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大人の女って感じしない?/青春物語26

「じゃあさ、永尾さんの好きなタイプってどんな子?」
隣にいた天野ちゃんがおもむろに聞いた。

「好きなタイプ?う〜ん、こっちがポンと言ったらポンポンと返してくれる子」
「なに、どう言う意味?」
私はお菓子をほおばりながら彼の顔を見た。

「ノリのいい子。で、俺を説教してくれる子」
「なにそれ。Mっ気があるんじゃない?」
天野ちゃんはまたケラケラと笑った。

貴方はもう忘れたかしら 赤い手拭いマフラーにして
二人で行った横丁の風呂屋 一緒に出ようねって言ったのに

若かったあの頃 何も怖くなかった
ただ貴方の優しさが 怖かった
   喜多忠 作詞/南こうせつ 作曲

黒田課長が歌詞カードを見ながら[神田川]を歌ってた。
「俺、この歌聞くと泣けて来そう」
彼は明るく言った。
「永尾さんも三畳一間だったから?」
私もわざと明るく言った。

「バァカ。時代が違うよ。俺はオートロックのマンションだったよ」
「またぁ。貧乏学生だったくせに」
「そうそう。だからルームメイトと家賃半分っこしてたんだよね」
天野ちゃんが笑って言った。

「それは違うよ」
彼は突然、真面目な顔でつぶやいた。

こんな日は あの人のまねをして
けむたそうな顔して 煙草を吸うわ

そういえばいたずらに 煙草を吸うと
やめろよと取りあげて くれたっけ
   小坂恭子 作詞・作曲

その時、永尾さんの言葉をかき消すように天野ちゃんの先輩が歌い出した。

「私、この歌好きなんだ」
私はそう言って永尾さんから視線を外した。
別れた彼女の話を聞きたくなかったし彼の辛い顔も見たくなかった。

「なんかさ、大人の女って感じする歌だよね」
天野ちゃんがそう答えた。
「そうそう。いいよね」
「ひよっとしてタバコ取り上げられたクチ?」
「まさか。でも男の人ってタバコ吸う女の人はイヤなのかな?」

「そうだよ」
それまで黙っていた永尾さんが言った。

「そうなの?自分は吸うくせに?」
「なんか、すれた女って感じがするじゃない」
「そう?大人の女って感じしない?」
「しないね」
彼はそうキッパリと言った。
窓の外では雪が積もり始めていた。

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