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コロナ禍の一年間、大学生になってみた。

資格や検定、今までしてきた勉強などについて、デザイナー目線で書いています。今回は特別履修生として一年間、大学で学んだ時のことを書こうと思います。

きっかけ

コロナ禍真っ只中のある日、独自に地域の情報を発信されている練馬・桜台情報局さんのツイートで、練馬区が武蔵大学の特別履修生を募集しているのを知りました。

この制度は一年間、前期と後期一つずつ、他の学生さんと一緒に講義を受けることができるというもの。区と大学から補助が出るためリーズナブル。

たまたま目にした情報ですが、こんなの知ってしまったら、応募しないわけにはいかないではないか!というわけで即決で申請することにしました。

とはいえ、応募条件があり、審査があります。

必要条件と審査書類

まず、今までにボランティア経験がある、または区の指定の講座を受けていることが応募条件。私はどちらも経験があるのでここは軽くクリア。

審査のために用意するのは申請書とレポート。これを短い応募期間に指定の場所へ持参します。

レポートのテーマは「学びたい理由」、志望動機というやつですね。

私のバックグラウンドから学びたい理由と必然まで、文字数制限いっぱいにまとめました。この仕事をしていると、そういうものは自然と得意になります。

ここも楽々クリア。

シラバスってなんですか?

最後に申請場所へ行って対象の授業をチェックし、第3希望まで前期・後期の希望を出します。これが一番大変でした。

特別枠なので、壁にリストでも貼ってあって、その中から選ぶのかと思っていましたが、受付の周りに見当たらないので聞いてみると「シラバスですか?」と一言。

オウム返しにシラバスって何ですか?と尋ねると、ちょっと待ってくださいと机からものすごく分厚い、重そうなファイルを出してきて「ここから選んでください」と会場として用意された部屋に案内してくれました。

だからシラバスって何…と思ったのですが、どうやらこの講義内容が書かれたものがそのようで。大学行ってないんだから知らないよー、唐突な専門用語やめて、と心の中でブチブチつぶやくも、親切でもわかりやすくもないところを自分でなんとかするのが大学なのか、とそこで最初の洗礼を受けました。

というのはちょっと大げさなのですが、普段仕事では誰が見てもわかりやすくとか、専門的な言葉はあまり使わず、使う場合は説明を入れたり…と気を遣うのが当たり前になっているので、正反対でちょっと面白くもありました。

システムを知らないおばさんにも容赦なく、わかってる前提で物事が進む。

「どうやら膨大な数の授業から選びたい放題である」というのは喜ばしいことでしたが、分厚いファイルから候補を書き出し、仕事の日程を推測しながら組み合わせを3つだけ選ぶのは大仕事で、1時間以上かかりました。

5〜6分で済むと思っていたのは甘かった…

晴れて大学生に

しばらくして区からの通知が来ました。無事審査を通り、晴れて大学生に。

普通の学生さんと一緒ではないですが、入学式のようなもの(説明会)もあり、学生証も受け取りました。

学校からのお知らせは全てWEB上で掲示されるので自分でチェックすること、学生用のメールアドレスが支給され、マイクロソフトOFFICEも1年間使えることなど、今どきな説明も受けました。今の学校ってこんななんだねえ、と感心しきり。

コロナ禍とあって、しばらく授業はすべてオンラインになるとの説明で、コンピュータに弱いわけではないですが、全く右も左もわからない大学でいきなりオンライン…と少々不安になりました。

生まれて初めて「先生にメールする」

ところがたまたま私が受けることになった前期の先生が対面授業にこだわっていて、リアルでの講義を受けることができました。

これはラッキー! と思ったのも束の間、対面授業がいつから始まるのかよくわからず、先生に直接メールで確認しなければいけません。

ただ、毎日毎日これだけメールを使っているのに、「先生」相手にメールするというのは初めて。

私が学生の頃はEメールなんてなく、メールは最初からずっとビジネスメール(または友達)。どういう感じで書いたらいいのだろう…

まず出だしで迷う。

「お世話になっております」ではあまりに変だし、かといっていきなり「こんにちは」はマヌケだし、あまり砕けても失礼だし、事務的になりすぎてもどうかと思うし…などなど。

ビジネスレターみたいにならないようにしつつ、ある程度大人なトーン?

結局「はじめまして」で始めて簡単に自己紹介し、へりくだることなく丁寧に、大学のしくみがよくわからないことを白状して教えを乞いました。

たぶんこれが正解と思うけれども、変なところで頭を使いました。

課題をとことん楽しんだ前期の授業

人生初の大学の授業。実は第二希望にしていた社会学科でした。

人文系とどちらを第一希望にするか相当迷って(人文のほうもかなり受けたかった授業)、社会学科は課題が大変なのではないかという不安から第二にしていたのですが、なぜかこちらを指定されてしまいました。

ですが、蓋を開けてみたら、心配していた毎週の課題が毎週の楽しみになっていました。

課題といっても、出席確認を兼ねているためか、そんなに負担があるわけではなく、簡単にこなそうと思えばこなせるけれど、しっかり取り組むこともできるような内容。

テーマが「活字メディア」で、扱うのが出版周りの事情と割と身近だったためもあったと思います。どの課題もあれこれ考えるのが本当に面白くて、途中からエンタメ!と思って思いっきり楽しみました(ふざけていたわけではない)。

