見出し画像

音楽オタクに聴いてほしいボカロアルバム10選[サブスク/Bandcamp有]

例えばPitchforkやResident Advisorなどの批評媒体、例えばRate Your MusicやAlbum Of The Yearなどのレビューサイト、例えばDU BOOKSやアルテスパブリッシングなどの出版レーベル。これらを追うような人は広く「音楽オタク」と括られると思うが、その中に常日頃からボーカロイドを聴いている人はどれだけいるだろうか。きっとそういないだろう。中には進んで避けている人もいるかもしれない。しかし、ボカロシーンにはそんな「音楽オタク」にも響くであろう音楽が多数存在する。この記事では気軽に聴けるよう、サブスクリプションサービスやBandcampで聴けるものに絞って、筆者のお薦めするボカロアルバム10枚を紹介したいと思う。なるべく興味が湧く様な文章に努めたつもりだが、別に読まなくとも構わない。是非とも音を聴いてほしい。なお、上記に挙げた「音楽オタク」の例はあくまでも筆者に近いものであり、これ以外の習慣を持つ人にも届く普遍的な選出をしたつもりだ。


Puhyuneco - Present EP(2020)

[Spotify / Apple MusicYouTubeBandcamp]

Bon IverやCharli XCXを手掛けるBJ Burton、FKA TwigsやBjörkを手掛けるArca、あるいはSOPHIEやJames BlakeやFrank Oceanなどを筆頭に、ポップミュージックに先鋭的な音響を導入する動きがある。そしてその動きにボカロシーンからアプローチしているのがPuhyunecoである。待望の1st EPに収録された楽曲は4曲ともに素晴らしいの一言に尽きるが、特筆するとしたら「akane」だろうか。必要最小限の音数のミニマルなトラックの上に乗るのは酷く歪んだコーラス。限りなく露悪的な表現だと思うが、一切の露悪性を感じさせないことに驚きを禁じ得ない。「akane」に限らず全ての楽曲に於いても偏執的に加工されるボーカルは八木皓平氏の提唱する"変声音楽"に分類できるが、この"変声音楽"の背景にある身体とパーソナリティの差異の問題はPuhyunecoの特異なボーカルに限らず、加工を施していないナチュラルなボカロの声にも当てはまる。ボカロを用いて楽曲制作する人の中には自身の声をコンプレックスに思う人も多い。他の変声音楽家がピッチシフターなどを用いるのと同様、身体からの脱却(もしくは拡張)の手段としてボカロを用いているのだ。また、これは楽曲の実験性にも繋がる。ボカロ曲の多くは生演奏を前提にしておらず、再現性を持たない音響的な実験を行いやすい。Puhyunecoの身体性(ここで指す身体性とはダンサブルか否かではなく制作プロセスのこと)を欠いて音響へと大きく傾倒した音楽は、ある意味ではボカロの性質や可能性に依拠し、現行の先鋭的な音楽/音響と交差することで生まれた存在であると言える(より正確に言えば、元よりPuhyunecoが持っていた性質とボカロの性質が一致したのだろう)。ただ、ここまでポップスに徹したものはボカロシーンにも他シーンにもほとんど無い様に思う。極上のポップネスと最先端の音響を兼ね備え、(初音ミクはサンプリング音源であるとはいえ)ボーカルまでもがデジタル化された未知のポップミュージックはどこへ行く。

鈴木O - 素描(2018)

[Spotify / Apple Musicニコニコ動画 / Bandcamp / OTOTOY /  BOOTH]

ボカロ曲のサンプリングという手法でボカロ曲を制作していたJakeが次に着手した名義、鈴木Oの1stアルバム。鈴木Oの楽曲は全てクラシックのサンプリングとボカロ(正確にはUTAU)のみで制作されている。パブリックドメインの音楽を用いたサンプリングミュージックという訳だ。許諾を取る面倒も訴えられる恐れも急に配信が停止される心配もない(ただし著作隣接権は存在する場合もある)。コンセプトだけのものではなく(鈴木O=鈴木凹はその様な音楽を"ゴミ"と呼び愛でているが)、楽曲の出来も素晴らしい。ポストクラシカルやアンビエント、フォークトロニカ的なサウンドとして再構築されている楽曲が多い中、異彩を放つのが「延命」。細かく切られたストリングスによるシャッフルのリフは完全に日本の民謡のそれだ。「崩壊」では咳をループし、(これが作曲者によって指定されたパフォーマンスでなければ恐らく)偶発的に聴衆から発せられた音を楽曲の一部として扱っている。コンセプチュアルなアルバムだが小難しさはほとんど無く、メロディは調性に乗っ取り普遍的な歌ものの一面も持つ。特に「後奏」「光明」などには実験音楽特有の近寄り難さは全くなく、その魅力は普段J-POPなどを聴いている人にも届き得るものだろう。全ての楽曲のボーカルにはORIGAMI-Iという音源が用いられており、単独音(先頭に各母音を付けて収録した連続音とは違い、五十音のみを収録した音源)による継ぎ接ぎの発声と落ち着いた透き通る声質が楽曲の持つ繊細さや美しさを強調する。徹底的に作者の美学/美意識に基づき構築された44分間。本人も影響を公言しているDJ ShadowやLantern Parade、もしくはThe ResidentsやThe Flying Lizardsといった名前にピンと来る人に(も)是非聴いてほしい。

