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〔SE2:ラフ〕Intermission 01

【はじめに】
 このエピソードは「SE2:Introduction」からの直接的な続きで、本編において三人娘が引き起こすドタバタ劇の裏側で奔走する久瀬隆平担当パートとでも言うべきものになります。
 時系列的には「#04 届かなかったLOVE LETTER」の直後です。

 ただし〔サイズミック・エモーション2〕そのものをどう全体設計するか、どのエピソードをどういう順番で組み合わせてパッケージングするかを詰め切れておらず、この「Intermission 01」の前に「#03 おひさまは再び空を飛ぶ」が入ると物語として破綻を来す形になってしまっています。

 著者としては大変恐縮なお願いですが、上記のような破綻が存在しているということをご容赦いただいたうえで、このエピソードのラフをご確認ください。



 久瀬にとって、屈辱の三日間だった。

 一ヶ月前、久瀬は役人の立場で己の正論を振りかざしたばかりに三人の極過型超能力者と仲違いをしたが、後に彼女らの中心的な存在になる日向みつきと個人的な接触を持ち、今後は協力体制を互いに築いていくことで同意したと思っていた。

 これがそもそもの間違いだった。

 そのまま久瀬は山形参事官と共に事件の処理に忙殺された。一ヶ月の間、自宅へ帰ったのはわずか二日、しかも着替えと洗濯をしたのみである。その間は当然、みつき、綾、瑤子と一切の接触は持っていない。
 にも関わらず、久瀬は彼女らを信じすぎてしまったのだ。

 自分が連絡をつければすぐに彼女らは対応してくれる、そう思っていた久瀬は、国交省経由で上がってきた羽田空港での事件に「極過型能力者たちが関わっている」と周辺情報から断定できていたにもかかわらず、一旦自分のところへ情報を留めて関係各所への連絡をストップさせた。ジェット機を極過型のサイコキネシスで止めてしまったこと自体はともかく、何故そうしたのか、背景に何があったかで取るべき手段も情報を流すべき相手も変わってくる。彼女らから実際に言質を取って、推測ではなく事実だとしたうえで各所への調整を始めようとしたのだ。

 この判断そのものは至極全うだったが、しかし一向に彼女らとの連絡は取れない。コールできていたうちはまだいいほうで、やがてみつきと瑤子の携帯は[電源が落ちているか電波の届かないところへ]というお決まりのアナウンスしか発しなくなって、綾の自宅電話は延々とコールし続けるのみになる。モジュラジャックから電話線を引き抜いたのかとすら思えた。

 時間にすればわずかに一時間。いや、三十分のロスだ。
 だがその間に、国交省の航空局では通常通りの手続きを始めてしまったのだ。エンジンを全開にぶん回しても飛び立たず、あまつさえパイロットの制御を離れて搭乗ゲートまで戻ってきてしまうという異常動作も極まる機体を徹底的に分解・調査するということ。さらに国内で運行されている同型機にも調査の指示が飛び、機体の製造元である米ボーイング社にも連絡が行った。向こうでもこの異常事態を深刻に受け止め、即時エンジニアを日本へ派遣すると回答。全社を挙げての原因究明に取り組みだしたのだ。

 これだけで、一体どれだけの経済損失になるか。

 久瀬が情報を留めてさえいなければ、中央官庁のあちこちで特定業務の概要を知っているスタッフたちが適切な行動を起こすことができただろう。異常が起きたのはみつきが食い止めたその一機のみで済むような理由を専門的に説得力のある言葉ででっち上げ、可能であればメンテに出すフリをして何もせず、航空会社の損害を最小限に食い止めると同時に、ボーイング社への連絡も途中で上手く握り潰す……といった具合に。

 しかし、もう。
 遅い。


「……今更、これは特定業務のデマケだったとか言われてもねえ」
「すみません、申し訳ありません」
「とにかくね、もうどうしようもないよ。次から気をつけろとしか言い様がないね……」

「はぁ? お前はバカか! ふざけるのもいい加減にしろ!」
「すみません、申し訳ありません」
「謝って済んだら警察いらねえんだよ! 山形君はどこだ! お前じゃ話にならん!」

「おいおい、ちょっと待ってよ……。それ、マジな話?」
「すみません、申し訳ありません」
「参ったな、特定業務と関係ないんだろうと思って無加工のデータ送っちゃったよ……。まずいよ、専門家が見たら絶対おかしいってことに気付くんじゃない? マスコミとか騒がなきゃいいけど……」

「こんな、基礎中の基礎のようなことで……」
「すみません、申し訳ありません」
「……帰ってくれ。顔も見たくない。帰れと言ってるのが聞こえないのか!」

「山形さんも耄碌してたんじゃないか? どこが使える新人なんだか……」
「すみません、申し訳ありません」
「いいよ、こっちでやっとくから。どうせ山形さんが居ない時はある程度こっちの判断で処理してたんだ。あんたがいるからって回しただけだしな。ああ、次からはもう回さないよ?」


 そうして、各方面から怒鳴られなじられ、評判を落としまくった三日後、あっさりみつきと連絡がついた。
 瑤子、綾も同じ。
 報告書をまとめる意味でも詳細な情報が必要だったので呼び出した。

 久瀬としては、よほどの事情があるのだと思っていた。
 というか、そう思わなければやっていられない。
 三人には何か退っ引きならない事情があってあのジェット機を止めざるを得なかったのだと。