先生も私の時々ひねくれた答えにもメールでコメントをくださったり、次の授業で他の学生さんの変わった答えを紹介してくださったり。

仕事の頭とは別の頭を使うようでひどく刺激的でもあり、この感覚は懐かしくもあり、充実の半年間でした。

最初の心配をよそに、とにかく楽しい。

実は私のデザイン学生時代は課題がやたら大変だったという印象があって、それで対応できるだろうかといまひとつ自信がなかったのです。

でもよくよく考えてみたら、夜学だったので帰宅後明け方までかかって課題を仕上げて、仮眠をとって(時にはとらずに)仕事に行き、そこから電車に乗って学校へという繰り返し…そりゃ大変だったはずだよね、そんなに心配することもなかったかも、と思い直しました。
(今書いてて自分でもすごいなーと思いました。毎日ではなかったけれども)

新しい世界に触れられた気がする後期の授業

前期の授業は言ってみれば「知っている世界」のピースがつながって俯瞰から眺められるようになっていく感じのする内容でした。

後期の授業も馴染みのあるテーマと思っていたのですが、予想に反して知らない世界が目の前に広がりました。

テーマはコミュニケーション理論。スタートは前期と少しかぶってコミュニケーションの歴史から入ったのですが、こちらのメインは「ことば」。

世界の様々な言語の特徴や、その違いが思考にどう影響するか、諸説をひとつひとつ見ていきました。時間や色の概念、話すことばによって違ってくるのだという説は不思議でもある一方で納得でもあり。そんな違う世界の違う感覚を想像してみると、一瞬旅したような気分になれました。

動物は言葉を解するのか使えるのかという研究についても学びました。猿に言葉を教えようとした学者たちや言葉がわかるとされた馬まで出てきて、これもまたむやみに面白い。人間が言葉を習得する過程とも関連してきて、なかなか興味深い。

語彙から生活や地理的環境がわかってくるという話も考古学のようでダイナミック。

大学の授業の面白いところなんでしょうか、これが正しいという断定ではなくて、説に対する批判や検証も踏まえて、時にトンデモ説のようなものも扱う。心底面白く、贅沢な刺激でした。

言語が思考に及ぼす影響については、個人的な経験から考えることも多かったのですが、その長年の問いに対する答えのようなものが見つかったと思った時の興奮。

自分がずっと抱えてきた疑問を大っぴらに研究している人たちがいた、ということの驚きと羨望。

そして、今まで英語やフランス語に惹かれて勉強してきたけれど、日本語もなかなか面白そうだという発見。

国語の授業は作文を除いてあまり好きなほうではなかったので、日本語を言語として、日本人と結びつけて見ていくのが面白いと感じられたのは新鮮でした。

コロナ禍でのプチ大学生活

後期の授業は半分くらいがオンラインでした。できたら全部対面で受けたかったですが、両方が体験できたということはある意味良い経験にはなったかなと思っています。

ただ私は呑気にそんなことを言っていられますが、2年もこんな状態で、正規の学生さんは勉強だけでない大切な時期に本当に大変だろうと思います。

先生もいろいろ配慮されていたり、危惧されていたりする様子もありました。早くこの事態が収まって、通常の学生生活に戻れるように切に願います。

私としても長年夢見た(と言っても過言ではない)せっかくの大学生活、本当は若い学生さんに混ざって学食で昼食を取ってみたり、時には学内でのんびりしたかった面もあります。

前期は対面授業だったものの、学内はガラガラで、学食もクローズ。

緊急事態が解除された頃は、たくさんの学生さんが一気に構内に溢れているのを見て、よかったね、と思ったり、どこからこんなにたくさん現れたのか(本当にそんな感じだった)と驚いたり。学食も一時期開いていたのですが、仕事が詰まっていることが多く、結局一度も入れず残念でした。

生協だけはずっと開いていて、ノートやファイルなどよく買い物しました。
無地のノート、大人買い。

意外に面白いものやシンプルなデザインのものが充実していて、最後に聞いてみたらこだわって仕入れているとのこと。生協のスタッフの方ともできたらもう少しお話ししたかったかも。

図書館、こちらもタイミングが合わず、またいつオンラインになるかと思って(そうなると返せない)なかなか利用できず。

もうひとつ、英語のラウンジのようなものがあって、そこは特別履修生も利用して良いようだったのですが、存在を知ったのが後期の後半。

時間が取れず、行ってみることは叶いませんでした。最初から自分で調べてぐいぐい問い合わせないとダメなんだなーと(←私としたことが)反省しました。

とはいえ、たぶん、授業自体はとことん楽しんだし、とことん取り組めたかなと思っています。

さらにプレゼントもついていた

前期後期の授業の他に、大学で主催している土曜講座や、一般有料の公開講座も無料で受けることができました。

後期授業が終わった後の公開講座は、第一希望だった人文学部の連続講義。Twitterでフォローしている先生や受講の希望を出していた先生の回もあり、贈り物のような内容に小躍りしました。

一年の期間限定大学生活を振り返って

遠い昔、子どもの頃に断念した大学というのはどういうところなんだろうと、長い間思っていたのですが、本当に面白いところだったんですね。

ほんのちょっと齧っただけですが、私の感想はそれに尽きます。

授業も高校までのそれとは全く違う。提出した課題への先生の反応も違う。別に型にはまったことを言わなくてもいいし、答えがいくつもあったりする。あるいは答えはないのかもしれない。習ったことや周りの世界、今までの経験、いろんなことがどんどんつながってくる(これは長年生きてきたから余計かもしれないですが)。

高校を卒業して4年間大学に行けていたら、それが許される世の中だったなら、人生いろんな選択肢があっただろうな、と思っていました。(いや、この人生も気に入ってはいるんですけど…あれからずっと旅しているようなものだから)

若い頃のように人生の可能性が大きく広がるということはないでしょうが、それでもこの一年を経て、なにかが少し変わった気がします。今まで考えていなかったこともやってみようかと思い始めました。

世の中には知らないことがまだまだある。
とても贅沢で幸運なことだとも思うのです。

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