きくお - きくおミク6(2019)

[Spotify / Apple MusicBandcamp / OTOTOY]

2011年にリリースされた『きくおミク』から続くシリーズの通算6作目。本作はこれまでにも見られた音響や調性/音階の実験へと強く傾倒。シリーズの中でも随一の実験性と完成度を誇る。微分音や超低速BPMを用いEDM~フューチャーベースを換骨奪胎した「わたあめ」、上下左右に定位が動く音響派ガムラン「闇祭」、VOCALOID5という最新のエディターを活用したボーカル表現の「あなぐらぐらし」など、特筆に値する楽曲ばかりだが、筆者の個人的な白眉曲は「昨日はすべて返される」。ノイズが多分に含まれた楽曲で、全ての音の配置や減衰が凄まじく作り込まれている。精密という言葉はこの楽曲の為に存在すると言ってもいい様な、聴く人が聴いたらあまりの神経質っぷりに気疲れしてしまう様な、ここ最近のきくおの活動に於いてのエレクトロニクスやボーカルエディットへの実験精神が結実した、ボカロ外の音楽と照らし合わせてみてもネクストレベルの音楽性。FKA TwigsやSolangeや姫乃たまなどを抑えての個人的2019年ベストソングだ。この様な音楽性が(主に海外リスナーに)強く支持されていることは非常に喜ばしい。また、(「わたあめ」と比べて)正統派フューチャーベース「愛を探して」も好事家には堪らないだろう。ドロップに於いてシンセの合間に挟まれるパーカッションにはリバーブがかかったものとかかっていないものがあり、これによって意外性や緊張感が生み出される。きくおが活動初期から並行して進めてきた歌ものとダンスミュージックの高次元での融合と言える曲だ(きくおはインスピレーションを受けた楽曲を集めたプレイリストを公開しており、そこには三浦大知「飛行船」も入っている。「愛を探して」に影響を与えたかはわからないが、共通するものはあるだろう)。偏執的に作り込まれた音世界の数々。是非聴いてみてはいかがだろうか。

V.A. - 合成音声ONGAKUの世界(2018)

[Spotify / Apple Music / OTOTOY / Amazon]

今手っ取り早くボカロシーンの美味しい部分を頂くのならこのコンピレーションアルバムが最適だろう。ミュージシャンのスッパマイクロパンチョップ氏は2017年にyeahyoutoo「but the sky is blue」とPuhyuneco「アイドル」を聴き、"音楽の楽園"としてのボカロシーンを知る。そのスッパ氏がボカロシーンに飛び込んでからわずか1年足らずで発掘したボカロ曲達が収録されたコンピがこの『合成音声ONGAKUの世界』で、なんとPヴァイン・レコードからのリリースである。スッパ氏はリリースに際して自身のブログで収録楽曲から連想する非ボカロ楽曲を紹介している。Hermeto Pascoal、RCサクセション、Tom Waits、D'Angelo、Dirty Projectors……。この並びだけで惹かれるものがあるだろう。個人的な白眉曲は丁寧な音響処理が施され、単なるメロディ/コーラスという構造には留まらない初音ミクによる二声のボーカルが先鋭的なエクスペリメンタル・ポップ、piptotao「春 etc.」。他の楽曲もボカロによるヒップホップ"MIKU HOP"の金字塔、松傘,mayrock,sagishi,緊急ゆるポート,trampdog「人間たち」やポコポコしたパーカッションと人間によるコーラスが心地良いゆるポップ、cat nap「ペシュテ」など素晴らしい楽曲ばかり。配信では1曲目の春野「nuit」が抜けているので注意。このコンピに楽曲が収録されたボカロP(共作は除く)のアルバムは今回は紹介しないことにするが、ELECTROCUTICAやyeahyoutooなどの素晴らしいアルバムもサブスクやBandcampで聴ける。そちらも是非チェックしてほしい。

ancou - MINZOKU COLLECTIVE(2019)

