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Salamanca-サラマンカ/スペイン

"Me gustaria ir a Salamanca, un boleto por favor."

”Si, aqui lo tiene."

スペインのマドリッド駅で、サラマンカ行きのチケットを購入する。

この夏は、仕事的には比較的落ち着いた夏だった。休暇が取れるなら、スペインに行って語学学校に通いたいと思っていた。

私はその時初級のスペイン語を習い始めたところで、モチベーションをあげるために現地で勉強する機会を得たかったのだ。

ネットで夏季に一週間だけ入学可能な学校を見つけた。学校は「サラマンカ」という街にあった。学術都市だということだった。

マドリッド駅から、新幹線のような電車、Renfeに乗り込む。サラマンカまでは一時間半程だった。この電車は綺麗で快適で、日本の新幹線のようだった。中は丁度良いくらいに空調が効いていた。

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サラマンカに着き、外に出ると、すぐにからからに乾いた空気が気管支に流れ込む。内臓が渇く感覚。思わず道端でペットボトルの水を購入し、すぐに喉に流し込む。今度は冷た過ぎる水が喉を通過してみぞおちに落ちていく。

ホームステイ先はサラマンカの中心から徒歩で10分くらいの場所にあった。家主はホセ、奥さんの名前はマリア。教科書にありがちな名前に少々面食らう。奥さんはペルー出身だとのことだった。

拙いスペイン語で2人と話そうとするが、自分が言葉を発することができても、相手が言っていることがわからなくてもどかしい。すると、奥から他の留学生が2人、ひょこっと顔を出した。彼らはデビッドとリサといった。私と同じ留学生だった。彼らは私よりもずっと流暢なスペイン語で「最初だけね」、と通訳をしてくれた。

私の部屋はこじんまりとした可愛らしい部屋だった。古めかしいこげ茶色の家具がたくさん置いてあり、至るところに手編み風の敷物が飾ってあった。部屋には飾り窓があって、色ガラスがはめ込まれている。青いビーズの首飾りが取っ手にかけられていた。窓からは家に面する道路が少しだけ見えた。

コンコン、とドアをノックする音が聞こえ、ドアを開けると、デビットとリサが立っていた。

「一緒に中央広場に行きたくない?今から行くんだけど。」とデビッドが言った。丁度中央広場に出向こうかと思っていたところだった。スペインは、大きな都市には必ず中央広場があって、その周りが見どころになっていることが多い。一緒にいられる仲間が最初からいることを有難く思った。

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中央広場は、歩いてすぐだった。

中央広場を囲む建物に入り込み、アーチを潜り抜けて内側が見えた瞬間、思わず呆然としてしまった。

まるで、大きな絵画の中に入り込んだような、そんな感覚。

広場を囲む歴史的な建物はあまりにも壮大だった。

真っ青な空の下、強い太陽の光に映えるその外観は圧倒的で、広場に立っているだけで自分が何か特別な場所にいるということを認識させる力を持っていた。土色の建物は4階建てで、地上階がアーチ型の柱により支えられていて、広場全体を取り囲むように4つの棟で成り立っている。

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広場には至るところにスペイン国旗の色を模した垂れ幕が見られた。その日、丁度ワールドカップの決勝戦が開かれる予定だったのだ。他の国の友人を訪ねてからスペインに来ていた私は、スペインが決勝に進出していたことを知らなかった。

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「今日は危ないらしいから外に出ない方がいいよ。」とリサが言う。街がどんなことになるか見たいという好奇心がうずいたのだけれど、長旅で疲れていて、その日は体力的に限界だった。翌日の学校に備え、その日は、帰ってすぐに寝る準備をした。

夜になっても気温はほとんど下がらなかった。シャワーを浴びてから窓辺でうとうとしていると、男性が大声で叫んでいるのが聞こえた。外を見ると、スペインの旗を身にまとった男性が道路を駆け抜けていくのが見えた。


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翌日朝早く、学校に出向く。

旧市街は、石畳も、壁も、全部の建物も、全てが歴史そのものだった。一つ一つの造形の美しさに心の反応が止まらない。

どれくらいの長い間、これらの建物は人間によってその風貌を守られているんだろう。アメリカの建物やディズニーに感じる商業的な感触が、そこには一切無い。人間が自然に紡いだ歴史の一部。なんて美しいんだろう。

学校は、旧市街の中に位置していた。外に掲げられた小さな旗に学校名が書かれていた。到着してすぐにクラス分けのテストを受ける。テストを受験した後、外に出るように言われた。

「サラマンカではね、学生はまずサラマンカ大学の壁を見るのよ。」と先生が言う。

数十人の生徒全員でぞろぞろと、サラマンカ大学の壁に向かう。

全員が歩くのを止めた場所で顔を上げると、視界いっぱいの壁がそびえたっていた。土色の大きな壁全面にこれでもか、という程の様々な彫刻が細かに彫られている。どうしたらこんな物が作れるだろう。どれだけ長い時間をかけて、どういう風に作ったんだろう。

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「この壁の模様の中にね、一匹だけカエルがいるんです。それを見つけられたら、学業で成功すると言われているから、カエル見つけてみて。」

先生に言われ、生徒全員がきょろきょろと壁を見渡す。しばし沈黙が漂った。

誰も何も言わなかった。大きな壁と複雑な模様の中からどんな形なのか見たことの無いカエルを見つけるのは、明らかに難しかった。

「しょうがないか、あそこ、あの柱のとこ。」

先生に正解を教えてもらってその方向を見てみると、カエルらしき形がなんとなく見えたような気がした。たぶん見えた、と思う。カエルは髑髏の上にちょこんと乗っかっていた。

