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第5章 「好きなことを仕事に」上級編−アカデミックポストを獲得する(1)大学院に進学して修士論文・博士論文を書く

これまで、大学教員を目指す上で役立つ勉強法について説明してきました。

ここからは、大学教員になるための具体的テクニックのお話しを進めたいと思います。

大学教員になるための資格というものは、実はありません。「日本植物学の父」と呼ばれ、『日本植物図鑑』など数多くの業績を残した牧野富太郎(1862-1957)は高知県に生まれ、1912年から1939年まで東京帝国大学の講師を務めます。

その間、1927年に東京帝国大学(現在の東京大学)で理学博士の学位を得ています。博士論文は『日本植物考察』と題する英文の論文だったそうです。

牧野富太郎が生まれた4月24日は「植物学の日」に制定されるなど、植物学において大きな足跡を残しました。そんな牧野の学歴は、小学校中退でした。

東京帝国大学でポストを得るも、小学校中退の学歴が響き、教授への昇進は叶わずに終わりました。それでも、東大で専任教員のポストに就いた事実は揺るぎません。

高卒で東大教授に就いた比較的最近の人物としては、建築家の安藤忠雄さんがいます。高校在学中にプロボクサーのライセンスを取得するも、限界を感じてわずか1年半で引退。

その後、経済的な理由で大学に進学せず、独学で建築を勉強し、後に二級建築士と一級建築士に一発で合格します。35歳で安藤建築の原点となる「住吉の長屋」を建築。

これをきっかけに、コンクリート打ちっぱなしと幾何学的なフォルムによる独自の表現方法を確立していくことになります(「日経スペシャル 私の履歴書」『BSテレ東ホームページ』)。

また、芸術・表現分野でも、非大学卒の方々が、大学教授に就任されていることは珍しくありません。

有名なところでは、大阪芸術大学に、教授で造形学科長の漫画家・里中満智子さんと、演奏学科教授の森川美穂さんがいます。

里中満智子さんは高校時代に漫画家デビューし、漫画制作に没頭するものの、アルバイト禁止の校則により教師から漫画家休業を勧められます。

しかし、里中さんは漫画の道を選び、高校を中退。以後、漫画家として、『あした輝く』『アリエスの乙女たち』などのヒット作を世に送り出しています。

1991年、NHKの教育テレビ(現在のEテレ)で毎回、少女漫画の描き方をスタジオで実演した「少女コミックを描く」という番組の出演をきっかけとして、大阪芸術大学から教授として招聘されました。

また、森川美穂さんは、中学生の時に芸能事務所付属の音楽学校に通い始め、高校の時にアイドルとして本格的にデビューしました。

その後は歌手として活躍し、1990年にNHKアニメ『ふしぎの海のナディア』の主題歌に採用された「ブルーウォーター」がヒットし、広く知られるようになりました。

2007年に大阪芸術大学の非常勤講師に就任したことをきっかけに准教授となり、その後教授に昇進しています。

以上のような、方々はある分野で傑出した実績を残し、大学の専任教員に就任しています。

ただし、大多数の人は、上記のような輝かしい才能を持ちません。大学教員を目指す場合、大学卒業後に、大学院修士課程(=博士前期課程)、そして博士後期課程へと進むのが一般的なコースです。

博士後期課程では、博士論文を執筆しつつ、並行してJ-RECINで見つけた公募に応募して、大学専任教員への就職を目指すコースをたどります。

修士課程の入学試験(院試)は大きく、専門科目の論述問題と、語学の和訳問題、の二本柱です。

難関大学の大学院の経営分野では、英文の教材が授業で用いられることが多いため、院試で英語の和訳力が試されるのです。

一方、社会人入試の場合は、英語の試験が免除される場合もありますが、入学後は英語の文献を読みこなす能力が求められることが多いと思います。

大学からストレートで上がってきた人たちは、通常の院試を経てくるため、一定水準以上の英語読解力をもっています。そうした若い院生と同じ条件で授業を受けることになることには留意が必要でしょう。

修士課程で授業をこなしながら、2年次に修士論文を執筆することになります。授業で培った専門知識を基盤に、自身で設定したテーマに沿って、文献収集と読解を行い、必要に応じてフィールド調査を併せて実施、研究を進めていきます。