[Bandcamp / BOOTH]

ボカロシーンには歌ものしかないのか?いや、決してそうではない。比較してしまうとどうしても少数派となってしまうが、ボカロの声を楽器として捉え、インストの様な楽曲を制作するボカロPも存在する。ancouは2018年にボカロを用いた楽曲を発表し始めた旅音のTribal Beatsを制作する際の名義だ(他名義でもボカロを用いた楽曲も制作しており、それらは"磁気P"と総称される)。民族音楽やベースミュージック、アンビエントやドローンが一体となった『MINZOKU COLLECTIVE』はアルバム名の通り多国籍的なサンプリングがなされている。アルバム全体を通して人の声や文化に根差した音や人造の声をコラージュし、どこにも存在しない架空のサウンドスケープを作り出すのはLuc Ferrari『Presque rien』などに代表される音の意味性を保持したミュージック・コンクレート("逸話的音楽"と言うらしい)的と言えるかもしれない。音像的には直近で話題となったアルバムで言えば同じくアンビエントハウスであるDJ Python『Mas Amable』が近いだろうか。初音ミクによるボーカルは終始SE的な役割に徹しており、聴き方によっては緊張感の漂う音像に不意に現れるコミカルなキャラクターの様にも聴こえる。ボカロを用いることで音楽的にも風通しが良くなるし(風通しの悪い音楽の良さもある)、ボカロを聴き始めた若いリスナーがふとした切っ掛けでこの音楽を聴くかもしれないと思うと音楽のラベリングの重要性を改めて実感する。旅音は後述する『ボーカロイド音楽の世界』を切っ掛けにボカロシーンに参入した人物だ。ここ数年の内にボカロ曲を発表したミュージシャンに先述のスッパマイクロパンチョップやworld's end girlfriendなどがいる。ボカロシーンの魅力の内の1つはプロアマ問わず誰でも気軽に参入できるところなのだ。

Salmonella beats - Salmonella brain(2020)

[Bandcamp]

ボカロを用いたヒップホップを制作するボカロP、松傘のビートメイカー名義であるSalmonella beatsの1stアルバム。松傘は初音ミクの英語ライブラリを用いたMoe and ghostの様な崩れたフロウを得意としており、そのフロウは2曲目「悪夢」で早速堪能できる。「悪夢」は人間とボカロによるヒップホップクルー、震える舌をフィーチャーしているが、これまでの震える舌、ひいては松傘のビートと比べ、まるでフロウと同期するかの様にかなり不定形で掴み所のないビートをしている。ウワモノもArca以降の感覚を思わせるし、インタールード「sCat」はChassolを連想してしまう(ハーモニーは付いていなし手順は逆だろうから別物ではある)。偶々かもしれないが、インタールードにChassol的な楽曲を挟む構成はSolange『When I Get Home』と通ずる。これらの例からして現行の先鋭的な音楽と同じ感覚を共有しているアルバムと言えるだろう。ボカロによるヒップホップ、ボカロと人間による歌唱。この2つはボカロシーンに昔からある文脈だが、前者は2014年に"MIKU HOP"という名称が与えられシーンが形成され、後者はここ数年ピノキオピーやみきとPなどの有名Pが実行することによって大衆的支持を受けている。震える舌はこの2つの文脈の交差点にあるクルーであるが、Salmonella beatsのビートと合流することでボカロシーン外の文脈とも交差するのである。また、全体的に見ると中学生氏の指摘する通り、DC/PRGの影響が大きい様にも聴こえる。2012年、DC/PRGは「Catch22」でボカロによるヒップホップとボカロと人間による歌唱を実行した。「悪夢」は「Catch22」に対するボカロシーン、あるいはトラップ隆盛以降のラップ/ヒップホップからのアンサー/アップデートと言えるかもしれない。現在のボカロシーンの先端として取り上げるのに相応しいアルバムだ。

いよわ - ねむるピンクノイズ(2019)

[Spotify / Apple Music / YouTube / OTOTOY]

