彼を愛して、僕は変わった(1話)
いかなる物事も、僕の心を煮えたぎらせることはなかった。
勉強もサークル活動も音楽活動もギターも飲み会も、そして彼女さえも。
それらは僕にとって、とりあえず大学生だからやらなければいけないといわれている、さしあたりの義務のようなものであって、
僕自身が心から望む何かでは決してなかった。
そんな感情が夜の晩い時間に頭に浮かんだりしているうちに、
僕はいつも深い眠りに落ちていて、きづいたら目が覚めていた。
僕が住んでいるのは築30年ほどの鉄骨造のマンションだった。
6畳ほどの決して広くない間取りに、ベッドだけおいてある僕の部屋は、
だれが見てもとても無機質に感じられたことだろう。
かろうじてテレビは置いてあったものの、
僕はほとんどテレビをみなかったから、
そういう意味でこの部屋にはベッドしかないと同義であった。
ただこの部屋は最初からこんなものではなかった。
上京したての頃は、本棚代わりの白いカラーボックスや、
ローテーブル、そして大量の衣類があった。
これは当時の僕の心境を反映していたんだと思う。
上京したてという、まだ東京という場所になにがしかの期待をしていた僕は
こんな風に部屋を騒々しくすることによって、自分自身の心の均衡を何とか保っていたのだ。
でも、そんなことには何の意味もないと気づいたある日、
僕は部屋の中にある不必要なものをすべて破棄してしまったのだ。
なんとなくばかばかしい気がする。。。。
そんなことを寝る前なのか、寝た後なのか僕の思考の中を回っていた時、
時計のアラームの音がした。
ぼくはそれに呼応するように今日も目覚めた。
時刻は10:30。
ちょうど2限が終わった時刻だ。
起きてすぐに、使い慣れたiphoneを除くと、
友人の正人からメッセージが届いていた。
「今日、約束通り早稲田祭いくよな?
ゆうきのライブ見に行くっしょ?」
おう
いつも通り僕はそっけなく返信し、身支度を一通り済ませ、
ライブへと向かった。
ライブ会場にはおもったより多くの人が訪れていた。
MZ MUZIC-ZERO
と名付けられたそのライブハウスには
多くの音楽好きたちが訪れていた。
そして、僕がかつて所属していた音楽サークル、
早稲田織物のメンバーも数多くいた。
多少気まずい思いはするかなと心配ではあったけれど、
意外とそんなこともなく、
挨拶をしたり、会釈をしたり、軽口をたたきあったり、ゆうきがライブで熱狂するのをみたり、僕自身もライブに熱狂している感じをだしたりして、ライブの時間は終わった。
「心の底から踊り狂うこの感じ、これこそがやっぱり生きてるって感じだよな」
一緒にライブをみていた正人がそんな言葉を放った。
ああ、そうだな。たしかにそういうの大事だよな。
ぼくはいつからか、いや、大学に入ってから
こんなコミュニケーション手段を身に着けてしまった。
とりあえず相手の言っていることに同意し、少し表現を変えて、
同じことを繰り返す。
これだけで日常のコミュニケーションはかなりうまくいくようになっていた。
これに適度な笑顔とあいづちがつけば、最強である。
そんなことを考えていると、
早稲田織物時代の友人、陽介と目が合い、
声をかけられたのだった。
陽介は少し太っているが
きれいな顔立ちの好青年だった。
「よう」
と陽介はいった。
「おう」
と僕は返した。
「最近元気か」
「まあまあだね。そろそろ就活だし、それっぽい対策をすすめはじめているよ。陽介は?」
「おれは留年決まっているから、だらだらと過ごしてるわ。バイトしたり、テキトーにライブしたりして。」
そんな当たり障りのない会話をした後、
僕はふと思い出した。
あの夜のことを。
自分の中に新たな世界を生み出してしまったかもしれない、あの出来事を。
陽介はもうそんなことは忘れてしまったのだろうか。
ライブ会場でがやがやと騒ぐ観衆たちを眺めながら、
僕は、そんなことを考えていたのだった。