経営学分野の論文執筆は一般的に、以下の手順で進みます。これは修士論文でも、博士論文でも、基本的には同じです。

①仮説の設定(=想定される仮の答え)(零)「不採算路線の存続が実現した地域は、市民による存続運動が行われている」

②研究上の問い(リサーチクエスチョン)の設定:(例)「市民による存続運動が展開された地域での鉄道の存続率は?」

③文献収集・調査・読解:鉄道存続過程を研究した書籍や論文、報告書、新聞・雑誌記事などを収集・調査し、読み解く

④フィールド調査:現地視察、および鉄道存続が問題となっている地域を訪問し、鉄道事業者、その他の交通事業者、行政、地域住民、活動団体などに対するヒアリング調査を実施する

⑤仮説検証:③と④の結果を踏まえて、仮説の正しさを検証します。なお仮説検証の過程では、③と④に立ち返り、③と④は何度も往復します。

⑥結論の執筆:⑤の結果を踏まえて、結論を執筆します。

⑦序論の執筆:序論は本文の中で一番最後に執筆します。何もない状態で論文の内容を見通す機能を持つ序論は書けません。論文全体が固まってから書くのが普通です。

⑧参考文献リストの執筆:論文執筆に使用した参考文献の一覧を作成します。研究は先行研究(既往研究)の成果を踏まえて、新たな知見を付け加える作業です。他者の成果を借りたことを示すとともに、研究分野の文献を網羅的に踏まえていることの証明になります。

先程は論文執筆の手順は、修士論文でも、博士論文でも同じと書きましたが、修士論文と博士論文では、学術的な水準には大きな差があります。

修士論文の審査では、先行研究を丹念に調べて、それらを不足なく網羅しまとめ上げたかが問われます。先行研究に一通り目を通したかが重要視されるのです。

それに対して、博士論文の場合は、先行研究にはない独自の知見を提示できているかが問われます。ですから、多くの場合は、研究成果として学会誌に査読付きの論文を2〜3本程度掲載することが求められます。

それらが、博士論文の一部を構成することになります。

たとえば、以下のようなイメージです(内容は架空のものです)。

論文タイトル:JR地方交通線問題の経営学的研究
【目次】
序  章 JR地方交通線の経営問題の所在
第1章 日本国有鉄道の再建問題の歴史
第2章 国鉄再建法の成立と地方交通線の指定の過程
第3章 国鉄分割民営化と特定地方交通線の廃止問題
第4章 JR各社の経営の過去・現在・未来(○○学会誌掲載)
第5章 JR北海道の経営問題と路線維持困難問題
第6章 コロナ禍に伴う地方交通線の経営問題
第7章 地方交通線問題解決に向けたステークホルダーの協働(△△学会誌掲載)
第8章 JR不採算路線の費用対効果分析(○△学会誌掲載)
終章 地方交通線問題の展望

以上のように、博士論文の一部の章に査読付き論文を組み込みます。

査読とは、簡単に言えば、同じ研究分野の研究者による論文審査のことです。論文が学術誌に掲載できる水準に達しているかを判断するとともに、不備があれば著者に改善を求めます。査読には審査機能はもとより、研究者を育成する教育的機能も期待されます。

査読については、別の機会に改めて説明します。

日本の大学院は研究者養成に偏っているとの指摘がありますが、現状では企業が院卒、とりわけ博士後期課程修了者の採用に積極的ではない以上、研究者養成機能の重視の方針が転換することはなさそうです。

いずれにしても、大学教員を目指す上で、大学院進学は必須です。社会人から大学教員への転身を図りたい場合も、社会人入試で大学院に入学することが一般的です。

私が修士課程や博士後期課程に在籍していた頃も社会人院生は一定数いましたし、現在も私の知り合いの何人かの先生は、会社に勤めながら大学院に通い、修了後に大学教員に転身されています。

大学教員を希望される方は、大学院進学をまずは考える必要があります。

ただし、博士後期課程修了後に、常勤のポストに就けない「オーバードクター問題」が社会問題になっています。

常勤職を目指して、長年にわたって非常勤講師を掛け持ちしている研究者もいます。

少子化で大学を取り巻く環境は年々厳しくなっていることも考慮する必要があります。

ですから、会社勤めをしながら、大学院で学ぶことは、専業の院生として常勤職を目指すよりもリスクが低く、オススメのコースだと考えています。

とは言え、研究を担う若手が入ってこないと、学界の将来は暗くなるばかりです。

研究に意欲を燃やす方々に、是非大学院で学んで頂ければと思います。

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