 ところがどっこい、事情としてはあの通り。
 久瀬、思わず逆上しかける。

 ところが、怒り出す前にみつきが凄い勢いで頭を下げる。
 ごめんなさい、ほんとに考えが足りなくて、全部私が悪くて……。

 で、久瀬は今更のように思い出す。
 ああ、こいつは普通の十八歳の小娘だったんだと。

 彼女の身になって一つ一つの事情を精査すれば同情できなくもない。頭ごなしに怒っていいことか? もし仮に自分があの三十分、情報を留めずに各所へ不確定状態としても流していれば、事態はここまで大事になっていないはず。屈辱の三日を過ごすこともなかったろう。

 要するに、ここでみつきを怒鳴りつけるというのは、自分が失敗した苛立ちを彼女に叩きつけているだけなんじゃないのか。それはよくない。
 まれに感情的になって事態を面倒なことにするのが自分の悪弊だと、久瀬もさすがに自覚している。ぐっと堪えろ。彼女が悪いんじゃない。俺が悪いんだ。

 怒りを呑んで、自分の都合を忘れて、自分のフォローが全てうまくいっていればどういう気持ちで向き合っていたかと想像し、その久瀬は上で口を開く。

「……飛行機一機止めたことで、事件は無数に波及する。今度のことでどれだけの無駄な金と人が動くことになるか、いちいち計算してられない規模だぞ。わかってるんだろうな? 二度とこんなことするな」

 みつき、ふぁい、みたいな感じ。
 こいつはこいつなりに反省してるんだと思うと、多少は溜飲も下がるが……。

「……もう話は終わり? 悪いけれど都合があるの」

 綾が言って席を立ち、つかつか外へ。
 そこへ無言で瑤子も続く。っていうかあの子、たしか一度もこっち見てないぞ……?

「あ、ちょ、待ってよ二人とも」

 慌ててソーダを飲んで、店の外へ出た二人を追おうとするみつき。

「おい、日向……。ちょっと」
「はい?」
「君は先月に俺が言ったこと、あの二人に伝えてくれたのか?」
「へ? 何の話?」
「いや、昭月も大地も態度がおかしかったからな……」

 それでみつきがとーとつに思い出す。

「……ご、ごめんなさい、忘れてた」

 みつき、顔色真っ青。

「そ、そうか、だから綾、さっきは一人で行ってこいとか変なこと言ってたんだ! 瑤子もなんで久瀬さんがまだこの仕事やってるんだか理解できないとか言ってたし……」

 久瀬、絶句。

「ごごご、ごめんなさい、ちゃんと言っときます、私一人で納得してそれで終わりにしちゃってた……。あやあっ! よーこおっ! ごめんちょっと話があんだけど!」

 で、一人になった茶店の中。
 ――落ち着け。
 久瀬は一人、自分に言い聞かせる。

 落ち着け、日向は別に悪くない。綾と瑤子に責任を転嫁するのも間違いだ。自分を敵視していたせいで電話に出なかったことを責めても仕方がない。元を正せば自分のせいじゃないか。もともと昭月や大地にも直に会いに言って頭を下げるつもりだったはずだ。なぜそうしなかった。この一ヶ月ずっと忙しかったからだ。すっかり忘れていたのは俺も同じだ。

 なぜ、忘れていた? 安心しきっていた?
 十八の小娘にすぎない日向みつきを、信じ切っていたからだ。

 偏見かもしれないが、あのくらいの年頃の女なんてそういうものだ。理屈として、仕事として、感情を抜きでやらなきゃいけないことがあると説明したってわかるものじゃない。
 すべて俺のせいだ。俺が悪いんだ。俺の考えが至らなかったんだ。

 思いつつ、卓上の氷水を手に取ろうとする。
 と、机上に置いてあったノーパソに手がひっかかった。

 久瀬、逆上。
 ノートをつかみあげて力任せに脇へ放り投げる。植木へ直撃。
 奥に引っ込んでいた店主が出てくる。なに、どうしたの。あー。
 すみません、弁償します……。

 自分のノートパソコンも、ただ買い直しただけでは済まない。中に放り込んであるエミュレータは情報調査室でも一部の人間にしか使用許可の出ていないもので、特務分室のパソコンやTRONベースの特殊なOSとデータをやりとりするために絶対必要なもの。こっちの再インストール許可を取るために、また何カ所の部局に頭を下げてこなければならないのか。
 俺は何をやってるんだ。バカじゃないのか……。

 そこに、三人娘が帰ってくる。

「……久瀬、さん?」

 疲れ果てて、掻き乱した髪をそのままに、机に肘をついて項垂れる久瀬。
 要らぬ心配をさせても仕方がない。久瀬は壊れたノートを鞄の下へ押しやり、背筋を伸ばす。深呼吸。身体の動きが作る雰囲気を捕まえて、その感覚を元に次の動作を起こす。

「いや、何でもないよ。ちょっと疲れてるんだ」

 自分でも驚くほど普通の声が出た。
 綾には演技だとバレただろうか。いや、その素振りはない。ESPを閉じていれば視覚情報の方が優先されがちだという資料は久瀬も見ている。

「一ヶ月前の件、遅くなったけど、きちんと誤らせてくれないか。日向とすれ違いしてたみたいで。……本当にすまなかった」

 これでこの三日間、何度目の謝罪だろうと思う。

 久瀬はもう、他人はアテにしないと決めた。

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