不協和なリード、過剰な高音と詰め込み歌唱、急な転調、リリースカットピアノ……。ボカロシーンでガラパゴス的に発展した音楽性が一人の才人の下で異形のポップスとして結実した。いよわの音楽は現在の(どころかこれまでの)ボカロシーンに於けるメインストリームの一番美味しい部分と言ってもいいだろう。待望の1stアルバムはグリッチの目立つエクストリームな「ラストジャーニー」、間奏の過剰な連打やイントロの最早クラヴィネットの如き歯切れの良さが笑えてくるピアノが特徴的な「わたしは禁忌」など優れた楽曲が並ぶが、一際ポップなのは「水死体にもどらないで」だろう。普遍的なポップネスを持つ骨格と、いよわ特有の一聴するとDTM初心者がめちゃくちゃに打ち込んだ様にも聴こえる、しかし不思議にも統制された音使いとが絡み合い、ここでしか聴けない音へと昇華されている。特徴的なヨレたリズムは打ち込みではなくオーディオ録音で制作している結果の様だ。また、「エンゼルケア」は"ソング"と"サウンド"の両立という意味では一番成功している楽曲に思える。イントロや2番Bメロでの転調の多用によって局所的にエフェクトがかかったトラックの編集感覚と曲が共振する。筆者の語彙で言い表せば、いよわは"全て正解の外し方"をしている。調和と不調和、洗練と初期衝動、既聴感と未聴感の両者を矛盾せずに孕むこのアルバムの奇跡的なバランスは、ボカロが歩んできた音楽的な歴史は間違っていなかったのだ、それを体現するのがいよわなのだ、と思ってしまうほどのもの。「まだ"ボカロっぽさ"に可能性はあったんだ!」と思える希少な音楽。"ボカロっぽい"音楽が苦手な人にも、いや、苦手な人にこそ聴いてほしい。デチューンされたシンセやメロトロンのピッチのヨレが好きな人にもお薦め。

瀬名航 - せなのおと(2017)

[Spotify / Apple Music / YouTube / OTOTOYBOOTH(DL) / BOOTH(CD)]

比較的実験性を帯びたアルバムを紹介してきたので、ここでひとつ強固なポップネスを持つアルバムを紹介したいと思う。瀬名航は普遍的な魅力の楽曲をボカロからの影響(sasakure.UKなど)であるチップチューンやエレクトロニカ的な音使いで彩るボカロPだ。1stアルバム『せなのおと』には散りばめられたキラキラした音と小洒落たコードワークが魅力的な相性を見せる「aimai」や、軽快なテンポとマリンバがどことなく星野源を連想させる「止まったまんま」、初期きくおの影響が見られながらもアンニュイなポップスへと接続した「セイクラベ」などの素晴らしくキャッチーでポップな楽曲群が収録されているが、個人的な白眉曲は「エンドロール」。各パートのキャッチーなメロディとキメ、シームレスな繋ぎは歴代のJ-POPの名手の誰かが書いたと聞いても何ら疑問を持たない出来。かと言って完全に作家的で冷静な音楽という訳ではなく、シンガーソングライター的な私小説の様な熱を帯びた感覚もある。筆者は冷えているけれどどこか火照った低体温~微熱な音楽が「良いポップスだなー」と感じるのだが、瀬名航の楽曲はまさにその感覚を有する。このバランス感は作者とボーカルに距離があり、かつ作者本人として楽曲を発表できるボーカロイドを用いているからこそかもしれない(が、瀬名の作家としての活動も素晴らしい)。徹底してポップな37分間。もっと広いところで聴かれてほしいと思えるアルバム及びボカロPだ。

椎名もた - 夢のまにまに(2012)

[Spotify / Apple Music / YouTube / OTOTOY / Amazon]

マニアックなボカロPを集めたコンピレーションアルバムシリーズをリリースするGINGAからリリースされた椎名もたのメジャー1stアルバム(椎名もた自身は有名ボカロPである)。確かなポップネスを持ったエレクトロニカやドラムンベース、ポストロック的なサウンドの楽曲が並ぶ。個人的な白眉曲は表題曲でもある「夢のまにまに」。ボカロ曲の特徴としてやや揶揄的な意味合いを持って挙げられることも多い"急な転調"が性急なドラムンベースと出会うことで焦燥感を演出する必然的な展開の1つとなっている。人気曲「アストロノーツ」は空中ループ、LLama、PaperBagLunchboxのメンバーによるバンドアレンジがなされており(オリジナルもバンドサウンドではあるが)、歌詞やメロディと同期して感情を爆発させる様なシューゲイズサウンドやギターノイズが堪能できる。同じシューゲイザーであるが淡々と進行する「それは、真昼の彗星」と比較してみるのも面白いだろう。また、「ハローストロボ」「怪盗・窪園チヨコは絶対ミスらない」などの無機的で冷めた(醒めた)音の奥に体温を感じる楽曲は作家的な冷静さとSSW的な熱を持った瀬名航とも似た構図の様にも思える。不思議なことに(若干ヨレたリズムからか)、筆者は椎名もたの打ち込まれた一音一音に作者の生活を感じる。個人制作と集団制作、打ち込みと生音、またはエレクトロ(ニカ)とポップ(ス)の自然な混在が果たせたのは椎名もた本人のパーソナリティが楽曲に通底しているからだろう(と、Amazonの熱いレビューを読んで思った)。プライベートかつ開けた感覚を持つ希有な音楽だ。

