タクシーの行き先


次の角を右に曲がってください。

右ね、はいよ。



地元とはほど遠い田舎で、タクシーに乗るのは楽しい。

知らない景色も沢山見られるし、ふとテレビで見たことあるような景色や看板などを見つけやすいし。

でも、私の楽しみはもう一つある。


個性の強い運転手。


個性といえど自分の培ってきた勝手な人間の在り方

が植え付けられてるだけなのだが。


田舎に住むのが昔からの夢だった。

必死に働き、稼ぎ、やっと有言実行出来ると踏んで、下見に来たところだ。

家族も東京で羨ましそうにしながら報告を待っている。


あの赤信号のところを左に曲がってください。


へいへい。

他には信号はほとんど見当たら無い。
曲がるのはここで合っているはずだ。

あんちゃん、ナイチャーだべ?


ひと呼吸おいて、運転手が聞いてくる。


沖縄の離島で、タクシーに乗る人間は距離を置かれる。

「ナイチャー」

内地(本州側)からやってきた人間はこの言葉で一括りにされる。

生まれる場所は互いに選べないし

選べるのは住む場所だけだ。


言葉にできないもどかしい気持ちを覚える。



このあたりで大丈夫です。


見覚えのある景色になって、車を止めてもらう。

しかし、よく見ると写真などでも見た事のない場所だった。


すみません、やっぱり間違えました。
もう少し先でした。


運転手は驚いた顔もせず、無言でタクシーを発進させた。


あの角を左です。


もう運転手は返事もしない。


料金メーターが音も出さず、数字を変えた。


周りはサトウキビだらけの道だった。

曲がり角は覚える方が難しい。


マニュアルで運転するクラシックなタクシーの乗り心地は、想像する以上に心地良い。


一体この運転手さんは何年運転し続けているのだろうか。



そうこうしているうちに、料金メーターはどんどん上がっていく。


次を右に曲がったところだと思います。



また料金メーターが上がったところで、運転手は車を止めた。


支払いを済ませ、ありがとうを伝えるも、返ってくる言葉は無かった。


車を降りた。


そこはまた、知らない場所だった。


曲がる場所を間違えたのか、はたまた、土地が変わってしまったのか。

もしかしたら信号が増えたとか減ったとかで、案内場所がそもそも間違っているのか。

何度も携帯の地図で場所は確認したのに。

電波はもうほとんど通っていない。

そこはほんのりと月光がさすサトウキビ畑と、

蛍の光が舞っている美しい場所だった。


先に思ったのは

この場所にナイチャーはふさわしくないのかもしれない、と。




何度確認しようと、道は間違えるし。

不安な曲がり角が多ければ多いほど

行き先までの距離と時間は比例して増加する。


自分の夢や欲望を優先して、自分の満足を求めてたどり着いた場所は、個人の欲望を満たすだけで

自分が合った場所でなかったりする。

辿りつかない。勝手な通り道かもしれない。

と勝手に自己解釈してしまう。

見えた答えは、想像の範疇を軽々と裏切ってくれたりする。


たどり着いた場所は、いまの自分では、全く分からない場所だった。

まるで自分の人生に教訓を与えられているかのようだった。

ただ、そういう時こそ足元に咲く小さな花や

小さな虫や鳥の鳴き声に

遠く聞こえる風や波の音に

心奪われたりする。



タクシーは本当に色んな景色を見せてくれるものだ。



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