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俺たちも自然消滅したよ/青春物語19

冬がそこまで来ていた。

「ねぇ桜田ちゃん、今夜飲みに行かない?」
社内の食堂で同じ経理課の春木先輩が言った。
「うん、行く。20歳になったから堂々と行けるよ」
「さっき稲村さんが[福]に誘ってくれたの。みんなで行こう」
19時前に先輩2人、課長、稲村さんの5人で歩いて行った。
水割りで乾杯のあと8トラとレーザーディスクの入り混じったカラオケ大会が始まった。

忘れてしまいたい事や どうしようもない寂しさに
包まれた時に男は 酒を飲むのでしょう飲んで飲んで飲まれて飲んで
飲んで飲みつぶれて寝むるまで飲んで
やがて男は 静かに寝むるのでしょう
   川島英五 作詞・作曲

課長が歌っていた。
あはは、また奥さんに怒られたのかな?

次は急ピッチで飲んでいた稲村さんがマイクを持った。
その時、カランカランとドアが開いた。
「こんばんは〜」
その声に私は振り向いた。
永尾さんが小林さんと立っていた。

「よっ」
永尾さんが振り向いた私に敬礼した。
そして課長と春木先輩の間に座った。
しばらくして彼が隣に座り、何杯目かの水割りを一口飲んで言った。
「ねぇ本当に別れたの?」
「本当だってば。いつの話してるの」
「だってあんまり、しょげてなかった」
「しょげてたよ。思いっきり」
「原因は?」
「いいじゃない、もう。幸せな永尾さんには言いたくないよ」
「俺たちも自然消滅したよ」
「えっ?」

今なんていったの? 他のこと考えて
君のことぼんやり見てた
好きなひとはいるの? こたえたくないなら
きこえない ふりをすればいい
君を抱いていいの 好きになってもいいの
君を抱いていいの 心は今 何処にあるの
   小田和正 作詞・作曲

小林さんがオフコースを歌っていた。
彼の言葉に驚いて歌声は耳に入っていなかった。

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