しかし、この壁は本当に面白かった。他にもアイスクリームを食べているガーゴイルだとか、宇宙飛行士の模様が隠れているのだ、と先生が教えてくれた。アイスクリームを食べているガーゴイルは、近くにいて、こちらに向かってにんまりと微笑んでいた。

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授業は、少人数制だった。女の子が多かった。イタリア人やアメリカ人の白人が多かった。

皆めちゃくちゃな言葉と文法の、通じないであろうスペイン語をひたすら発し続けるので、私も全く通じないスペイン語を臆することなく試してみることができた。

私は文章を褒められることは無かったけれど、日本語は発音がスペイン語とほぼ一緒なので、発音だけはどの先生からもお褒めの言葉をもらうことになった。なんだか複雑な気持ちだった。

11時になると、昼ご飯だった。皆カフェテリアに向かう。カフェテリアは、お洒落でモダンだった。カフェテリアのショーケースには、選ぶのを迷ってしまう程に、どれもおいしそうなタパスがずらりと端から端まで並んでいる。学生も先生も各々好きな物を選び、中にはビールを飲んでいる人もいた。かなりの賑わいだ。

私もいくつかオーダーしてみた。バゲットと卵の炒め物にオレンジジュース。

「一杯のオレンジジュースを下さい。」という何度も習った文章を初めて本場で利用できたことに静かに感動して、口元が緩んだ。

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昼食を終え、2時まで授業を受けた後は、シエスタだった。5時になったら授業が再開する。3時間も何をして待てばいいのだろう。

「私たちプールに行くの、一時間だけだけど、あなたもどう?」

突然、クラスの女の子が誘ってくれた。

「もちろん!!誘ってくれてありがとう。」

今回の旅は、優しくてフレンドリーな人が多い。なんて幸運なんだろう。

家に帰り、下着を水着に着替え、集合場所に行った。クラスの女の子達とプールサイドで昼寝する。

「れとは、日本のどこから来たの?」

「東京だよ。ダニエラはイタリアのどこ?」

「ミラノよ。」

お互い自己紹介をし合う。色々な国から、同じ言語を学ぶために集まった色々な国の人達。平和で穏やかな午後だった。

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プールから戻る途中、土産物屋を物色した。

店には可愛らしいサラマンカグッズがたくさん並んでいた。

たくさんのカエル。

私は、小さな紙粘土でできていて全身が小さな緑のタイルで覆われているカエルのキーチェーンを一匹購入した。

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午後5時から7時までは授業だった。夕食は学校のプログラムの一環で、今日入学した全ての生徒と先生で一緒にレストランに行く。

以前ヨーロッパに住んいた頃以来、しばらくぶりにこんなにたくさんのお洒落でパワフルな50人くらいの知らない白人に囲まれて、賑やかな食事を共にした。アジア人も黒人も、どこにもいなかった。なんだか圧倒されて、緊張してしまう。うまく話せなくて、言葉が喉元で詰まり、舌が絡まる。

頭では、白人だろうが、アジア人だろうが、黒人だろうが、話してみたら皆普通の人間だってわかっているのに、日本の片田舎で育った私は、どうしても違いを妙に強く意識してしまう。毎回とある文化に入ってから、その環境に馴染むまで、頭の切り替えに相当な時間を要する。

元々極度の緊張症で、一度緊張にはまってしまうと頭が緊張に縛られ、妙な興奮状態に陥ってしまうのも私の大きな問題だった。

英語でも、スペイン語でもとりあえず良く聞き、口を開くように自分を鼓舞した。食事を終えた後、額と背中をすーっと流れ落ちる、かなりの汗を感じた。


食事後は皆で”ディスコ”、だった。ダンスクラブだ。

そこでは、老若男女問わず、皆が踊っていた。スペインという国は、夜になると人を極端に開放する何かを持っている。

テンポの良い大きなボリュームの音楽に合わせ、自然に体が動く。

帰って宿題をしなきゃ、と思いつつ、知り合った人々をもっと知りたい、一緒に踊りたいと感じた。

たった一週間だけ。

ここにいられるのはたったの一週間なのだ、と改めて認識する。この瞬間、ここで過ごしている時間は、もう二度とやってこない。

利用できる時間は全て利用して、この街だけでしか経験できないことを全てやって帰りたい。全部学んで日本に帰りたい。睡眠時間を削ってでも。

ビールを片手に、周りの生徒と踊り続ける。

耳鳴りのするような、止まない音楽と、汗ばむ空気とともに夜が更けていく。

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こんにちは、LETOです。

この話は、2010年の話です。ちょうど30歳になった年でした。

この後一週間この街で勉強しましたが、毎日がとてつもなく濃い日々でした。語学を、人生の勉強もしながら楽しく学ぶことのできた一週間でした。

この学校は、Don Quijoteという学校です。今もあるのかわかりませんが、もし、スペイン語の短期留学を検討されている方がいたら、おすすめです。朝から夜までプログラムでぎっしりでした。

ところで、サラマンカ大学の壁の「宇宙飛行士」と「アイスクリームを食べるガーゴイル」。

見たい方は、以下に貼りますので、スクロールしてください。

カエルは、特別な力があるらしいので、是非ご自身が行かれた時に自身の目でどうぞ★

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表紙写真:Photo by Sergio Otoya on Unsplash



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