全自動ムー大陸 - やめも(2014)

[Bandcamp]

ロック成分が不足していることに気付いたので最後にこの『やめも』を紹介しよう。轟音ギターとハンマービートの中に一瞬現れるノンダイアトニックコードが(個人的に)グッとくる「今夜はミサイルが落ちるから下着を僕にくれ」、コーラス/フランジャーエフェクトがかかったイントロのギターが特徴的なローファイロック~ローファイテクノポップ「夕空の怪物」、(こちらはインストだが)ポストロック的な淡々と繰り返されるアルペジオの「ネビュラ・ドレス」などと同時に、「あいまいなもの」の様な浮遊感のあるシンセが特徴的なエレクトロニカも収録されている。(ポストロックはともかく)サウンド的には静と動といった感じで逆と言ってもいいだろうが、全く違和感がないのはアルバム構成の妙と根底で通ずるDIY精神の為だろう。また、どこか諦念を抱きながら生活するさまを描いた様な歌詞もとても良い。

壊れたらまた新しいのを買いな / くだらないものはぜーんぶ代えがきくから / ほら見て遊具いちばん乗り / 指さした宇宙船が真っ逆さまに落ちた(「冥立とうめい公園」)

意味は育ってこころをしめつける / 空はもう晴れかけてる / (きら、きら、きら) / ああ! / なんか、今、駆け出したら / なにかがはじまるような―― / ちゃんとわかっちゃうときまで / あいまいなものを好きでいようとした(「あいまいなもの」)

現在、全自動ムー大陸のボカロ曲はニコニコ動画やYouTubeなどの動画サイトには存在せず、Bandcampのみで聴ける。その性質から知る人ぞ知るボカロP的な立ち位置だが、知らないだけで聴けば適度に等身大なサウンドや歌詞に共鳴する人も多いだろう(初音ミクという普遍的な存在のボーカルによって主人公が固有名詞ではなく人称代名詞(私)になる、という見方も可能だ)。25分とコンパクトだし、Bandcampの値段設定もName Your Priceですらなく無料ダウンロードと気軽に聴けるので是非とも聴いてほしい(他のアルバムも!)。


勿論、ここで紹介したものは極一部に過ぎない。TuneCoreのボーカロイドカテゴリから漁るのでもいいし、サブスクのプレイリストから漁るのでもいいし、BandcampのVOCALOIDタグから漁るのでもいい。自分の好みのアルバムは絶対にあるはずなので、是非他のアルバムも聴いてみてほしい。ボカロアルバムを多数リリースするStripelessから毎年刊行される『ボーカロイド音楽の世界』という本では、その年にリリースされたアルバムを厳選してレビューと共に紹介している。StripelessのBOOTHから購入可能(2017年のものはPヴァインからの刊行なのでAmazonなどで購入可能)なので、ご興味を持たれたらこちらも是非手に取ってほしい(ダウンロード版も有る)。ここで紹介した『せなのおと』『ねむるピンクノイズ』『MINZOKU COLLECTIVE』も紹介されている(キュウ_91氏の『MINZOKU COLLECTIVE』『せなのおと』レビューには影響を受けた。特に前者は内容がかなり被ってしまった)。また、曲単位で探す場合はコバチカ氏のブログマイリスト、及びTwitterのハッシュタグ「#vocanew」を確認すると良いだろう。日々投稿される新曲を聴き続ける猛者達がお薦めの楽曲を紹介している。ジャンル別にボカロPを分類したsol@mimi氏の「ボーカロイド私的リスニング・ガイド」も大いに参考になるだろう。ここで紹介したボカロPに留まらず、ボカロシーン全体が面白いシーンであることを是非知ってほしい。最後に、ここで紹介したアルバムの中からSpotifyとApple Musicにあるものを入れたプレイリストを貼って終わろうと思う。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?