとつとつと持論を述べる越戸官房長官。山形参事官以上に信頼できる人格者が自分の所属する組織の頂点にいると知った久瀬は心が洗われる思いだった。
 プライベートにおいても、久瀬と聡美の関係も順風満帆だった。
「……隆平さん、きれいな目してますね。官僚さんって、みんなあなたみたいな方ばかりですか?」
 安らげる場所を得た彼は、さらに仕事へ打ち込む決意をするが――。

Chapter.4:ゴミ箱の赤ちゃん

 相も変わらず潤いのひとしずくもない寂しい生活を続けるみつきは、バイト先のコンビニエンスストアでゴミを片付けている最中、とんでもないものを拾い上げる。
「なっ、なんぢゃこりゃあ……」
 死にかけた子犬に、生後まもなくコインロッカーに捨てられた自分の姿が重なる。みつきの過去と現在が覗く一編。

著者注:
重たい話がサラッと開示されてますが、ここに「小太郎登場」のエピソードが入る予定だったようです。


Intermission_04

 ある日、久瀬は内閣官房の廊下で越戸長官とすれ違う。
「昨晩も聡美のところか? 仕事に差し支えるぞ、久瀬君」
 耳を疑う言葉に愕然とする久瀬。官房長官が知るはずのないことを何故?
 そこではじめて、久瀬は特定業務という仕事の特異性と闇の深さに気付く。深く静かに謀略の沼底へ導こうとする動きに気付いた久瀬は、ひとつの決断を下すことになる。

著者注:
自分さえわかっていればいいので思い切り端折られてますが、要するに久瀬はハニートラップ(のようなもの)に引っかかって越戸長官の手駒になりかけていたのです。
聡美自身は年頃で好きになれそうな男性を紹介してもらっただけで、久瀬との間に個人的な情も通じていましたが、彼女が与党政治家の血縁で越戸の姪っ子である事実は変わりません。そんな聡美が久瀬にとって重要な存在になればなるほど「越戸の個人的なお願いを無視できなくなる」という構造です。それは越戸という男が、久瀬を通してSSS級の国家機密である極過型超能力者を手中に収める、という構図にもつながります。
ラフの段階で越戸を官房副長官に変更したのはこのためで、彼は政界への進出を目論んでおり、立場も考え方もほとんど政治家のものでした。政治家にとって自分の言うことに逆らえない役人が多くいるに越したことはありません。それが「国際的に価値のある機密情報」を握っている者なら余計に。
そこに気付いた時、仕事に対して生真面目すぎる久瀬が取るべき道は、ひとつしかなかった――というようなお話だったはず。


Chapter.5:君恋し蒼の月

 己という一個人を守るためにも、もはや久瀬は誰一人信用できなかった。己の行使できる権限の中、かきあつめられる情報を全て集めて、周囲の人間関係を洗い直す。
 その中でふと気付く。昭月綾に関する行動報告書、そこに潜む小さな、しかし決定的な矛盾。彼女がいつも携帯しているペンダント型のピルケース、そこに納められた向精神薬。そもそも超能力者の精神的な損傷を癒す薬など誰が作るのか? 入手経路は? 情報調査室の調査力をフル動員して導き出されたのは衝撃の事実だった。
「……へっ? 今日は呼び出し、私一人? なんで?」
 久瀬から呼び出されたみつきは、久瀬から衝撃の一言を告げられる。
「信じられないだろうが、よく聞け、日向。……昭月綾は、お前の敵だ」

著者注:
〔サイズミック・エモーション2〕の副題は〔君恋し蒼の月〕。つまりこのエピソードが本作の核になります。短編集が刊行される際によくありがちな新規書き下ろしの中編という位置づけにする予定だったようです。
シリーズの中でもかなり重要なエピソードになる予定でした。日向みつきという圧倒的な力を持つジョーカーを誰がどう押さえるべきなのか。有り体に言えば昭月綾は旧研究所の運営母体であった超国家的機関と縁が切れておらず、彼女の彼氏も「墓場」の元同僚だったのですが、いわば綾の今の立場は聡美を切り捨てず越戸長官に取り込まれた場合の久瀬と全く同じだったのです。
しかしみつきは、綾と縁を切るべきだという久瀬の忠告を聞きません。十年来の親友である綾を信頼しきっているので。
結果的に久瀬は、今も厳として〔墓場〕の住人であり続けている昭月綾とたった一人で対決することになります。そうして綾を覆い隠すベールの一端を剥ぎ取ったとき、久瀬は綾のアルカイックスマイルの向こうにある「本当の姿」を垣間見ることになる……という筋立てです。


