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たぶん別れ話だろう/青春物語17

社員旅行以来、永尾さんへの気持ちが大きくなっていった。
彼も毎日、私を何かしら気に掛けてくれていた。
好きになってはいけないと思えば思うほど気持ちは募っていった。

そんなある日、久しぶりに健太郎先輩から電話があった。
「今度の日曜、空いてる?」
「うん、空いてるよ」
「じゃあさ、いつもの駅まで来てよ。俺、夜勤明けになるからさ」
「無理しなくていいよ。また今度で」
「午後からでいい?話したいこともあるからさ」
「話?なんの話?」
「会ってから…」
彼の話は想像できた。
たぶん別れ話だろう。

日曜の午後、待ち合わせた彼と何度か行ったお店に入った。
薄暗い店内にバラードが流れ、テーブルには生花とキャンドルが灯る落ち着ける空間だった。
エスプレッソとピザをほおばりながら私たちは他愛のない話ばかりしていた。
・・いつ別れ話を切り出すのだろう?
・・いつ別れ話を切り出そう?
お互い、けん制しあっていたのかもしれない。

結局、その店では彼は切り出さなかった。
「家まで送るよ」
「でも夜勤明けで疲れているんじゃない?」
「大丈夫。帰ってから少し寝たから」
「そう?じゃあお願いします」
そう言って私は彼のあとからお店の駐車場に向かった。

エンジンをかけるとカーラジオから[銀の指環]が流れていた。

夕べも僕はねむれなかったよ 終った愛をさがしていたんだ
二度と帰らない 夢のような恋よ 
君はいつのまにか 消えてしまったよ
おぼえてるだろ銀の指環を 二人がちかった愛のしるしさ
君は言ったね 指にくちづけして 
二度とはずれない 不思議な指環だと
     財津和夫 作詞・作曲

二人は黙って聴いていた。
曲が終わるとタバコに火をつけながら彼は言った。
「あの指輪、どうした?」

咄嗟に左手を隠しながらわたしは答えた。
「家に大切にしまってあるよ。先輩は?」

「俺はここに持ってるよ」
そう言って片手で首のチェーンを引っ張った。
チェーンにはシルバーリングが通されていた。
私は何も言えなかった。

その安物のシルバーリングは色褪せていた。
彼はずっとしていたのだろうか?
それを聞く勇気はなかった。
私のリングは引き出しの中に入れっぱなしだったから。
私は曲を聴く振りをして窓の外を見つめていた。
頭の中で彼の言葉を待っていた。

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