Ending

 その年の梅雨は長引いた。
 降り続ける雨が東京の気温を下げているのか、朝から久瀬は寒気に襲われていた。が、寒気は外気温のせいではない。この数ヶ月の無理がたたって、久瀬は駅のホームで倒れることになる。過労。
 倒れている場合ではない。この程度では全く足りない。やるべきことは山のようにある。自分の身を守るためにも。今後も仕事を続けていくためにも。

 けれど、そうして頑張ったところで、何になる。

 政府や内調に自分の味方はいない。後悔が募る。越戸長官に取り込まれていた方が楽だったのではないか。昭月綾とも(上辺だけの関係は続くものの)決裂した。彼女を〔墓場〕から本当の意味で開放する手段もない。

 自分は無力だ。
 世界を覆う理不尽に抗えない。超国家機関の陰謀と、国家の思惑の間で猿芝居を踊らされているだけだ。
 そして今後も、命を削って必死で踊るしかない。

 こんなことがいつまで続くんだ、死ぬまでか。
 いっそ死ねれば楽なのに。

 が、久瀬が決定的な行動を起こす寸前、みつきが偶然通りかかる。弱り切った久瀬をやむなく自宅まで彼を連れて行く。頼れる友人はと訊いても「いない」と。私用の携帯電話のメモリーはほとんど真っ新。でも部屋の中に女性がいた形跡がある……いや、抜け殻だ。彼女もう、いない。

 やむなくみつきは彼の世話を焼き始める。
 コインランドリーへ、スーパーへ。次の日も、また次の日も。
 そこまでしなくていいと固辞する久瀬に、

「困ったときはお互い様でしょ。ほっとけるかっつーの」

 裏表のない言葉だったし、顔だったし、声だった。

「久瀬さんの仕事なんて、私はどんなもんだかよくわかんないけど、倒れるまでやんなきゃいけなかったのは私のせいなんでしょ? 多分。……そのくらいわかってるよ、ちょっとくらい恩返しさせてよ」

 俺が内調の人間だからだろ、恩を返すなら内調にしろ、と皮肉交じりに。

「何言ってんのバッカじゃないの? 私が世話になってるのは、久瀬さんの肩書きでも久瀬さんの組織でもなくてあんたよあんた。久瀬隆平っていういち個人でしょうが」

 あんたみたいなお人好し、そこらにゴロゴロしてない。それくらいわかってる。最近ずっと言いたいこと飲み込んでたのも気付いてる。ずっと悪いなと思ってた。

「だから叫び声が聞こえたんだと思うし、久瀬さんだと思ったから助けにきたし、仕方なく洗濯して掃除して食事も作ってやってんの。それ全部、久瀬さんだからよ。わかる? 赤の他人にここまでするほど私はお人好しじゃないからね」

 いいから食え、と雑炊を差し出して。

「これでも一応、仲間だと思ってんだから。立場がちょっと違うだけでさ。……倒れられたら、困るの」

 渡されたお椀が、冷え切った久瀬の手を温める。
 別に、一人でもなんでもなかった。

「って、久瀬さん、なんで泣いてんの……?」

 強くなる一方の雨足は、久瀬とみつきの距離を狭めていく。
 二人の間に芽生えたのは信頼か、それとも――。

著者注:
という感じで〔サイズミック・エモーション2〕は幕引きです。
蛇足ですが、もしこの作品がうまくいって〔3〕があった場合、みつきは冒頭から久瀬のことを「隆平さん」と呼び始め、三人称の本文でも「久瀬」ではなく「隆平」と記述するように変更する予定でした。いわばこの〔2〕において、三人娘に一人の男と一匹の犬を加えた「チーム・サイズミック」が本当の意味で結成される、という構想だったのです。

蛇足ながら、みつきがシレッと「隆平さん」と呼び始めたとき、綾と瑤子は心底驚いて顔を見合わせることになるわけですが……。
ここまで読んでいただいた方の心の中にその顔が思い浮かんだなら、著者としてはたいへん嬉しく思います。

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